第四十七話「ゴルから、手紙が来た」
四十七話目です。
集落に戻って、少し落ち着いてきた頃の話です。遠くから、知らせが届きます。
良い知らせと、難しい知らせが、同時に来ることがあります。世界は、一つの場所が良くなっている間も、別の場所で動いています。
では、どうぞ。
帰ってから一週間が経った。
毎日、集落の周りを歩いた。
ルナと一緒に歩いた日もあった。
一人で歩いた日もあった。
状態は、少しずつ良くなっていた。
アオとルミは、毎日池にいた。
ルミが、少しずつ大きくなっていた気がした。
「気のせいかな」と、ある朝ルナに言った。
「気のせいじゃないと思う」とルナは言った。「昨日より、光が少し強い」
「そうですね」
「成長が早い」
「精霊の成長がどのくらいか、分からないですが」
「でも、変わってるのは確かだよ」
「そうですね」
ルナが、ルミを見た。
「妹の成長を見てる姉の気持ち、分かった」
「どういう気持ちですか」
「嬉しいけど、早い、みたいな」
「そうですね」
「早く大きくなってほしいけど、早く大きくなってほしくない、みたいな」
「そういう気持ちは、よくあると思います」
「矛盾してるね」
「矛盾していますが、どちらも本当のことです」
ルナが、また水面を見た。
「ナギが、帰ってきたのを知ったとき、そういう気持ちがちょっとあった」
「どういう意味ですか」
「早く帰ってきてほしかったけど、ずっといてほしくて、帰ってきたら次に行くかもしれないから、早く帰ってこないでほしい、みたいな」
「矛盾していますね」
「矛盾してる。でも、両方本当だった」
「そうですね」
「ルミも、早く大きくなってほしいけど、そうしたらどこかに行くかもしれないから、ゆっくりでいい、みたいな」
「精霊が、どこかに行くかどうかは分からないですが」
「行くかもしれないじゃないか」
「行くかもしれないですね」
「だから、ゆっくりでいい」とルナは言った。「でも、健康に育ってほしい」
「両立できますね」
「できる?」
「ゆっくり、でも、健康に。どちらも選べます」
「そうか」とルナは言った。「両方できるなら、両方選ぶ」
「そうしてください」
◇
その日の昼過ぎ、ガルが来た。
「凪様、手紙が来ました」
「誰からですか」
「ラグル族が届けてくれました。山から来たものです」
「ゴルさんから」
「そのようです」
受け取って、開いた。
ゴルの字だった。
いつものように、短かった。
でも、今回は少し長かった。
三行ではなく、六行あった。
読んだ。
「泉に、水が戻り始めた。少しだが、確かに出ている。レナたちが、東側の作業を続けている。報告する。それと、一つ問題がある。山の南から、見知らぬ者たちが来ている。鉱夫らしい。採掘が止まったはずの区域に、また近づいている様子がある」
「どうでしたか」とガルが聞いた。
「良い知らせと、難しい知らせが、一緒に来ました」
「良い知らせは」
「泉に、水が戻り始めたそうです」
ガルが、少し目を細めた。
「本当に、戻ったんですか」
「少しだそうですが、確かに出ているそうです」
「採掘が止まったことで、水脈が戻り始めた」
「そうだと思います。時間がかかりましたが」
「難しい知らせは」
「南から、鉱夫らしい者たちが来ているそうです。採掘が止まったはずの区域に、近づいているようです」
ガルが、少し表情を変えた。
「また採掘が始まるかもしれない、ということですか」
「そうかもしれないです。調べてみないと、分からないですが」
◇
ルナが、話を聞いて言った。
「どうするの」
「少し考えます」
「ゴルのところに行く?」
「行く必要があるかもしれないですが、今すぐではないです。まず、ベルクさんに手紙を書いて、採掘の件が正式に決まっているかどうかを確認します」
「手紙を書くの?」
「そうです」
「また離れるんだ」とルナは言った。
「今はまだ、ここにいます。手紙を書くだけです」
