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転生したら、魔王と呼ばれた私が、ただ花を咲かせていた話 第二部  作者: マスター


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第三十一話「竜は、泣いていた」

三十一話目です。


今まで積み重ねてきたことが、一つの場面に収束します。竜が何を守っているか、なぜ嵐を起こしてきたか。その答えが、今日見えてきます。


ただ、見えた答えは、凪が想像していたものとは、少し違いました。


では、どうぞ。

三日間、東側の小道から山に入り続けた。


毎日、同じ場所まで歩いた。


岩を越えて、台のある平らな場所まで。


毎日、台に向かって話しかけた。


「今日も来ました」


それだけだった。


一日目は、竜の影が見えた。


二日目は、影が少し低い位置にあった。


三日目は、影がなかった。


代わりに、近くで大きな翼の音がした。


見えないところにいた。


でも、いた。


「慣れてきているのかもしれない」とミアが言った。


「そう思います」


「明日は、もっと近くに来るでしょうか」


「来るかもしれないし、来ないかもしれない」


「どちらでも、来続けますか」


「来続けます」



四日目の朝、デルが宿に来た。


「話がある」とデルは言った。


「どうぞ」


「昨夜、じいさんのことを考えていた。台のことを聞いてから、ずっと考えていた」


「台について、何か思い当たることが」


「思い出した」とデルは言った。「じいさんが、最後に残した言葉がある。わしが子どもの頃に、じいさんが死ぬ前に言っていた言葉だ。長い間、意味が分からなかったから、忘れていた」


「どんな言葉ですか」


デルが、少し目を閉じた。


記憶を引き出すように。


「竜は、一人で泣いている。だから、嵐が来るんだ、と言っていた」


部屋が、静かになった。


「一人で泣いている」と私は言った。


「そうじゃ。じいさんが、直接聞いたわけじゃない。じいさんのじいさんから聞いた話だ。竜が来た頃に、山の近くに住んでいた老人が、そう言ったそうじゃ。竜は怒っているんじゃなくて、泣いているんだ、と」


