第二十七話「セルドの王は、焦っていた」
二十七話目です。セルド編、本格的に始まります。
セルド編は、起承転結を意識した一つのアークとして書きます。今回は「承」の前段階、セルドの国に着いて、状況を詳しく知る話です。
王様が出てきます。焦っている王様です。焦りというのは、人を急がせます。急いだ判断が、必ずしも正しいとは限らない。それをどう扱うかが、このアークのテーマの一つです。
では、どうぞ。
セルドへの道は、五日かかった。
アルドより、ずっと遠かった。
山を一つ越えるルートだった。森を抜けて、平原を進んで、また山道に入った。
その山道の向こうに、別の大きな山があった。
「あれが、竜のいる山ですか」とミアに聞いた。
「そうです」とミアは言った。「セルドの北にある、ガロン山です」
遠くから見ても、その山は他の山と違って見えた。
雲が、頂上付近に常にかかっていた。
霧か、それとも別のものか、分からなかった。
シロが、その山を見て、少し耳を立てた。
「何か感じるか」
シロが動かなかった。
集中している顔だった。
「ただ事じゃない感じがするか」
シロが、小さく鳴いた。
◇
セルドの都は、アルドの都より小さかった。
でも、活気はあった。
ただ、市場を歩くと、野菜の少なさが目立った。
果物も、種類が少なかった。
「収量が落ちている、というのは、本当ですね」と私はオルトに言った。
オルトが、案内しながら言った。
「五年前は、もっと品揃えが豊富だった」
「川の水が減ったのが、五年前」
「そうだ」
王宮に通された。
セルドの王宮は、アルドより質素だった。
豪華さより、機能性を優先したような造りだった。
「節約しているように見えます」
「水不足で、農業が落ち込んでいる。国の財政も、苦しい」とオルトは言った。
◇
王の間に通された。
王は、四十代後半くらいの男だった。
顔に疲労が見えた。
王の名前は、ガレスといった。
私が入ると、ガレスが立ち上がった。
「お前が、転生者の凪か」
「そうです」
「オルトから、報告を受けている。アルドでの実績を聞いた」
「報告通りかどうかは、分からないですが、できることをやってきました」
「単刀直入に聞く」とガレスは言った。「川を、元に戻せるか」
私は少し考えた。
「分かりません。まず、原因を確認する必要があります」
「原因は、竜だ」
「竜が原因だと、確定しているんですか」
「五年前に、山で大きな地震があった。その後、川が減った。竜の縄張りで地震が起きた、ということは、竜が何かしたとしか考えられない」
「地震は、自然現象としても起きます。竜が原因とは限らないです」
ガレスが、少し苛立った顔をした。
「では、何が原因だと言うんだ」
「分かりません。山に入って、確認しないと」
「お前が確認できるのか」
「やってみます」
「いつできる」
「明日から向かいます。確認するのに、どのくらい時間がかかるかは、まだ分かりません」
ガレスが、少し机を叩いた。
「悠長なことを言っている時間はない。来年の収穫が、さらに落ちれば、国民が飢える」
「分かっています。だからこそ、急いで間違えるより、確実に進めたいです」
「確実に進めている時間が、ない」
ガレスの目が、少し血走っていた。
焦っていた。
それも、当然だった。国民の生活がかかっている。
「ガレス王」と私は言った。「焦る気持ちは分かります。でも、原因を間違えると、対処も間違えます。竜が原因ではなく、別の理由で水脈が変わっていたら、竜を倒しても川は戻りません」
「竜を倒す、という選択肢を、考えているのか」
「考えていません。竜が原因だと分かっても、まず話してみます。倒すのは、最後の選択肢です」
「話が通じる相手なのか、竜は」
「分かりません。だから、まず会ってみます」
「会えるのか。今まで誰も近づけなかった」
「私が近づけるかどうかも、分かりません。でも、試してみないと、何も始まりません」
ガレスが、しばらく黙った。
「お前は、私に確実な答えを与えてくれないのか」
「確実な答えは、まだ何も持っていません。でも、不確実なことを確実だと言うより、正直に分からないと言う方がいいと思っています」
ガレスが、私を見た。
「アルドの王は、お前のことを変わった転生者だと言っていた。理由が分かった」
「悪い意味ですか」
「分からない。だが、今までの誰よりも、正直だ」
「正直に言わないと、後で困ることが多いので」
ガレスが、少し息を吐いた。
