迫る影
それから数日が経った。
グラウンドでの修行は毎日続いた。朝に始まり、日が落ちるまで。神城は言葉少なく、しかし的確に4人の弱点を突いた。
藤堂は考える前に体を動かす訓練を繰り返した。最初は全くできなかった。頭で考えることをやめると、体が止まる。それが藤堂という人間だった。しかし3日目に、初めて神城の動きに反応できた瞬間があった。
久我は基礎体力のトレーニングから始めた。これまでの人生で一度もやったことがない、地味で泥臭い反復練習。初日は30分で音を上げた。しかし翌日も来た。その次の日も来た。
郷原は打撃の精度を上げることに集中した。力任せではなく、一点に全てを集中させる技術。神城が置いた石を、同じ場所だけを狙って割り続ける。単純だが、消耗する訓練だった。
黒瀬は炎の制御を磨いた。あの日グラウンドで生まれた静かな炎を、どんな状況でも再現できるように。感情が乱れても、炎だけは乱れない——そういう領域を目指した。
全員が無言で、しかし確実に変わっていた。
そんなある夜のことだった。
神城の携帯が鳴った。
4人が水を飲みながら休んでいる中、神城は少し離れた場所で電話に出た。声は聞こえない。しかし神城の背中が、僅かに緊張したのが分かった。
通話が終わると、神城は4人の元に戻った。
「集まれ」
4人は神城を囲んだ。
神城は携帯の画面を4人に見せた。そこには政府の内部通信が表示されていた。
【緊急通信:最高機密】
《異世界側の大規模魔力反応を複数地点で確認》
《現時点での規模——過去最大級》
《侵略開始まで推定72時間》
藤堂が画面を見つめながら言った。
「72時間……3日後ということですか」
「そうだ」
久我が口を開いた。
「過去最大級って——どのくらいだ」
神城は静かに答えた。
「学校奇襲の時とは、比較にならない」
グラウンドに沈黙が落ちた。
郷原が腕を組んだ。
「つまり——次が来る前に、俺たちが異世界に乗り込むしかないということですか」
「そうなる」
黒瀬は携帯の画面を見つめた。72時間という数字が、目に焼きついた。
3日。
日野原が異世界で消えていく光景が、脳裏をよぎった。りんごの木の果実が、一つ一つ消えていく。残り時間が、どんどん削られていく。
「神城さん」
黒瀬は顔を上げた。
「俺たちは、間に合いますか」
神城は黒瀬を見た。
しばらく沈黙が続いた。
「それはお前たち次第だ」
神城は携帯をしまいながら言った。
「ただ一つだけ言える。お前たちは数日前とは違う。俺の目には、そう見えている」
4人は顔を見合わせた。
神城がそう言うのを、4人は初めて聞いた。
久我が口角を上げた。
「神城さんに褒められるとは思わなかったな」
「褒めていない。事実を言っただけだ」
「同じですよ」
郷原が珍しく笑った。
藤堂は空を見上げた。夜空には星が出ている。街の煙はまだ完全には消えていないが、数日前より薄くなっていた。
「3日で仕上げましょう」
藤堂が静かに言った。
「ああ」と黒瀬は答えた。
神城は4人を見渡した。そして踵を返し、歩き出した。
「休め。明日は今日より厳しくやる」
それだけ言って、校舎の中に消えた。
4人はグラウンドに残った。
しばらく誰も話さなかった。星空を見上げながら、それぞれが自分の中にあるものと向き合っていた。
やがて久我が空を見ながら呟いた。
「なあ——みんなは怖くないのか」
誰も即座には答えなかった。
郷原が地面を見ながら言った。
「怖い」
藤堂が続いた。
「怖いな」
黒瀬は空を見上げたまま言った。
「怖い。でも——行かないという選択肢はない」
久我は少しの間黙っていた。
そして笑った。いつものナルシストな笑いではなく、どこか吹っ切れたような笑いだった。
「だよな」
4人は再び黙った。
夜風が吹き、グラウンドの砂が舞った。
3日後、4人は異世界へ向かう。