「嵐が、泣いている」


「竜の涙が、嵐になる。そう言っていたそうじゃ」


ミアが、手を止めた。


記録帳に書きかけていた文字が、途中で止まっていた。


オルトが、静かに聞いていた。


「なぜ、泣いているんですか」とミアが聞いた。


「分からん」とデルは言った。「じいさんのじいさんも、分からなかったそうじゃ。ただ、泣いている、と言っていた」



デルが帰った後、三人で話した。


「泣いている竜、というのは、どういうことだと思うか」とオルトが言った。


「何かを失ったか、何かを悲しんでいるか」と私は言った。


「何を失ったんだ」


「山の奥に、守っているものがある。それが、傷ついているのかもしれない」


「傷ついている」


「五年前の地震で、何かが起きた。川が減った。地形が変わった。もし、竜が守っていたものが、その地震で傷ついたなら」


「悲しむ理由になる」とミアが言った。


「なります」


「でも、地震は自然現象です。竜のせいではない」


「そうです。竜は、地震を止めることができなかったのかもしれない。守ろうとしたが、守れなかった」


「それで、泣いている」


「かもしれない」


オルトが、腕を組んだ。


「竜が悲しんでいるとして、それと川の減少が、どうつながる」


「守っていたものが、水に関係しているなら、それが傷ついたことで、川の流れが変わった可能性があります」


「守っていたものが、水源だということか」


「そう思います。山の奥に、この地域の水の源になっているものがある。竜は、百年間それを守ってきた。五年前の地震で、それが傷ついた」


「だから川が減った」


「そうだと思います」


ミアが、記録帳を閉じた。


「行きましょう」と、ミアが言った。


「今日、山に行きますか」


「行きます。話しかけます。今日は、違う言葉で話しかけます」


私が、ミアを見た。


「ミアさんが」


「私も、話しかけていいですか。記録係ですが、今日は少し違う仕事をしたいです」


「どうぞ」



山に入った。


東側の小道を歩いた。


岩を越えて、台のある場所まで来た。


台の前に立った。


シロが、横にいた。


空を見た。


今日は、雲がなかった。


晴れていた。


翼の音が、聞こえた。


近かった。


すぐ上の岩の上に、何かがいた。


見えなかったが、いた。


大きな気配があった。


私が話しかけようとしたとき、ミアが前に出た。


「聞いてください」とミアは言った。


山に向かって、はっきり言った。


「私は、記録係です。色々なことを記録してきました。忘れられそうなことを、残してきました」


翼の音が、止まった。


「デルというお爺さんから、聞きました。竜は一人で泣いている、と。百年以上前から、そう伝わっていたそうです」


静かだった。


「泣いているなら、聞かせてください。何を悲しんでいるか、教えてください。記録します。誰かに伝えます。忘れないようにします」


翼の音が、また聞こえた。


今度は、違う音だった。


静かな音だった。


羽ばたくのではなく、着地するような音。


岩の上で、何かが動いた。


顔を上げた。


いた。


竜が、岩の上にいた。


大きかった。


青かった。


空の色に似た青だった。


デルのおじいさんが言っていた通りだった。


翼を折り畳んで、岩の上に座っていた。


目が、こちらを見ていた。


金色の目だった。


その目が、濡れていた。



誰も、何も言わなかった。


シロが、低くなった。


攻撃ではなかった。


頭を下げているような姿勢だった。


竜が、シロを見た。


それから、私を見た。


それから、ミアを見た。


最後に、台を見た。


目が、また濡れた。


「泣いているんですね」と私は言った。


竜が、私を見た。


「何を悲しんでいるか、教えてもらえますか」


竜が、口を開いた。


言葉ではなかった。


音だった。


低くて、深い音。


でも、意味が分かった。


言葉ではないのに、意味が分かった。


「分かりました」と私は言った。


オルトが、私を見た。


「何と言ったんだ」


「子どもが、いると言っています」


「子どもが」


「卵があります。山の奥に。五年前の地震で、卵が埋まってしまった。竜は、掘り出せないでいる。人間を入れたくなかったのは、踏み荒らされるのが怖かったから。でも、一人では掘り出せない」