「分かった。山に行け。だが、急いでくれ。冬が来る前に、何か分からなければ、来年の作付けに間に合わない」
「分かりました。できる限り急ぎます」
◇
王の間を出てから、オルトが言った。
「ガレス王は、悪い人ではない」
「分かります。国民のことを、本当に心配しているように見えました」
「五年前から、ずっとこの問題と向き合っている。最初は、誰もが楽観視していた。一時的な渇水だと思っていた。三年目あたりから、長期化すると分かって、焦りが出てきた」
「無理もないです」
「お前が、答えを急がせる王に、あんなに正直に言うとは思わなかった」
「正直に言うしかなかったので」
「気に入った、と言っていた」
「焦らせてしまったかもしれないですが」
「焦りは、もとからあった。お前が、その焦りに、少し冷静さを混ぜてくれた」
◇
その夜、宿に戻ってから、ミアが記録帳を持ってきた。
「凪さん、明日からの計画を、整理させてください」
「分かりました」
「山に向かうルートは、いくつかあります。一番安全なのは、東側からの迂回路ですが、時間がかかります。北からの直行路は、最短ですが、過去に嵐に遭った報告が多い場所です」
「直行路で行きます」
「危険です」
「時間が惜しいです。ガレス王が言っていたように、冬が来る前に分かることが大事です」
ミアが、少し心配そうな顔をした。
「私も同行します」
「危険な場所です」
「凪さんが、何を見て、何に気づくか、記録するのが私の仕事です。危険でも、行きます」
私は、少し考えた。
「分かりました。一緒に来てください。ただ、危険を感じたら、すぐに引き返してください」
「分かりました」
オルトも、横で聞いていた。
「私も行く」
「オルトさんも」
「セルドの代表として、行く必要がある。それに、お前一人とミアだけで行かせるわけにはいかない」
シロが、私の足元で寝ていた。
「シロも来ます」
「四人と一頭か」とオルトは言った。
「五人と数えてもいいです」とミアが言った。
シロが、少し顔を上げた。
それから、また寝た。
四人でも五人でも、どちらでもいい、という顔だった。
◇
部屋に戻って、地図を見た。
ガロン山の地図だった。
セルドの記録に残っている、かなり古い地図だった。
百年以上前の、竜が現れる前の地図らしかった。
その地図に、川の流れが描かれていた。
今の川とは、少し違う流れだった。
「百年前の地図と、今の川を比べてみたい」
ミアが、最新の地図を持ってきてくれた。
二つを並べて見た。
確かに、川の流れが変わっていた。
特に、山の中腹あたりから、流れの形が違った。
「ここで、何か起きたんだと思います」
「五年前の地震ですか」
「地震だけじゃないかもしれない。もっと前から、少しずつ変わっていた可能性もあります」
「もっと前から」
「百年の間、何回も変化があったかもしれない。それが、五年前に大きく動いた」
「竜が、何かしたということですか」
「分かりません。竜が原因か、自然現象か、それとも別の何かか」
シロが、私の足元で起き上がった。
地図を見るように、首を傾けた。
「お前にも、何か感じるか」
シロが、小さく鳴いた。
何か感じている、という様子だった。
「明日、確かめに行こう」
シロが尻尾を振った。
窓の外を見た。
夜空に、ガロン山のシルエットが見えた。
雲が、頂上にかかっていた。
その向こうに、何があるのか。
竜が、何を考えているのか。
明日、向かう。
気になることが、また一つ、目の前にあった。
二十七話目、書きました。セルド編の本格的な始まりです。
ガレス王を、悪人として描かないように気をつけました。焦っている人は、必ずしも悪い人ではない。国民の生活がかかっていれば、焦るのは自然なことです。凪が、その焦りに対して、正直に「分からない」と言える強さを持っていることが、この場面の核心でした。
「不確実なことを確実だと言うより、正直に分からないと言う方がいい」という凪の姿勢は、第一部から一貫しているものですが、王という権力者相手でも変わらないことを、改めて示したかった場面です。
古い地図と新しい地図を比較する場面は、次話以降への伏線です。竜が本当に原因なのか、それとも別の何かがあるのか。
次話から、実際に山に向かいます。起承転結でいう「承」が進みます。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




