第四十八話「採掘が、また動いた。そして、第二部が終わる」
四十八話目です。第二部、最終話です。
問題が再び動き始めます。でも、今回は、一人で向かうのではありません。つながりが、力になる話です。
そして、第二部を通じて積み重ねてきたものが、ここで少し形になります。
では、どうぞ。
ベルクから手紙が来てから、三日後だった。
朝、ガルが来た。
「凪様、ゴルさんから、ラグル族が来ています」
手紙ではなかった。
ラグル族が直接来ていた。
「急ぎの知らせですね」
「そのようです」
集落の外に出た。
連絡役の若い個体が、待っていた。
耳の先に傷がある、いつもの子だった。
「どうしましたか」
ラグル族は言葉を話さなかったが、南の方向を向いて、低く鳴いた。
「南で、何かありましたか」
また低く鳴いた。
急ぎの意味だと思った。
「ゴルさんのところに、行く必要がありますか」
ラグル族が、その場で動いた。
ついてこい、という動きだった。
「分かりました」
◇
集落に戻って、支度をした。
ルナが来た。
「どこに行くの」
「山に行きます」
「今日?」
「今日か、明日かは、ゴルさんのところで話を聞いてから決めます。ラグル族が直接来たということは、急いでいます」
ルナが、少し固まった。
「また行くんだね」と言った。
「そうです」
「言ってから行く、って約束してたから、言ってくれた」
「そうです」
ルナが、石を取り出した。
池の底の石だった。
「これ、持っていって」
「帰ってくる証拠の石ですね」
「持ってて。帰ってきたら返して」
受け取った。
「帰ってきます」
「ちゃんと言えた」とルナは言った。「ゴルの山、今度は私も一緒に行ってもいい?」
「今回は、急ぎの話があります。落ち着いたら、一緒に行きましょう」
「約束」
「します」
ルナが頷いた。
「早く帰ってきて」
「帰ります」
ガルが見送りに来た。
「気をつけてください」
「気をつけます。集落のことを、お願いします」
「任せてください」
シロが、先頭に立った。
ラグル族の若い個体が、横についた。
「行きましょう」
◇
山への道を、急いだ。
ラグル族のペースに合わせると、普段より速かった。
でも、ついていけた。
「速いですね」とシロに言った。
シロが、まだ余裕のある顔をしていた。
「私の方が、少し息が上がっています」
シロが振り返った。
気にするな、という顔だった。
「分かりました、続きます」
◇
山の入口に差し掛かると、ゴルが待っていた。
珍しかった。
いつもは集落で待っていたが、今日は入口まで来ていた。
「来たか」とゴルは言った。
「来ました。何がありましたか」
「南から、作業員が来た。十人以上いる。道具を持っている。採掘の道具だ」
「新しいルートで、採掘を始めようとしているんですね」
「そうだ。ダロの名前を出したが、認可が出たと言っている」
「認可が出た」
「正式な書類を持っていた。アルドの鉱山局の印が押されていた」
「ダロさんが、抑えきれなかったんですね」
「そうらしい。別のルートなら問題ない、という判断らしい。ただ、私が見た限り、その場所は泉の水脈に近い」
「近い」
「水脈を傷つける可能性がある」とゴルは言った。静かに、でも重く言った。
「泉に水が戻り始めているのに」
「そうだ。せっかく戻り始めたのに、また止まるかもしれない」
私は、少し考えた。
「その場所を、見てもいいですか」
「来い」
◇
南の斜面に向かった。
ゴルと、護衛二人と、シロと私。
斜面に着くと、作業員たちがいた。
十二人だった。
道具を持ってはいたが、まだ作業は始めていなかった。
責任者らしい男が、私たちを見た。
「お前たちは、何者だ」
「凪といいます。転生者で、この山の水脈を調べた者です」
「転生者か。それが、何の用だ」
「この場所で採掘を始める前に、話させてください」
「話すことはない。認可を持っている」
「認可の書類を、見せてもらえますか」
男が、少し考えた。
書類を出した。
受け取って、読んだ。
確かに、アルドの鉱山局の印があった。
でも、農務局の印がなかった。
「農務局の確認が、ありません」
「鉱山局の認可で十分だ」
「以前、この山の採掘が問題になったとき、農務局と鉱山局が合同で調査しました。その取り決めで、この区域での採掘は農務局の確認も必要なはずです」
「そんな取り決めは、知らない」
「書類にある日付を見てください。その取り決めより、この認可の方が、発行日が早いです。古い認可で動こうとしているかもしれないです」
男が、書類を見た。
日付を見た。
少し、表情が変わった。
「確認する」と男は言った。「作業は、今日は止める」
「ありがとうございます」
「ただし、確認が取れたら、作業を始める」
「それは、構いません」
男が、部下に向かって何か言った。
作業員たちが、道具を下ろした。
◇
ゴルが、私を見た。
「書類の話が、うまく使えたな」
「ベルクさんが教えてくれていたことが、役に立ちました。農務局と鉱山局の取り決めは、セルドの話を動かしたときに、似たようなことがあったので」