ミアが、手を止めた。


「卵が、埋まっている」


「そうです」


オルトが、山の上の方を見た。


「百年間、一人で守っていたのか」


「そうだと思います。地震が来るまでは、卵が無事だった。でも、地震で埋まってしまった。それ以来、泣いている」


「だから、嵐が来ていた」


「泣いていたから」


竜が、また音を出した。


今度は、少し違う音だった。


「助けてほしい、と言っています」


しばらく、誰も何も言わなかった。


ミアが、記録帳を持っていたが、書いていなかった。


ただ、竜を見ていた。


「助けます」と私は言った。


竜に向かって、言った。


「卵を、掘り出します。一人ではないので、できます」


竜が、金色の目で、私を見た。


長い間、見ていた。


それから、翼を少し広げた。


ついて来い、という動きに見えた。


「行きます」


シロが立ち上がった。


オルトが、私の横に並んだ。


「行くぞ」


ミアが、記録帳を閉じた。


「行きます」


竜が、翼を広げて、山の奥に向かって飛んだ。


ゆっくりと飛んだ。


こちらを確認しながら、飛んだ。


案内してくれていた。



竜について、山の奥に向かって歩いた。


東側の小道が、さらに続いていた。


石の並びが、途切れながらも、奥まで続いていた。


百年以上前の誰かが、ここまで道を作っていた。


「この道も、竜が守っていたのかもしれない」とミアが言った。


「そうかもしれないです。人が来られるように、残していたのかもしれない」


「助けを待っていた」


「百年間、待っていたのかもしれない」


オルトが、黙って歩いていた。


険しい顔だったが、歩みは止めなかった。


竜が、前を飛んでいた。


一度も、嵐を起こさなかった。


山の奥に入るほど、植物が少なくなった。


岩ばかりになった。


でも、岩の色が、東側の斜面とは違った。


濡れているような、光を持った岩だった。


「水が近い」と私は言った。


「地下に、水がありますか」


「あります。かなり大量の水が、この下に」


「川の源がここにある、ということですか」


「そうだと思います。この地下水が、山を出て、セルドの川になっていた」


「地震で、それが変わった」


「地形が変わって、水の出口が変わったのかもしれない。それで、川が減った」


竜が、ある岩の前で止まった。


大きな岩が、崩れていた。


地震で崩れた跡だった。


その岩の下に、何かがあった。


竜が、低い音を出した。


「ここだと言っています」



岩を見た。


大きかった。


四人では、動かせない大きさだった。


でも、全部を動かす必要はなかった。


岩の崩れ方を観察した。


「ここと、ここの岩を動かせば、隙間ができます。その下に、卵があると思います」


「動かせるか」とオルトが言った。


「やってみます」


力を使った。


今まで使った中で、一番大きな力だった。


岩が、少し動いた。


シロが、体を岩に当てた。


押した。


オルトが、岩の端を押した。


ミアも、押した。


全員で、押した。


岩が、ゆっくり動いた。


ずり、という音がした。


岩の隙間が、広がった。


暗かった。


中が見えなかった。


シロが、中の匂いを嗅いだ。


それから、尻尾を大きく振った。


「あります」


中を見た。


暗くて、深かった。


でも、奥に、光があった。


青白い光だった。


卵だった。


大きな、青白く光る卵が、岩の隙間の奥に、安全な場所にあった。


割れていなかった。


「無事です」と私は言った。


竜が、音を出した。


今度の音は、今まで聞いたことのない音だった。


深くて、温かくて、震えるような音。


泣いているのとは、違う音だった。


「良かった、と言っています」


竜が、岩の隙間に顔を入れた。


大きな顔が、卵に近づいた。


触れた。


鼻先で、そっと触れた。


卵が、少し光った。


竜の目から、また涙が落ちた。


でも、今度は、悲しい涙ではなかった。



しばらく、竜と卵の時間を、見ていた。


誰も、何も言わなかった。


ミアが、記録帳を出した。


書いた。


静かに書いた。


オルトが、目を細めていた。


険しい顔が、少し違う顔になっていた。


シロが、私の横に座っていた。


私は、岩の上に手を当てた。


地下の水を感じた。


川の源が、ここにある。


でも、地震で出口が変わってしまった。


卵を取り出せれば、水の出口を直せるかもしれない。


「もう一つ、やることがあります」と私は言った。


竜が、私を見た。


「川の水を、元に戻すために、水脈の出口を直したいです。やってもいいですか」


竜が、音を出した。


「やっていい、と言っています」


地面に両手を当てた。


深く、感じた。


水の流れが、地震で変わっていた。


元々の出口が、岩で塞がれていた。


新しい出口が、別の方向にできていた。


新しい出口の方が、川の流れとずれていた。


だから、川に届く水が減っていた。


「時間がかかります」と私は言った。


「どのくらいだ」とオルトが聞いた。


「今日は、始めることしかできないです。完全に戻るには、時間がかかります。でも、向きを変えることはできると思います」


「始めてくれ」


力を送った。


今まで使った中で、一番深いところに力を使った。


岩の間を、力が流れた。


塞がれていた出口が、少しずつ動いた。


汗が出た。


力が、足りなかった。


竜が、私を見ていた。


それから、地面に前足を当てた。


竜の力が、加わった。


一緒に、押した。


岩が、動いた。


水の出口が、少し戻った。


完全ではなかった。


でも、向きが変わった。


地下で、水の音がした。


流れが、変わり始めた。


「動きました」


竜が、音を出した。


ありがとう、という音に聞こえた。

三十一話目、書きました。


竜が泣いていた理由が、卵だったという展開。強大な存在が、子どもを守るために百年間一人で泣き続けていた。この設定は、マスターの思想にある「自然法則に従う存在は、破壊ではなく守護を本質とする」という考えと重なります。竜は、悪ではなかった。ただ、守っていた。


ミアが話しかけた場面が、今回の核心でした。記録係が、記録の外に踏み出した瞬間。「泣いているなら、聞かせてください」という言葉が、百年間閉ざされていた竜の心を開いた。技術や力ではなく、共感が扉を開いた。


竜と一緒に水脈を押した場面。人間と竜が、同じ方向に力を使った瞬間。言葉が通じなくても、目的が同じなら、一緒に動ける。


次話は「結」です。川が戻り始めて、竜との別れがある話になります。


また明日。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)

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