第二十九話「竜に会う方法を、意外な人が知っていた」
二十九話目です。
正面から入れなかった。だから、別の方法を探す話です。
行き詰まったとき、答えは意外なところにあることがある。知識を持っているのが、専門家とは限らない。長く生きてきた人が、忘れられた記憶を持っていることがある。
では、どうぞ。
翌朝、オルトが険しい顔で来た。
「昨夜、考えた」とオルトは言った。
「何を考えましたか」
「竜に会う方法だ。だが、思いつかなかった」
「私も、考えました」
「何か分かったか」
「分かりませんでした。ただ、一つ、聞いてみたいことがあります」
「なんだ」
「百年前、竜が来る前、この山に入っていた人たちは、今もセルドにいますか」
オルトが、少し考えた。
「百年前の人間は、もういないが」
「その人たちの子孫は」
「いるかもしれない。ただ、百年前のことを覚えている人間は」
「記録に残っていなくても、話として伝わっていることがあります」
オルトが、ミアを見た。
「調べられるか」
「やってみます」とミアは言った。
◇
昼前に、ミアが戻ってきた。
「一人、いました」
「話を聞いていた人が」
「直接ではないですが、おじいさんから聞いたという人が、都の外れにいます。その人自身は、八十代です」
「会えますか」
「会いに行きましょう」
◇
都の外れに、小さな家があった。
古い家だった。
壁が石でできていて、屋根に草が生えていた。
ミアが戸を叩いた。
しばらくして、出てきたのは、背の曲がった老人だった。
白い髪で、目が小さくて、でも光があった。
名前はデルといった。
「転生者が来るとは、珍しいな」とデルは言った。
「会ってもらえてありがとうございます」
「オルトが丁寧に頼んできた。断れん」とデルは言った。
家の中に通してもらった。
狭かったが、清潔だった。
古い道具が、丁寧に並んでいた。
◇
お茶をもらいながら、話を聞いた。
「竜の山のことを、おじいさんから聞いた、と聞きました」と私は言った。
「そうじゃ」とデルは言った。「わしのじいさんが、子どもの頃に、竜が来る前の山に入ったことがあると言っていた」
「どんな山でしたか」
「水が豊かだったと言っていた。今とは全然違う。滝があって、川が何本も流れていて、植物が深くて、動物も多かった」
「竜が来てから、変わったんですね」
「変わった。じいさんは、竜を憎んでいた。あの竜が来てから、山が死んだと言っていた」
「山が死んだ」
「じいさんの言葉じゃ。水が減って、動物がいなくなって、植物が減った。竜のせいだと言っていた」
私は少し考えた。
「おじいさんは、竜が直接、山を壊したと思っていましたか」
「そう言っていた。竜が嵐を起こすたびに、山が削られると」
「嵐で、山が削られる」
「そうじゃ。じいさんは、竜を恐れていたが、同時に、なぜ竜がそんなことをするのか、不思議に思っていたと言っていた」
「なぜ不思議に思っていたんですか」
デルが、少し目を細めた。
「竜は、最初から嵐を起こしていたわけじゃない、と言っていた」
私は、手にしていたお茶を、置いた。
「最初から、ではなかった」
「最初の数年は、竜が来ても、嵐が来なかったそうじゃ。じいさんが子どもの頃は、まだ山に入れた。竜がいるのに、入れたと言っていた」
「どういうことですか」
「竜が来た頃は、嵐を起こさなかった。人が入っても、何もしなかった。ところが、ある時から、突然、嵐を起こすようになったと」
「ある時から、何かが変わった」
「そうじゃ。じいさんは、その理由を知らなかった。ただ、変わったのは、山の中で何かが起きてからだと言っていた」
「山の中で、何かが」
「じいさんは、直接見ていない。ただ、竜が嵐を起こし始めた少し前に、山の奥の方で大きな音がしたと言っていた。それ以来、竜が人を入れなくなったと」
◇
外に出て、オルトと話した。
「聞いたか」とオルトが言った。
「聞きました。竜は、最初から嵐を起こしていたわけじゃなかった」
「何かが変わった、ということか」
「そうです。山の奥で何かが起きて、それ以来、竜が人を入れなくなった」
「山の奥で何かが起きた、というのは」
「分かりません。でも、これで、竜がただ人を追い払いたいだけではない、と分かりました」
「守っている、ということか」
「そう思います。山の奥に、何かがある。それを守るために、竜が人を入れていない」
ミアが、記録帳に書きながら言った。
「守っているものが分かれば、竜と話せるかもしれない」
「そうです」
「でも、山の奥に入れない」
「正面からは、入れない」
「別の入り口がありますか」
「ここに来る前に、地図を見ました。北からの直行路しか、記録にはなかった。でも、百年前の地図に、別のルートが描いてありました」
「別のルート」
「東側に、かつて小道があったようです。今は使われていないかもしれない。でも、もし残っていれば、別の方向から近づける」
オルトが、地図を広げた。
「どこだ」
地図を指さした。
「ここです。百年前の地図では、東側の斜面に、細い道が描いてありました」
「今は、記録にない」
「記録にないだけで、道自体は残っているかもしれない」