「一つの経験が、別の場所で使えた」
「そうです」
「魔王の力を使わなかった」
「今回は、必要なかったです。書類と言葉で、動きました」
ゴルが、少し黙った。
「お前、変わってきたな」
「そうですか」
「最初に会ったとき、何かあれば力で直そうとしていた気がする。今は、力を使う前に、他の方法を考えている」
「力を使いすぎると、疲れます。それだけじゃなくて、力では直せないことがあると、分かってきました」
「何が直せない」
「人間の組織が動くかどうか、は、力では直せないです。書類と言葉と、つながりで動かす必要があります」
「書類と言葉とつながり」
「ベルクさんが書類を動かして、ダロさんが内側から抑えて、エイラさんが農務局を動かして。私一人の力ではなく、それぞれの人が、それぞれの場所で動いていた」
「だから、今日、書類の話ができた」
「そうです。私がセルドで学んで、ベルクさんから教わって、ダロさんが動いてくれていたから、今日の言葉が出てきました」
ゴルが、また静かに聞いていた。
「レナたちに、見せてやりたかった」とゴルは言った。
「レナさんたちは、東側の作業を続けているんですか」
「続けている。今日も、朝から出ていた。お前が来ると、伝えたが、作業が終わってから来ると言っていた」
「そうですか」
「あいつは、来い、と言っても来ない。やることがあると言ったら、先にやる」
「それは、レナさんらしいですね」
「ただ、今日は早く終わるようにする、とも言っていた」
「来てくれるかもしれないですね」
「来る。あいつは来ると言ったことは、やる」
◇
夕方、レナが来た。
汗をかいていた。
急いで来たらしかった。
「ナギ、来たじゃないか」
「来ました」
「連絡を受けてから、急いで作業を終わらせた」
「ありがとうございます」
「南の件、どうなったの」
「今日は、作業を止めさせました。書類の問題を指摘したら、確認が必要になりました」
「また始まるかもしれないの」
「始まるかもしれないです。でも、正式な取り決めがある限り、農務局の確認が必要です。エイラさんが、それを守ってくれると思います」
「エイラって」
「アルドの農務局の長です。前に話した方です」
「会ったことはないけど、名前は聞いてる」
「強い人です。農地の水のことに、本気です。泉の水脈を傷つけるような採掘は、許可しないと思います」
「信用できる人なの」
「信用できます。動くと決めたら、動く人です」
レナが、少し安心した顔をした。
「東側、また少し変わったよ」
「どのくらいですか」
「ナギが最初に苔を生やした場所から、広がってる。今は、あの岩から五倍くらいの範囲に広がってる」
「五倍」
「うん。最初は点だったのが、今はつながってる感じ」
「それは、大きい変化ですね」
「毎日来てると、分からないけど、写した図と比べたら、全然違った」
「記録と比べて、変化が分かったんですね」
「そう。記録があって、良かった」
「ミアさんが言っていたことですね。記録は後で読む人のためにある」
「ナギが、ミアという人から聞いたこと、ゴルに伝えてたんだ。ゴルから私に伝わった。記録もつながるんだね」
「つながりますね」
「全部つながってる」とレナは言った。
「そうですね」
ゴルが、二人の話を聞いていた。
「夕食にしよう」とゴルは言った。
「ありがとうございます」
「今日は、少し豪華にした」
「なぜですか」
「来たから」とゴルは言った。それだけだった。
◇
夕食の席で、ゴルが言った。
「一つ、聞いていいか」
「なんですか」
「お前は、この先どこに行く」
「まだ決まっていないです。でも、いくつか気になることが出てきています」
「どんなことだ」
「一つは、山の採掘の問題が続く可能性があること。もう一つは、ベルクさんの手紙で、別の国から問い合わせが来ていると書いてありました」
「別の国から」
「セルドのように、水や土の問題を抱えた国が、他にもあるようです」
「そういう国に、行くのか」
「必要があれば、行きます」
「セルドの竜の話が、広まったか」
「広まったのかもしれないです。竜と話した転生者がいると、どこかで聞いたのかもしれない」
ゴルが、少し考えた。
「お前の名前が、広まっている」
「そうかもしれないです。でも、私が行くより、それぞれの場所にいる人が動く方が、続きます」
「でも、最初のきっかけは必要だ」
「そうですね。きっかけを作るのは、私が得意です」
「きっかけを作っただけ、と言うんだろう」
「そうです。でも、ルナに教わりました。きっかけだけじゃない、全部が必要だと」
ゴルが、少し眉を動かした。
「ルナという子か。手紙を送ってきた」
「はい」
「いつか来い、と返事を書いた」
「ルナが喜んでいました」
「どんな子だ」
「精霊と友達になった子です。毎日池に来ていたら、精霊が毎日来るようになった」
「毎日来た結果、友達になった」
「そうです」
「継続が、つながりを作った」
「そうです」
ゴルが、少し笑った。