「でも、手紙の返事が来たら、行くかもしれないじゃないか」
「行く必要があれば、行きます」
ルナが、少し黙った。
「分かった」とやっと言った。「でも、ゴルのところに行くなら、言ってから行って」
「言ってから行きます」
「約束」
「します」
ルナが、頷いた。
「ゴルに手紙を書くなら、私も一言書きたい」
「ゴルさんに、ですか」
「うん。岩みたいな人だって、ナギが言ってたから。一度会ってみたかった。手紙を書けば、一歩近づく」
「そうですね。一緒に書きましょう」
「私の分は、短くていい。ゴルが岩みたいな人なら、長い手紙は好きじゃないかもしれない」
「鋭いですね」
「合ってる?」
「合っていると思います」
「じゃあ、短く書く」
◇
夕方、手紙を書いた。
ルナと並んで、テーブルで書いた。
私がベルクへの手紙を書いている間、ルナがゴルへの手紙を書いた。
「何を書くんですか」と私は聞いた。
「秘密」とルナは言った。
「そうですか」
「後で読んでいいよ」
「ありがとうございます」
書き終えた後、ルナの手紙を読んだ。
短かった。
「はじめまして。私は、ナギの友達のルナです。ナギが、ゴルのことを教えてくれました。岩みたいな人だと聞きました。いつか会ってみたいです。泉の水が戻ったこと、良かったと思います。レナという人も、すごいと思います。ルナより」
「良い手紙ですね」
「ゴル、返事くれるかな」
「来るかもしれないです」
「来たら、嬉しい」
「ゴルさんは、短い返事を書く人ですが」
「短くてもいい。返事が来るだけで、つながった感じがする」
「そうですね」
「ナギとゴルがつながってて、ナギと私がつながってて、私とゴルが手紙でつながれば、三つがつながる」
「全部つながりますね」
「全部つながってる」とルナは言った。満足そうに言った。
◇
翌朝、ラグル族に手紙を渡した。
二通あった。
ベルクへの手紙と、ゴルへの手紙。
ラグル族の若い個体が、口に咥えて、走っていった。
「速いですね」とルナが言った。
「速いです」
「あの子、名前あるの」
「ガルさんに聞いてみてください。連絡役の子は、ガルさんが知っています」
「聞く」とルナは言った。
ラグル族の姿が、森の奥に消えた。
「手紙が届くまで、どのくらいかかるの」とルナが聞いた。
「ベルクさんへは、四日から五日。ゴルさんへは、二日から三日だと思います」
「返事が来るのは」
「また同じくらいかかります。合わせて、十日から二週間くらいかもしれないです」
「二週間か」
「長いですか」
「少し長い。でも、待てる」
「そうですね」
「待つのは、得意になってきた」とルナは言った。
「精霊を待つ練習が、役に立っていますね」
「役に立ってる。精霊を待つのと、返事を待つのは、似てる気がする」
「どう似ていますか」
「来るかどうか分からないけど、来ると信じて待つ、というところが」
「そうですね」
「精霊は、毎日来てくれるから、来ると信じれるようになった。手紙の返事も、来ると信じてたら、来る」
「信じることで、待ちやすくなりますね」
「うん。信じることと、待つことは、セットだと思う」
ルナが、森の奥を見た。
手紙が、もうそこにはなかった。
「行ったね」と言った。
「行きましたね」
「届くといいな」
「届きます」
「その言い方、いいな」とルナは言った。「届くといいな、じゃなくて、届きます、って」
「届くと思っているので」
「私も、そういう言い方にする」
「どういう言い方ですか」
「返事、来ます」とルナは言った。
「そうですね」
「ゴルから、返事、来ます」
「来ると思います」
「来ます」とルナはまた言った。
練習しているようだった。
「上手いですね」
「うん」とルナは言った。
満足そうだった。
◇
その週、集落の手入れを続けた。
毎日、一本ずつ、木に触れた。
土を確認した。
水の流れを見た。
状態は、少しずつ変わっていた。
良くなっていた。
ある日、一本の木を触ったとき、いつもより深いところに力を感じた。
