表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

4話「良いことあるって」

 丁度、カラーテレビなるものが世の中に普及し始めた頃だっただろうか。新しい物好きの母が早速買ってきたテレビを見たエリスは、真空管を伝って届いたその映像に目を奪われた。


 煌々と燃え盛る火炎。映像として捉えきれないほどの速度で縦横無尽に駆け巡る雷。年少者には縁のない超高速移動。目を見張るような格闘技。群衆の割れんばかりの喝采を浴びて、スタジアムの中央で堂々と振る舞う競技魔法選手に、憧れた。


「おかーさん、私、競技魔法(これ)やりたい!」


 その後、両親は子供でも読める魔法の教科書を買ってきて、夜、寝る前の寝物語として授業をしてくれるようになった。本格的な魔法授業は中学から始まるはずだったが、エリスが初めて基礎中の基礎魔法《魔法の矢(ボルト)》で家の壁を壊したのは、周囲の同級生よりも数年早かった。


 まさか魔法が本当に出るとは思わず家の壁を壊した旨を半泣きで報告すると、まず、両親はエリスに怪我がない事に安心。そして、お叱りの言葉の前に、こう言ってくれた。


「エリスは天才かもしれないね!」


 その数年後、先天性の疾患によって基礎魔法しか使えないことが判明することを踏まえると、それは随分と滑稽なやり取りだったかもしれない。だが、両親から貰ったその種火が、数多の挫折を乗り越える原動力にして、エリスの自己肯定感の貯金でもあった。



 門前払いを食らったエリスは、薄暗くなった夕暮れの道をとぼとぼと歩いていた。


 足取りは重く、引き摺るようで、視線は路傍へ向けられるばかり。拳は悔しさにぎゅっと握り締められ、悪態が出てしまわないように、その唇は軽く噛み締められていた。


 エリス・ウィンターが魔法の天才でも何でもないことは、中学生のある日、魔法診療科を受診した際に担当医の口からハッキリと告げられた。先天的に、何があっても使うことはできない、という言葉で。やけに専門魔法の習得が難しいことに端を発して、中学校で魔法科授業を担当していた教師が、両親に可能性の一つとして連絡をしたそうだ。そして、真相を知った両親は、エリスが絶望に浸る余裕も与えないくらい、酷く動揺して泣き崩れた。


 幾度も謝罪を繰り返された。何に対する謝罪なのか、当時のエリスは上手く呑み込めなかったが、今ならば分かる。『夢を追い駆けられる身体に産んであげられなくてごめんね』だ。


 気分が滅入ると、嫌なことばかり思い出して、嫌なことばかり考えてしまう。


 そのせいだろう。じわり、と、見詰めていた石畳の舗装路が滲んだ。


 ぷるぷると唇が震えるので、エリスは更に強く唇を噛んで、袖で目尻を拭う。


 情けなく、恥ずかしく、惨めで、悔しい。


 嗚咽が出そうになるので、一生懸命に堪えて、足取りを早くした。気分を誤魔化すように足早に進んでいると、そっちに意識が割かれていき、少しずつ気分が前向きになってくれる。


 やがて、エリスは、ピシャ! と己の両頬を鋭く叩いて気持ちを切り替える。


「こういう時こそ訓練ですわ!」


 そう言ってエリスが足を向けたのは、家の近くにある射撃場だ。


 競技魔法の関連公共施設は多岐に渡る。これは、競技魔法というスポーツの競技人口が、国内に限らず、世界規模でも極めて多いことに起因する。元々、魔法は戦争の為に磨き上げられた。終戦後、そんな魔法の健全な使い道という名目で作られたスポーツではあるものの、競技人口が増えれば、金は動く。例えば有名選手や有名大会にはスポンサーが付く。大会の参加や観戦目当てで観光をすれば地元に金が落ちる。経済を回すための極厚な歯車としての座を確立したからこそ、国も、そこには投資する価値があると判断して、早急に様々な施設を建てた。


 その内の一つが、射撃場。ここは、遠隔魔法の技術を磨くのにうってつけだ。


 魔法による超高精度・高速建造された六階建ての施設で、定期的に出現するターゲットを遠距離魔法で攻撃して倒す、というシンプルな構造。入り口から伸びる、ベンチなどが置かれて休憩スペースを兼ねた通路を挟む形で、左右にそれぞれ四つずつ存在する射撃エリア。それが六階層で、合計四十八人が同時に利用できる、大規模施設だ。


 時間帯にもよるが、それら全てが埋まっていることは滅多になく、フラッと立ち寄ったエリスが入り口の受付に置かれている名簿を見ると、二階がガラガラだったのでそこにする。


 二階の利用客は三名だ。二名は若い青年で、知り合いなのだろう。射撃演習をしながらも、エリアの間を仕切る防弾ガラス越しに何やらアイコンタクトを交わしてじゃれ合っている。


 もう一名は、三十代後半から四十代前半に見える、くたびれた壮年の男性だ。


 アッシュグレーの無造作な短髪で、虚無感を漂わせる窪んだ眼孔が印象的な人物だった。座っていても分かるような身長の高さと、筋肉を隠しきれない真っ黒な襟付きのシャツ。それでいて雰囲気は、何度も洗濯して色褪せたジーンズのようだ、とエリスは思った。彼は休憩用に敷き詰められている通路のベンチに座って、片手には煙草を挟んで、もう片方の手で髭を綺麗に沿った顎を撫でながら、演習をしている青年二人を不躾に眺めている。


 只者ではない雰囲気だが、青年たちの指導者か何かだろうか?


