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転生したら、魔王と呼ばれた私が、ただ花を咲かせていた話 第二部  作者: マスター


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8/12

第三十二話「川が、戻り始めた日」

三十二話目です。


竜と一緒に水脈を押した翌朝、何かが変わっていました。大きな変化ではありませんでした。でも、確かに変わっていた。


終わりというのは、劇的なことが起きるとは限りません。静かに、何かが戻っていくことが、一番深い終わりかもしれない。


では、どうぞ。

翌朝、セルドの都の東に流れる川を見に行った。


オルトが、夜明け前から川を見ていたらしかった。


宿を出たとき、オルトが走って戻ってきた。


走るオルトを、初めて見た。


「川が、増えている」


「本当ですか」


「増えている。昨日より、明らかに水量が多い。見に来い」



川の岸に立った。


昨日より、水位が上がっていた。


劇的な変化ではなかった。


でも、確かに増えていた。


川の色が、昨日より澄んでいた。


流れが、少し速くなっていた。


「戻り始めた」と私は言った。


「これで十分か」とオルトが言った。


「十分ではないです。昨日、変えられたのは、水脈の出口の向きだけです。完全に元に戻るには、もう少し時間がかかります」


「どのくらい」


「数週間から、一か月くらいかもしれない。地下の水が、新しい向きで安定するまで、時間がかかります」


「それでも、戻ってきている」


「戻ってきています」


オルトが、川を見た。


ずっと見ていた。


「五年間、この川を見てきた」とオルトは言った。「五年間、少しずつ減っていくのを見てきた。減っていく川を見ている間は、何もできないことが、辛かった」


「そうでしたね」


「今日、増えているのを見て、何か言おうと思ったが、言葉が出なかった」


「言葉が出なくていいと思います」


オルトが、私を見た。


「ありがとう」


「竜と一緒にやりました」


「それでも、ありがとうだ」



ガレス王に報告しに行った。


王の間に通されたとき、ガレス王はすでに川の話を聞いていた。


「川が増えたと、報告が来た」とガレスは言った。


「昨日、水脈の向きを変えました。少し時間がかかりますが、戻ると思います」


「竜は」


「敵ではありませんでした」


「どういうことだ」


話した。


卵のこと、地震で埋まったこと、百年間一人で守っていたこと、泣いていたこと。


ガレスが、黙って聞いていた。


話し終わっても、しばらく黙っていた。


「竜が、卵を守っていた」と、やっとガレスは言った。


「そうです」


「百年間、一人で」


「そうです」


「そのために、人を入れなかった」


「卵を踏み荒らされることを、恐れていたと思います」


ガレスが、窓の外を見た。


ガロン山が、遠くに見えた。


「竜を、敵だと思っていた」とガレスは言った。


「そうですね」


「百年間、この国の人間は、竜を恐れていた。山を奪った存在だと思っていた」


「でも、竜は、山を守っていた。水源を守っていた」


「水源を守ることが、この国の川を守ることだったのに、私たちは気づかなかった」


「気づけなかったのは、近づく方法がなかったからです」


ガレスが、私を見た。


「お前が、近づいた」


「ミアさんが、話しかけてくれました。私一人では、できなかったです」


ガレスが、少し目を細めた。