「この木、根が深くなっていますね」
ルナが聞いていた。
「根が深い、というのはいいことなの?」
「いいことです。根が深いほど、水をたくさん吸えます。乾燥にも強くなります。嵐が来ても、倒れにくくなります」
「深くなったのは、なんで」
「水が安定して届くようになったからだと思います。水が安定すると、根は深く張ろうとします。水を求めて、下に伸びていく」
「水を求めて、下に伸びる」
「そうです」
「人間も、似てるね」とルナは言った。
「どういう意味ですか」
「必要なものを求めて、その方向に伸びる。水が必要なら、水の方向に。光が必要なら、光の方向に」
「そうですね」
「私も、知りたいことがあると、そっちに伸びてる感じがする」
「どっちに伸びていますか」
「精霊の方向。池の方向。それから、ナギが行ったところの方向」
「私が行ったところ、ですか」
「うん。ナギが行った場所の話を聞くと、そっちに行ってみたくなる。興味が伸びてく感じ」
「面白い感じ方ですね」
「そう?」
「人の興味を、根が伸びる方向に例えるのは、私は考えたことがなかったです」
「ルミが教えてくれた」
「精霊が?」
「違う」とルナは言った。「ルミを見てて、思った。ルミが、水草の方向に泳いでいくのを見て、興味がある方向に伸びてる、と思った」
「観察から、考えたんですね」
「毎日見てると、色々気づく」
「そうですね」
「ナギが言ってた、感じ取る目が育つ、ってこういうことかな」
「そういうことだと思います」
「じゃあ、育ってきた」とルナは言った。
「育っています」
「よかった」
◇
十日後、返事が来た。
二通、同じ日に届いた。
ルナが興奮して来た。
「来た、来た。ゴルから、返事、来た」
「来ましたね」
「言ったでしょ、来ます、って」
「言いましたね」
「当たった」
「当たりましたね」
ルナが、手紙を開く手が、少し震えていた。
緊張しているらしかった。
「開けて」と私に言った。
「自分で開けましょう」
「緊張する」
「ルナが書いたんですから、ルナが開けてください」
ルナが、ゆっくり開けた。
読んだ。
「短い」とルナは言った。
「そうですか」
「三行だった」
「ゴルさんらしいですね」
「読む」
ルナが、声に出して読んだ。
「ルナへ。ナギのことを、よく知っている人間がいることを、知った。岩みたいな人間という評価は、正しい。いつか、来い。ゴルより」
ルナが、しばらく黙った。
「岩みたいな人間、って自分で言った」とルナは言った。
「そうですね」
「認めてる」
「そうですね」
「いつか、来い、って書いてある」
「そうですね」
「招待された」
「されましたね」
ルナが、手紙を大事に持った。
「行きたい」
「いつか、行けるかもしれないです」
「ナギと一緒に?」
「一緒に行けるかもしれないです」
「約束してくれる?」
少し考えた。
「できる限り、一緒に行きます」
「できる限り、じゃなくて」
「一緒に行きます」
「よし」とルナは言った。
◇
ベルクへの手紙の返事も、読んだ。
こちらは、もう少し長かった。
「採掘停止は、正式に続いている。しかし、鉱山局の中で、再開を求める動きがある。南側の別のルートで、採掘を再開したいという話が出ている。ダロが、それを抑えているが、長くは続かないかもしれない。状況を見ている。何か動きがあれば、知らせる。それと、農地の方は、カナが確認を続けている。先月より、土の状態が良くなっているという報告がある。ダンが、先月より少し、表情が柔らかくなったとカナが書いていた」
「ダンさんが、表情が柔らかくなった」と私は言った。
ガルが、横で聞いていた。
「怒っていた方ですか」
「そうです。水が来るのが遅すぎた、と怒っていた方です」
「少し、解けてきたんですね」
「そうだと思います。土が良くなってきているから、少し信じてもらえてきたのかもしれないです」
「時間がかかりましたが」