 エリスはこそこそと様子を窺いつつも、そそくさと射撃エリアの一つに入る。特殊な魔法で恒久的に強化された防弾ガラス製の強固な扉を開けて中に入り、それから鍵を掛ける。


 射撃エリアは横幅が十メートル、縦幅が六十メートルで、そこに停止した人型の的が十個。そして、段々になってその後方に動く的が幾つか。的は白く、床には対照的な黒い塗料。


 そして、防弾ガラスで仕切られた四つの射撃エリアを跨ぐように伸びた上部の電光掲示板には、『143』の文字。そして、その下、各射撃エリアの掲示板には不規則な数字が。


 これは、入り口横に置かれている赤ボタンを押してから、一分間の間に倒した的の数を記録したタイムアタックだ。射撃エリア毎に記録され、今日の最高スコアがその上に表示される。


 つまり、今日、この射撃場を利用した者の中に、一分間で百四十三枚の的を射撃できた人間が居るということだ。一秒間に二枚以上。雲の上の数字だった。


「《創造(クレオ)》! 《射出(イニエクト)》!」


 早速、エリスは創造の魔法で鉛玉を作り出すと、それに運動エネルギーを乗せる。「むん!」と力みながら発射された一発の鉛玉は、遠くの的を掠めるだけ。甲高い金属音を鳴らして跳ね返ったそれは、コン、コロと転がって間もなく消失する。


 エリスは目頭を揉みながら深呼吸をして、もう一度。


「《創造(クレオ)》」


 今度は時間をかけてゆっくりと、三十発ほどの玉を作り出して虚空に待機させた後、「《射出(イニエクト)》」と、それをマシンガンのように発射させる。すると、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるらしい。五枚ほどの的を倒すことに成功し、エリスはぐっと両拳を握る。的は射撃で倒れ、きっかり一秒後に復帰する。少しの遅延を含めて発射すれば、もう幾つかは倒せただろう。


 やはりこのやり方が良いのかもしれない。


 エリスはパタパタと入り口脇に駆け寄ると、タイムアタック用の赤ボタンを押す。間もなく始まる一秒刻みの電子音。それが五回鳴った後、開始を示す長めの電子音が響いた。




 そして――ジャスト一分後。電光掲示板に表示される数字は『32』!




「過去最高ですわ!」


 思わず声を上げて両拳を突き上げてしまうエリス。そういえば他に利用客も居るのだと思い出し、ハッと我に返った後に突き上げた拳を口元に、コホンと咳払いをする。防音性は高いが、怪しいことができないようにわざわざガラス張りになっているのだ。


 見られていないだろうな、と、エリスは先程の通路に座っていた壮年の男性を振り返る。


 すると――男性の方を見たエリスは目を丸くして、思わず「へぁ」と間抜けな声を上げた。


 演習をしていた筈の青年二人が、何やら険しい表情でベンチに座る男性に詰め寄っていた。男性は、あまり慌ててはいない様子だが、困ったように笑って両手を上げていた。


「いやぁ、すまない。最近の魔法に疎くてね、勉強させてもらっていたんだ」

「だからってジロジロ見過ぎなんだよ、おっさん! ぶっ殺されてえのか!」


 鍵と扉を開けてちらりと様子を窺ってみると、早々に青年の怒鳴り声が聞こえた。


 あんまりにも剣呑なやり取りだったので、エリスは慌てて射撃エリアから飛び出す。


「こ、殺しは駄目なのだわ! 人を傷付けるのは駄目なことでしてよ!」


 両手を広げて青年達の前に立ち塞がり、男性を庇うエリス。


 闖入者を目の当たりにした三名は鼻白んだ様子でマジマジとエリスを見詰め、『何だ、コイツ』とでも言いたげに青年の片方が青年を見る。片方は眉を顰めて肩を竦め返した。


「……別に本気で殺す気はねえよ。ただちょっと脅してただけだ」

「脅迫も駄目なのだわ。感情的になるのは仕方が無いけれども、対話は努めて冷静に! 何がありましたの? 私でよければ話を聞くのだわ!」


 根っからの大悪党でも関係していなければ、揉め事には第三者の介入が効果的だ。


 エリスとしても大の男三人が揉めている間に入るのは気が引けたが、しかし、目の当たりにして怯えて何もしなければ、後悔するのは明日の自分だ。エリスは怯えを噛み殺して、震える足で立ち塞がり続ける。すると、すっかり気勢を削がれた青年二人は、面倒そうに溜息を吐いて、頭をボリボリと掻いた後、エリスの肩越しに背後の男性を指す。


