灰色の朝
白い天井だった。
黒瀬はしばらく、それをただ見つめていた。体を動かそうとすると、全身に鈍い痛みが走る。
(ここは……)
保健室だった。
カーテンの隙間から差し込む光が、妙に赤みを帯びていた。外から、何かが燃える匂いが漂ってくる。
黒瀬はゆっくりと体を起こした。その瞬間、頭に鋭い痛みが走り、思わず顔を歪める。
視線を横に向けると、ベッドが3つ並んでいた。
藤堂が目を閉じたまま横たわっている。包帯が頭と腕に巻かれ、その白さが痛々しかった。郷原は上半身を固定されており、胸に大きな痣が見える。久我は右腕を吊り、唇が僅かに切れていた。
3人とも、意識がない。
「……みんな」
黒瀬の声が、静かな保健室に吸い込まれた。
その時、意識の端に何かが触れた。
夢のような、幻のような——それでいて、妙にはっきりとした感覚。
瞼を閉じると、見えた。
薄暗い空間に、巨大な木が立っている。幹は黒く、枝は天井まで伸びている。そしてその枝に、無数の果実がぶら下がっていた。赤みがかった、りんごのような実。
その一つ一つの中に——人が、いた。
「——っ」
黒瀬は息を呑んだ。
果実の中の人影が、徐々に薄くなっていく。まるで木に養分として吸い取られるように、その輪郭が消えていく。
そして一つの果実の中に、見知った顔を見つけた。
日野原だった。
茶色い髪が果実の中で揺れている。目は閉じられているが、その表情には恐怖の色が滲んでいた。周りの果実が次々と消えていく中で、日野原はゆっくりと目を開けた。
虚ろな瞳が、何かを探すように彷徨う。
そして——黒瀬の方を向いた。
(黒瀬、くん——)
声は聞こえない。しかし口の動きで、はっきりと分かった。
「日野原さん——!」
黒瀬は手を伸ばした。しかし指先は空を切るだけだった。
瞼を開けると、白い天井が戻ってきた。
黒瀬は荒い呼吸を整えながら、握りしめた拳を見つめた。指が震えていた。
窓の外では、街がまだ燃えていた。
黒瀬はベッドから足を下ろした。立ち上がろうとすると、激痛が全身を貫く。それでも構わず立った。
「どこへ行く気だ」
声がした。
入口に、一人の男が立っていた。年齢は40代ほど。鋭い目をしているが、その奥には深い疲労と、何か重いものを背負った色がある。黒瀬たちに指示を出す省庁の長——師匠だった。
「救出活動に」
黒瀬は答えた。かすれた声だったが、迷いはなかった。
師匠は黒瀬をしばらく見つめた。そして静かに言った。
「お前の体で動けると思っているのか」
「動けます」
「……そうか」
師匠は一歩脇に退いた。止めなかった。
黒瀬は保健室を出た。廊下の窓から見える街は、煙と炎に包まれていた。
(必ず取り戻す)
日野原の口の動きが、まだ脳裏に焼きついていた。