「竜は、今後も山にいるのか」


「います。卵が孵るまでは、動かないと思います」


「卵が孵ったら」


「分かりません。ただ、もう嵐を起こす理由はなくなると思います。川が戻れば、水脈は安定します。卵が孵れば、守るものは外に出ます」


「外に出た子竜は、どこに行く」


「竜に聞いてみないと分かりません。でも、この山に居続けるかもしれない」


「居続ければ、山が守られる」


「そうです。竜がいることで、山の生態系が保たれる部分があると思います。百年間、人が入らなかった分、山の奥は自然のままでした」


ガレスが、また窓の外を見た。


「竜を、守る必要があるかもしれないな」


「そうですね。竜がいることで、セルドの水源が守られている」


「逆転した」とガレスは言った。「竜が敵だと思っていたが、竜こそが、この国の水を守っていた」


「そういうことです」


ガレスが、長い間、外を見ていた。


それから、私に向き直った。


「凪、もう一つ頼んでもいいか」


「なんですか」


「山を、保護区にしたい。アルドがやったように。竜がいる山を、国として守る。そのために、何が必要か、教えてくれ」


「分かりました。考えます」



昼過ぎ、山に向かった。


竜に、もう一度会いに行くためだった。


東側の小道を歩いた。


台のある場所まで来た。


竜は、いた。


今日は、岩の上に座っていなかった。


地面にいた。


卵の近くにいた。


岩の隙間が、まだ開いていた。


昨日、動かした岩が、そのままになっていた。


竜が、私を見た。


金色の目だった。


「川が、増え始めました」と私は言った。


竜が、音を出した。


「知っている、と言っています」


「山を、国が守ることになりそうです。人が入らないようにする、保護区という形で」


竜が、また音を出した。


「良い、と言っています」


「卵は、いつ孵りますか」


竜が、少し間を置いてから音を出した。


「長い、と言っています。まだ時間がかかると」


「そうですか。孵るまで、ここにいますか」


竜が、当たり前だ、という音を出した。


「そうですよね」


シロが、竜を見ていた。


竜が、シロを見た。


シロが、尻尾を振った。


竜が、低く、温かい音を出した。


「お前たちに、ありがとう、と言っています」


「一緒にやりました」


竜が、また音を出した。


今度は、長い音だった。


複雑な音だった。


聞いていると、意味が少し分かってきた。


百年間、一人だった。


誰も来なかった。


嵐を起こすたびに、遠ざかっていった。


もう来ないと思っていた。


でも、来た。


「来て良かったです」と私は言った。


竜が、翼を少し広げた。


それから、また閉じた。


その動きが、どういう意味か、はっきりは分からなかった。


でも、悪い意味ではなかった。



山を下りるとき、ミアが言った。


「竜と話せたこと、記録します。でも、どう書けばいいか、少し迷っています」


「どういうことですか」


「言葉ではない会話を、言葉で書くのが難しくて」


「難しいですね」


「凪さんが感じ取ったことを、私が書く。でも、凪さんが感じ取ったことと、私が書いたことの間に、少しずれが生まれるかもしれない」


「そうですね。でも、完全に一致しなくていいと思います」


「そうですか」


「言葉は、完全には伝わらない。でも、伝わらなくても、伝えようとすることに意味があります。ミアさんが書いたことが、誰かに届いたとき、その人がまた別の何かを感じるかもしれない」


