侵略者たちの世界
光が消えた。
黒瀬は目を開けた。
最初に感じたのは、空気の違いだった。現代より少し重く、湿度が高い。草と土の匂いに混じって、どこか甘い香りがした。
次に見えたのは、空だった。
2つの月が浮かんでいた。
一つは現代と同じ白い月。もう一つは青みがかった大きな月で、現代では見たことのない色をしていた。その2つの月が夜空に並んでいる光景は、美しいとも不気味とも言えた。
「ここが——異世界か」
郷原が呟いた。
4人は丘の上に立っていた。眼下には街が広がっている。
黒瀬はその街を見て、息を呑んだ。
現代と、変わらなかった。
建物の形は少し違う。道路の素材も異なる。しかし街灯が灯り、家々に明かりがついている。道を歩く人々がいる。子どもが走っている。店先に人が集まっている。
どこにでもある、普通の街の夜だった。
「……普通の人たちが、暮らしている」
久我が静かに言った。
藤堂は街を見渡しながら言った。
「当然だ。侵略者たちにとって、ここが故郷なんだから」
黒瀬は丘の上から街を見下ろした。
笑い声が聞こえた。店の前で話している大人たち。手を繋いで歩く親子。現代と何も変わらない、日常の光景。
その瞬間、黒瀬の胸に奇妙な感覚が生まれた。
(俺たちは今——この人たちの世界に、無断で乗り込んできた)
ザイロスたちが現代に現れた時、黒瀬たちはそれを「侵略」と呼んだ。しかし今、異世界に乗り込んできた黒瀬たちは——この人たちの目には、何に見えるのだろう。
「陽翔」
藤堂が黒瀬の隣に立った。
「考えすぎるな。今は日野原さんを助けることだけを考えろ」
「分かってる」
黒瀬は頷いた。しかし胸の中のざわめきは、消えなかった。
その時、久我が鋭く言った。
「来るぞ」
街の方から、複数の気配が近づいてきた。
丘の下から、黒い影が駆け上がってくる。異世界の兵士たちだった。現代に送り込まれてきた侵略者たちと同じ装いをしている。しかしその目には、現代で見た無機質な殺意とは違う——怒りがあった。
人間的な、感情を持った怒りだった。
先頭の兵士が叫んだ。
「現代の侵入者だ!ここは我々の世界だ、出ていけ!」
黒瀬は、その言葉に動けなくなった。
「侵入者」
その言葉が、胸に刺さった。
(俺たちも——同じことをしているのか)
「陽翔、構えろ!」
郷原の声で、黒瀬は我に返った。
兵士たちが一斉に向かってくる。その数、20体ほど。
黒瀬はマグナムを構えた。しかし引き金を引く手が、僅かに躊躇した。
(この人たちも——ザイロスと同じように、自分たちの世界を守ろうとしているだけじゃないのか)
「陽翔!」
藤堂が叫んだ。
兵士の一体が黒瀬に向かって飛んだ。黒瀬は反射的にかわし、マグナムの柄で兵士を弾き飛ばした。
倒れた兵士が立ち上がりながら、黒瀬を見た。
「なぜ躊躇する。お前たちが先に俺たちの世界を——」
「分かってる!」
黒瀬は叫んだ。
兵士が止まった。
黒瀬は構えたまま、しかし攻撃しなかった。
「俺たちはお前たちと戦いに来たんじゃない。連れ去られた仲間を取り戻しに来た。それだけだ」
兵士たちがざわめいた。
藤堂が黒瀬の隣に立ち、静かに言った。
「ザイロスのいる場所を教えてくれ。俺たちはそこへ行くだけだ」
しばらく沈黙が続いた。
兵士たちは顔を見合わせた。先頭の兵士が、黒瀬を睨んだまま言った。
「……お前たちが本当にそうなら、なぜ武器を持っている」
「身を守るためだ」
黒瀬は答えた。
「でも——お前たちを傷つけるために来たんじゃない」
また沈黙が落ちた。
兵士たちの気配が、僅かに変わった。
その時、後方から別の声が響いた。
「面白いことを言う現代人だな」
低く、静かな声だった。
兵士たちが道を開けた。
その奥から、一人の人物が歩いてきた。
西条蓮だった。
黒マントをまとい、無表情のまま4人を見ている。その目に、学校で見せた冷たい殺意はなかった。代わりに——何か複雑なものが宿っていた。
「お前たちが来るとは思っていなかった」
西条は4人の前で立ち止まった。
「ザイロス様のところへ行くつもりか」
「ああ」
黒瀬は答えた。
西条はしばらく黒瀬を見ていた。
「強くなったな」
唐突な言葉だった。
黒瀬は西条を見た。
「お前と戦った時とは——別人のような気配がする」
西条の口調に、敵意はなかった。ただ、事実を言っているだけだった。
「案内する気はないか」
藤堂が静かに言った。
西条は藤堂を見た。
「なぜ俺がそうする」
「お前も——本当はこんな戦いを望んでいないんじゃないか」
西条の目が、僅かに動いた。
沈黙が続いた。
夜風が丘を吹き抜けた。2つの月が、静かに空に浮かんでいた。
西条はゆっくりと踵を返した。
「ついてこい」
その一言だけ言って、歩き出した。
4人は顔を見合わせた。
久我が小声で言った。
「信用していいのか」
「分からない」
藤堂が答えた。
「でも——今は他に選択肢がない」
黒瀬は西条の背中を見た。
学校で初めて目が合った時の、あの衝撃を思い出した。あの時から、この男は何かを抱えていたのかもしれない。
「行こう」
黒瀬は歩き出した。
3人がその後に続いた。
異世界の夜の中を、5人は静かに進んでいった。