「時間がかかりましたね。でも、続けたから、変わってきた」
「続けること、ですね」
「そうです」
ガルが、少し間を置いた。
「難しい知らせの方は、どうですか」
「採掘の再開を求める動きが、まだあるようです。別のルートで、という話が出ているようです」
「山の問題が、続いているということですか」
「続いています。止まったと思っても、別の方向から動きが出てくる」
「人間の欲は、なくならないですね」
「なくならないですね。ただ、動きを知っている人がいれば、対処できます。ダロさんという人が、抑えてくれているようです」
「その人は、信用できますか」
「会ったときは、最初は難しそうでしたが、最後は誠実に動いてくれました」
「信用できる人が、内側にいるかどうかで、変わりますね」
「そうですね」
ルナが、二通の手紙を並べて見ていた。
「ゴルからの手紙と、ベルクからの手紙」と言った。
「そうですね」
「全然違うね、雰囲気が」
「違いますね」
「でも、どちらも大事な話だった」
「そうです」
「ナギは、色々な人とつながってる」
「そうですね」
「だから、色々な場所のことが分かる」
「そうかもしれないですね」
ルナが、また二通の手紙を見た。
「ナギがつながってる人たちが、それぞれまたつながってる」
「そうですね」
「全部つながってる」
「全部つながっています」
ルナが、手紙を大事に折った。
「保管しておく」
「どうしてですか」
「ゴルとベルク、どちらも実際に会ったことはない。でも、手紙で知ってる。手紙が、つながりの証拠だから、取っておく」
「良いですね」
「記録と同じ。残れば、つながりが続く」
「そうですね」
ルナが、立ち上がった。
「今夜の記録に、ゴルとベルクから返事が来たこと、書く」
「書いてください」
「書く」
ルナが、部屋を出た。
◇
夜、一人で外に出た。
星が出ていた。
東の方向を見た。
ゴルの山が、その方向にあった。
泉に、水が戻り始めた。
でも、採掘の動きが、また出ている。
「まだ、続いていますね」
シロが、隣にいた。
「直ったと思っても、別の方向から問題が出てくる。全部が解決することは、ないのかもしれないですね」
シロが耳を動かした。
「でも、だからこそ、誰かが見ていないといけない。ゴルが見ている。ダロさんが、内側から見ている。ベルクが記録している」
シロが尻尾を振った。
「私一人でなくても、続けている人がいる」
また振った。
「それが、大事なことですね」
シロが、星を見た。
「行く必要が出てきたら、行きます。でも、今は、ここです」
シロが、私を見た。
ここでいい、という顔だった。
「そうですね。今夜は、ここです」
風が吹いた。
春の風だった。
どこかで、春咲きが揺れていた。
四十七話目、書きました。
泉に水が戻り始めた、という良い知らせと、採掘の動きが再び出ている、という難しい知らせが同時に来た話でした。世界は、一か所が良くなっている間も、別の場所で動いている。解決しても、また問題が出てくる。それが現実の形です。
ルナがゴルへ手紙を書いた場面。会ったことのない人に手紙を書くことで、つながりが生まれる。ゴルの返事「いつか、来い」は、ゴルにとっては短い三行ですが、ルナには大きな招待でした。
「根が深くなっている木」の観察から「人間の興味も、必要なものに向かって伸びる」と気づいたルナ。ルミを観察して、思ったこと。毎日見ていると、気づきが生まれる。この連鎖が、ルナの感じ取る目が育っていることを示しています。
ダンが「少し表情が柔らかくなった」という知らせ。来年来ると約束した農地の変化が、少しずつ現れてきている。時間がかかるが、続けることで変わる。
次話では、少し大きな動きが起き始めます。採掘の再開をめぐる問題が、具体的な形になってくる予定です。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