「俺達の訓練をそっちのおっさんがずっと見ててよ、鬱陶しいんだ」


 エリスは両手を広げたまま後ろを振り返ろうとして、「あだ」「て」と、両手で男性の頬、青年の二の腕を叩いてしまう。「ごめんなのだわ」と謝りつつ、エリスは男性を見る。


「今の発言は事実でして?」


 男性は穏やかな薄笑いを浮かべながら徐に頷き、再び謝辞を口にした。


「事実だ。申し訳ない、最近競技魔法に興味を持ってね、つい大会の観戦と同じ感覚で眺めてしまった。もうしないよ。気分を悪くさせたなら、心から謝らせてほしい。すまなかった」


 男性がそう言って頭を下げると、青年達は流石に溜飲を下げた様子で疲れ混じりの舌打ちを鳴らす。しかし、それでもまだ納得ができないのか、まだ何かを突っかかろうとする気配があったので、エリスはちょっと面倒になりながら振り返り、両腕でバツ印を作る。


「私は第三者委員会ですの! 調停者として判決を下すのだわ! 無罪!」


 「おいおい」と強引過ぎる判決に青年二人も唖然とする。


「そりゃないだろ、俺達は被害者だぜ?」

「そもそも、射撃場の規則において、他利用者の見学は禁止されていませんの」


 エリスは施設の利用時には規則を頭から尻まで熟読する人間だった。


 自信をもって断言すると、今度は青年二人はバツが悪そうに鼻白む。それでも納得ができないのか、反論の言葉を探そうとする。「まあ、不躾に見た俺が悪いよ」と背後で男性が自責を主張するが、エリスはそれには耳を貸さず、青年二人を見詰めた。


「勿論、それは『常識の範囲』の話。だから、貴方方が嫌だと言ったのならやめるべきだわ。そして、こちらの男性はその主張に対して謝罪をし、もうしないと言った。この話に、これ以上何か合理性が介入する余地がありまして⁉ そこから先は感情の話なのだわ!」


 怯えが段々と吹っ切れ、エリスは再度バツ印を強調する。


 すると、道理では分が悪いと判断した青年達は疎ましそうにエリスを見る。


「……何なんだよ、お前」


 ピク、とエリスのこめかみで血管が動く。深呼吸をして堪えようとするが、無理。


 先程までは溢れんばかりの悲しさが身を突き刺していたが、今は一周回って、どうして自分ばかりがこんな、という怒りに支配されながら恨み言を並べる。


「元世界一位、アンジェラ・エルワーズの門下生募集に応募した競技魔法選手ですわ」

「お! そういや今日だったか。何だよ、ここに居るってことは落ちたのか?」


 青年達はニヤニヤと嫌なことを言うので、エリスは自嘲気味に笑って頷く。


「ええ、お察しの通りに門前払いなのだわ」


 意味が分からずに瞬きを繰り返す青年達。エリスは補足する。


「体質的に基礎魔法しか使えないとお伝えしたら、後から受験番号を剥奪されましたの。受験資格もありませんでしたわ。今日は泣きながら帰ってここに来てるのだわ」


 ――――流石に、同情が勝ったらしい。青年達は頬を引き攣らせ、表情を固める。


 背後でも何やら額を押さえるような音。エリスは泣きそうになりながら笑顔で続ける。


「何と言うか……正直、もう、気を抜くと泣きそうで、本当に勘弁してほしいのだわ。これ以上、私の周りで揉めたりしないでほしいというか、もう、ほんと、勘弁して」


 言いながらエリスが顔面を両手で覆うと、慌てたように青年達がエリスの肩や背中を叩く。


「お、落ち込むなって! 真面目に生きてれば良い事あるから! 泣かないで!」

「こうやって止めに入る優しさがあるんだから! きっと上手くいくって!」

「大丈夫! 俺達も本気でキレてた訳じゃないし、もう納得したからさ! な?」

「つーか丁度帰ろうと思って暇だから突っかかっただけで! 帰る帰る!」


 青年達は笑顔でエリス達に手を振ると、そのまま憐れみを含んだ目で去っていく。


「悪かったな、今度見かけたら飲み物でもご馳走させてくれるか?」


 去り際、自分にも非があると思った男性が背中に伝えると、『その言葉を待っていた』と言いたげに、笑顔で二人が振り返る。「酒がいい!」とサムズアップが二本。「了解した」と男性は笑みを含んだ声で約束をして、それから射撃場の二階に静寂が下りてきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