神代が見た光景
神城が街に着いたのは、日が傾き始めた頃だった。
遠くから見えた時から、嫌な予感はしていた。煙の色が濃すぎる。炎の広がり方が尋常ではない。
街に入った瞬間、神城は足を止めた。
いつも見ている街が、なかった。
商店街は半壊し、信号機は根元から折れて道を塞いでいる。救助隊員たちが各所で活動しているが、その顔には疲労と困惑が滲んでいた。誰もが、何が起きたのか分からないまま動いている。
神城は無言で歩いた。
瓦礫をまたぎ、煙の中を進む。すれ違う人々の顔を見るたびに、胸に重いものが積み上がっていく。
高校が見えてきた。
正門は破壊されており、グラウンドは荒れ地のようになっていた。校舎の窓はほとんど割れ、壁にも無数のひびが入っている。
それでも校舎は立っていた。
神城は正門をくぐり、グラウンドに立った。
巨大な骸骨が崩れた跡が残っている。アスファルトには焦げ跡と亀裂が走り、あちこちに魔力の残滓が漂っていた。
神城はその痕跡を、一つ一つ読んでいった。
(黒瀬の炎。藤堂の水。久我の雷。郷原の打撃……よく戦った)
そして正門付近に残る、別の痕跡を見つけた。
神城の目が細まった。
(これは——)
知っている魔力の質だった。現代のものではない。異世界特有の、冷たく鋭い魔力の残滓。しかもその量が、尋常ではなかった。
(これほどの使い手が来ていたのか)
神城は静かに息を吐いた。
4人があの魔力の持ち主と戦ったとすれば——どうなったか、想像するまでもなかった。
校舎に入り、保健室に向かった。
廊下を歩きながら、神城は窓の外を見た。街はまだ燃えていた。夕暮れの空が、炎の色と混ざり合って赤く染まっている。
保健室のドアを開けた。
3つのベッドに、藤堂、郷原、久我が横たわっていた。
神城は3人のそばに立ち、それぞれの状態を確認した。藤堂の頭部の傷、郷原の胸の打撲、久我の右腕の損傷——全員、重症だった。
しかし生きている。
神城は小さく息を吐いた。
その時、保健室にもう一つのベッドがあることに気づいた。黒瀬のものだろう。しかしそこは空だった。
神城は廊下に出た。
校舎を出て、街の方へ向かう。しばらく歩くと、瓦礫の中に見知った背中を見つけた。
黒瀬だった。
膝をついたまま、瓦礫の山を見つめていた。その背中は、神城がこれまで見てきた中で一番小さく見えた。
神城は黒瀬のそばに立った。
しばらく、何も言わなかった。
燃える街を2人で見ていた。風が煙を運び、どこかで建物が崩れる音がした。
神城は街を見渡しながら、静かに口を開いた。
「報告しろ」
黒瀬は顔を上げた。その目は赤く、しかし涙はなかった。泣くことすら忘れているような顔だった。
「……西条蓮という転校生がいました。最初から侵略者の手下でした。もう一人、ルゥという女も。2人に全く歯が立ちませんでした」
神城は黙って聞いていた。
「その後——ザイロスという人物が現れました。街に攻撃を放ち、それで」
黒瀬は言葉を切った。
「日野原さんが——クラスメイトが、異世界に連れ去られています。学校にいた生徒全員が、人質に」
神城の目が、僅かに動いた。
「ザイロスの魔力を直接感じたか」
「はい」
「どう感じた」
黒瀬は少し考えた。
「……冷たかったです。でも」
「でも?」
「どこかで、悲しんでいるような気がしました。うまく言えないんですが」
神城は何も言わなかった。
ただ、その言葉を胸の中に静かに収めた。
しばらくして、神城は黒瀬の肩に手を置いた。
「明日から修行を始める」
黒瀬は神城を見上げた。
「俺たちを、強くしてくれますか」
神城は答えなかった。
しかしその手に、僅かに力が込められた。
黒瀬にはそれで十分だった。
瓦礫の街に、夜が降りてきた。炎の光だけが、暗闇の中で揺れていた。