「記録が、また別の何かにつながる」


「そうです」


ミアが、記録帳を見た。


「書きます。不完全でも、書きます」


「それで十分です」


「凪さんが言うと、説得力があります」


「私も、感じ取ったことを完全には言葉にできないので」


「一緒ですね」とミアは言った。


「一緒です」



夕方、デルのところに寄った。


川が増えていること、卵が見つかったこと、水脈の向きを変えたことを話した。


デルが、静かに聞いていた。


「竜の子どもが、いたんだな」とデルは言った。


「いました」


「それを守っていた」


「百年間」


「一人で」


「そうです」


デルが、目を閉じた。


しばらく、そのままだった。


「じいさんが知ったら、どう思ったかな」とデルは言った。


「竜を憎んでいましたか」


「憎んでいた。でも、理由を知ったら、違ったかもしれない」


「理由を知ることで、見え方が変わることがあります」


「そうじゃな」


デルが、目を開けた。


「川が戻れば、セルドの農地が戻る。農地が戻れば、食べ物が増える。食べ物が増えれば、人が元気になる」


「そうです」


「全部つながっているな」


「全部つながっています」


デルが、少し笑った。


「お前、よく言うな、それを」


「よく言います。本当のことなので」


デルが、また笑った。


「じいさんの話が、役に立ったか」


「とても役に立ちました」


「そうか」とデルは言った。「じいさんも、喜ぶじゃろ」


「そうだといいですね」


デルが、窓の外を見た。


ガロン山が、夕日に染まっていた。


「あの山、これからは優しく見える気がする」とデルは言った。


「そうかもしれないです」


「百年間、泣いていたと思ったら、可哀想じゃな」


「でも、卵が無事でした」


「良かった」とデルは言った。静かに言った。「本当に、良かった」



宿に戻る道で、オルトが言った。


「凪、セルドにいつまでいる」


「もう少し、様子を見てから帰ります。川が安定し始めるまで、確認したい」


「一か月か」


「それくらいかもしれないです」


「その間、セルドで何かできることがあれば、言ってくれ」


「山の保護区の設定を、一緒に考えたいです」


「分かった。動かす」


「それと、川が戻ってきたら、川沿いの農地の土の状態を見てみたいです。五年間、水が減っていたなら、土に影響が出ているかもしれない」


「カナに連絡するか」


「できますか」


「使いを出す。カナが来れば、ミアと一緒に動ける」


「ありがとうございます」


オルトが、夕暮れの山を見た。


「竜がいる山を、保護区にする。それを、この国の記録に残す。百年後の人間が、読んだとき、理解できるものにしたい」


「ミアさんが、書いてくれると思います」


「あいつは、良い記録係だ」


「そうですね」


「カナの弟子だけある」


「カナさんも、良い人です」


オルトが、少し笑った。


「お前が、人を褒めるのは珍しいな」


「気になる人たちなので」


「気になる、というのが、お前の褒め言葉か」


「そうかもしれないです」


「変な褒め方だ」


「そうですね」


夕日が、川を照らしていた。


川の水が、夕日を反射していた。


昨日より、明るく見えた。


水が増えると、反射する光も増える。


単純なことだったが、きれいだった。


「川が、もっと戻ったら、もっと明るくなりますね」


オルトが、川を見た。


「楽しみだな」と言った。


戦場帰りの兵士のような顔をしていたオルトが、そう言った。


「楽しみですね」と私も言った。


シロが、川の水を飲んだ。


一口飲んで、顔を上げた。


満足そうな顔だった。


「美味しいか」


シロが尻尾を振った。


「良かった」


川の音が、昨日より大きかった。


水が増えた分、音も増えた。


その音を聞きながら、歩いた。


セルド編、ここで一つの区切りがついた。


全部解決したわけではなかった。


卵はまだ孵っていない。


川は完全には戻っていない。


農地は、まだ回復途中だ。


でも、方向が変わった。


方向が変われば、いつか違う場所に着く。


「次は、どこに行くんだろう」とシロに言った。


シロが、私を見た。


まだ決めなくていい、という顔だった。


「そうだな。今日は、ここにいよう」


川の音が、続いていた。


夕日が、沈んでいった。


山が、暗くなった。


その山の中に、青い竜がいた。


卵と一緒に。


今夜は、泣いていないといいな、と思った。

三十二話目、書きました。


川が増え始めた朝、オルトが走って知らせに来た場面。五年間、川が減っていくのを見続けてきた人間が、増えていく川を見たとき、言葉が出なかった。その沈黙が、この話で一番大事な場面だったと思います。


ガレス王の「逆転した」という言葉。竜を敵だと思っていたが、竜こそが水源を守っていた。

デルへの報告の場面。「じいさんが知ったら、どう思ったかな」という問いに、答えは出ませんでした。でも、「良かった」という一言が出た。百年越しの、小さな和解でした。


「気になる人たちなので」という凪の褒め言葉。気になる、というのが、凪にとって一番大事な感情です。気になるから行く、気になるから直す、気になるから話しかける。


次話からは、セルドでの残りの日々と、森の集落への帰還の準備が始まります。


また明日。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)

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