オルトが地図を見た。
「確認できるか」
「行ってみないと、分かりません」
「また山に入るのか」
「今回は、中腹まで行かなくていいです。東側の麓を歩いて、小道の痕跡を探すだけです」
「嵐は来ないか」
「麓なら、来ないと思います。昨日の経験から、嵐は中腹以上の場所に来ていました」
オルトが、また地図を見た。
「分かった。明日、東側の麓を歩こう」
◇
夕方、宿に戻る前に、デルのところに寄った。
「また来てすまない」と私は言った。
「構わん。珍しいことが起きているからな」とデルは言った。
「もう一つ、聞かせてください。おじいさんが、竜を見たことは、ありましたか」
デルが少し考えた。
「見た、と言っていた。遠くからだが」
「どんな竜でしたか」
「大きくて、青かったと。空の色に似た青だったと言っていた」
「青い竜」
「怖かったが、美しかったとも言っていた」
「美しかった」
「そうじゃ。じいさんは、竜を憎んでいたが、同時に、美しいとも言っていた。どちらも、本当のことだったんじゃと思う」
「怖くて、美しい」
「そういうものは、この世界に色々あるじゃろ」
デルが、お茶を一口飲んだ。
「一つ、わしが思っていることを、言っていいか」
「どうぞ」
「竜は、悪い存在だとじいさんも言っていたが、わしは少し違うと思っている」
「どう違いますか」
「山に入れなくなってから、百年経った。その百年で、竜が人を傷つけたという記録は、一つもない」
「そうですか」
「嵐で、死んだ人間はいない。引き返した人間は、みんな無事に帰ってきている。傷ついた人間も、いない」
「昨日も、岩が落ちてきましたが、道の上でした」
「そうじゃろ。殺そうとしているなら、百年間で一人くらいは死んでいる。でも、死んでいない」
「追い払いたいだけで、傷つけたくない」
「そう思っている。だから、わしは竜が悪いとは思っていない。ただ、何かを守りたいんじゃと思っている」
私は、デルを見た。
八十代の老人が、百年前のことを、おじいさんから聞いた話として持っていた。
それが、今、役に立っていた。
「ありがとうございます」
「役に立ったか」
「とても」
「そうか。じいさんの話を、誰かに伝えられて、良かった」
デルが、また一口お茶を飲んだ。
「若い頃は、誰も聞いてくれなかった。老人の昔話だと思われていた」
「大事な話でした」
「そうじゃな」とデルは言った。静かに言った。「大事な話は、急いで語ると伝わらない。聞く人間が来るまで、待つしかない」
「待っていてくれたんですね」
「待っていたわけじゃないが、話せる機会がなかった。今日、初めて話せた」
デルが、窓の外を見た。
ガロン山が、遠くに見えた。
「あの竜、わしが死ぬ前に、話が通じるといいな」
「通じるように、やってみます」
「頼むよ」とデルは静かに言った。
◇
宿に戻る道で、ミアが言った。
「デルさんの話、大事なことが多かったですね」
「そうですね。竜が最初から嵐を起こしていなかった、というのが一番大事でした」
「何かがあって、変わったということですよね」
「そうです。その何かが分かれば、竜の行動の理由が分かります」
「百年前の話を、まだ覚えている人がいるとは思いませんでした」
「忘れられた記憶が、大事なことを持っていることがある」
「記録係として、そういう話を拾い上げることも、大事だと感じました」
「ミアさんは、記録の仕事が好きですか」
ミアが少し驚いた顔をした。
「好きです。なぜですか」
「聞いたことがなかったので」
「記録することで、忘れられるはずのことが残る。それが好きです。デルさんの話が、もし記録されていれば、誰かが早く気づけたかもしれない」
「今日、記録しましたね」
「しました。これは、残ります」
「良かった」
シロが、私の横を歩いた。
夕暮れの都の道を、四人と一頭が歩いた。
山が、遠くに見えた。
青い竜が、その山のどこかにいる。
何かを守っている。
百年間、人を入れないで、守っている。
明日、東側の麓を歩く。
小道が残っていれば、別の方法で近づける。
小道がなければ、また別の方法を考える。
気になることが、また増えていた。
でも、気になれば、動ける。
それだけで、十分だった。
二十九話目、書きました。
デルという老人のキャラクターを作りました。専門家でも、権力者でも、若者でもない。八十代の老人が、おじいさんから聞いた話を、百年間持っていた。それが今、役に立った。
「大事な話は、急いで語ると伝わらない。聞く人間が来るまで、待つしかない」というデルの言葉は、この物語全体に流れているテーマと重なります。マスターの思想も、理解される前に蒔かれた種です。種は、聞く人間が来るまで、待っている。
「百年間で、一人も死んでいない」という観察が、竜への見方を変える重要な情報でした。悪竜は傷つける。でも、この竜は傷つけない。ということは、理から完全に外れた存在ではないかもしれない。
「転」に向けて、東側の小道という新しい糸口が見つかりました。次話で、その道を歩きます。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




