傷だらけの覚悟
翌朝、神城が保健室に入ると、3つのベッドが全て空だった。
廊下に出ると、グラウンドの方から人の気配がした。
神城はグラウンドに向かった。
荒れ地と化したグラウンドに、4人が立っていた。
藤堂は頭に包帯を巻いたまま、腕を吊った状態で立っている。郷原は胸の痣が制服越しにも分かるほど広がっており、呼吸するたびに顔が僅かに歪んでいた。久我は右腕を固定したまま、左手だけで雷槍を握っている。
そして黒瀬が、4人の前に立っていた。
神城は4人を見渡した。
「お前たちは重症だ。安静にしていろと言ったはずだが」
「言われてません」
久我が即座に返した。
「言う前に来た」
「同じことだ」
「違います」
郷原が静かに言った。その声には、普段の荒々しさとは違う、落ち着いた重みがあった。
「俺たちがここで寝ている間に、日野原さんたちは消えていきます。そんな時間はないです」
神城は郷原を見た。
郷原は視線を逸らさなかった。傷ついた体で、しかしその目だけは真っ直ぐだった。
藤堂が続けた。
「それに——俺たちが負けた理由は、体力じゃない。力の使い方が間違っていたからです。体が動く間は、修行できます」
神城はしばらく4人を見ていた。
誰も視線を逸らさなかった。
神城は小さく息を吐いた。
「……勝手にしろ」
それが神城なりの了承だった。
4人の表情が、僅かに緩んだ。
神城はグラウンドの中央に歩いた。荒れ地を見渡し、静かに口を開く。
「まず聞く。お前たちは昨日の戦いで、何が足りなかったと思っている」
沈黙が落ちた。
最初に口を開いたのは黒瀬だった。
「俺は——炎の制御が乱れました。日野原さんのことが頭から離れなくて、力が安定しなかった」
神城は頷かず、ただ次を促した。
藤堂が続く。
「自分の策が通じなかった時、思考が止まりました。西条には全ての手が読まれていた。考える前に動く判断力が、俺には足りていません」
久我は少し間を置いてから言った。
「……俺はセンスだけでやってきました。それがルゥには通じなかった。基礎が、ない」
その言葉を言うのが、久我には相当難しかったはずだと黒瀬は思った。いつも自信に満ちている久我が、自分の弱さを口にしている。
郷原は最後に、静かに言った。
「打撃しか持っていないところを見破られました。でも——打撃しかないなら、それを超一級品にするしかないと思っています」
神城は4人の言葉を聞き終えると、グラウンドを一度見渡した。
「よく分かっている」
それだけ言った。褒めているのか、確認しているのか、判断できない口調だった。
「では始める。ただし条件がある」
4人が神城を見た。
「修行中に倒れたら、その日はそこで終わりだ。無理をして再起不能になっても、日野原は助けられない。自分の体の限界だけは、自分で把握しろ」
4人は顔を見合わせた。
そして全員が、頷いた。
神城は黒瀬を見た。
「黒瀬。お前から始める」
黒瀬は一歩前に出た。
「炎を出せ」
黒瀬は右手に魔力を集中させた。炎が生まれる——はずだった。
しかし炎は小さく揺れ、すぐに消えた。
黒瀬は眉をひそめた。もう一度試みる。今度は少し大きくなったが、すぐに乱れて四散した。
「昨日と同じだな」
神城の声は責めていなかった。ただ、事実を言っていた。
「炎は感情と直結している。お前の炎が乱れるのは、心が乱れているからだ」
「分かっています。でも——」
「日野原の事が頭から離れないか」
黒瀬は答えなかった。それが答えだった。
神城はグラウンドに目を落とした。
「ザイロスという男の話をする」
4人の空気が変わった。
「あいつも——かつてお前たちと同じだった」
神城の言葉に、黒瀬が顔を上げた。
「大切な人たちを守りたかった。その一心で、誰よりも努力した。誰よりも強くなった」
「……でも」
藤堂が静かに言った。
「守れなかった」
神城は頷いた。
「守れなかっただけではない。大切な人たちは、現代に流出した。助けることも、取り戻すこともできなかった」
グラウンドに沈黙が落ちた。
黒瀬はゆっくりと、その言葉を咀嚼した。
ザイロスは敵だ。街を燃やし、日野原たちを人質にした。しかしその根っこにあるものは——黒瀬が今感じているものと、同じではないか。
守れなかった絶望。取り戻したいという叫び。
「だからといって、ザイロスのやっていることが正しいとは言わない」
神城は続けた。
「しかし——あいつの痛みを理解できる者だけが、あいつを止められる」
黒瀬は神城を見た。
「それが、俺だということですか」
「お前にしかできない」
神城は初めて、はっきりとそう言った。
黒瀬は右手を見た。
日野原の顔が浮かんだ。瓦礫の中で見た、妹の涙が浮かんだ。そしてザイロスの横顔——街が燃える中で、一瞬だけ見えた悲しみの色が浮かんだ。
黒瀬は息を吸った。
炎を、イメージした。
守れなかった悔しさを。取り戻すという約束を。そしてザイロスへの、怒りではなく——理解を。
右手から炎が生まれた。
昨日までとは違った。揺れない。乱れない。静かに、しかし力強く燃えている。
久我が小さく口笛を吹いた。
「……なんか変わったな」
郷原が腕を組みながら頷いた。
藤堂は黒瀬の炎を見つめ、静かに言った。
「これが——お前の本当の炎だ」
神城は黒瀬の炎を見た。その目に、何かが宿った。しかしすぐに消え、また無表情に戻った。
「次、藤堂」
神城の声で、修行が本格的に始まった。
荒れ地のグラウンドに、4人の魔力が灯り始めた。
街はまだ煙に包まれていた。しかし4人の目に、もう絶望はなかった。