岩みたいな顔が、少し動いた。
「会ってみたい」
「会えると思います。今度、一緒に来ると約束しました」
「楽しみだ」とゴルは言った。短く言った。
◇
翌朝、帰る前に、泉に寄った。
ゴルと一緒に行った。
泉の底を見た。
水が、少し出ていた。
岩肌が、湿っていた。
前に来たときは、完全に乾いていた。
「変わっていますね」
「変わった」とゴルは言った。
「まだ少ないですが、出ています」
「採掘が止まってから、少しずつ出てきた。最初に水が滲んできたとき、レナが知らせに来た。走ってきた」
「そうでしたか」
「あいつが走ってきたのを、見たのは初めてだった」
「嬉しかったんですね」
「嬉しかった。あいつも、嬉しそうだった。珍しく」
「レナさんは、表情が出にくい方ですが」
「出にくい。でも、泉の水が出たときは、出ていた」
私は、泉の底に手を当てた。
水の流れを感じた。
「ゆっくりですが、戻っています。採掘の動きが再び出てきているのが、心配ですが」
「抑えてくれるか、都の人間が」
「エイラさんとダロさんが、動いていると思います。それと、ベルクさんが記録しています」
「記録があれば、証拠になる」
「そうです。記録されていれば、誰かが判断するときの材料になります」
ゴルが、泉を見た。
「父が、祖父が、もっと前の者たちが、ここに水があった時代を知っていた。私は、水がない時代に生まれた。泉の水が出るのを、初めて見た」
「そうでしたね」
「始めて見た。小さな水でも、始めて見た」
「これから増えます」
「増えるといい」とゴルは言った。「増えれば、集落の若い者たちが、水のある泉を見られる」
「見られます」
「私は、レナや若い者たちに、水のある泉を見せてやりたい」
「見せられます。時間はかかりますが、続けていれば」
ゴルが、また泉を見た。
「採掘を、止め続けなければならないな」
「そうですね。止め続けるために、都でダロさんが動いて、エイラさんが確認して、ベルクさんが記録する」
「それが続く限り、泉は戻る」
「そうです」
「続かなくなったとき、また問題になる」
「そうなったとき、また考えます」
ゴルが、私を見た。
「全部が解決することは、ないな」
「ないかもしれないです。でも、続けていれば、ましな状態が続きます」
「ましな状態が続くことが、大事だ」
「そうです」
ゴルが、短く息を吐いた。
「分かった。続ける」
「ありがとうございます」
「礼はいい。また来い」
「来ます」
◇
山を下りながら、第二部を通じて起きたことを思い返していた。
セルドの竜に会ったこと。
卵が埋まっていたこと。
水脈を一緒に押したこと。
川が戻り始めたこと。
アルドの地下に、水路があったこと。
マリアが八十年間待っていたこと。
岩を七人で動かしたこと。
ダンが怒りながら動いたこと。
トウがマリアの話を聞き始めたこと。
そして今、泉に水が戻り始めたこと。
採掘が再び動こうとしていること。
全部が、つながっていた。
一か所を直すと、別の場所が動く。
別の場所が動くと、また次のことが起きる。
終わりは、なかった。
「終わりは、ないですね」とシロに言った。
シロが耳を動かした。
「でも、方向は変えられる」
シロが尻尾を振った。
「竜が泣いていた理由が分かった。岩が動かせた。マリアに会えた。泉に水が戻った。全部、方向が変わったことです」
また振った。
「全部が解決しなくていい。方向が変われば、続けていける」
シロが、前を向いた。
「第三部、どこに行くか、まだ分からないですが」
シロが耳を動かした。
「気になることが、また出てくると思います」
また動いた。
「一緒に行きますか」
シロが尻尾を大きく振った。
当たり前だ、という顔だった。
「ありがとうございます」
森の入口が、見えてきた。
ルナが、待っているかもしれなかった。
石を、握った。
池の底の石だった。
帰ってくる証拠の石だった。
「帰ります」
森が、静かに聞いていた。
シロが、速くなった。
また、森の匂いがしたのかもしれなかった。
「そんなに急がなくていいですよ」
シロが振り返らなかった。
「分かりました、急ぎましょう」
二人で、走った。
春の森を、走った。
第二部が、ここで終わった。
四十八話目、書きました。第二部、完結です。
採掘が再び動き出した問題に、今回は力ではなく、書類と言葉とつながりで対処した場面を書きました。セルドで学んだこと、ベルクから教わったこと、ダロさんが動いてくれていたことが、一つの場面で合わさりました。凪が経験を積み、力の使い方が変わってきた第二部の総括となる場面でした。
「きっかけだけじゃない、全部が必要だった」というルナの言葉が、第二部を通じて凪の中に残り、ゴルとの会話でそれが出てきました。誰かに言われた言葉が、別の場所で使える。これも、つながりの形です。
泉に水が戻り始めた場面。レナが走ってきた、というゴルの言葉。表情が出にくいレナが、嬉しそうだった。小さな変化が、人の顔に出る。それが、続けることの報酬だと思います。
「全部が解決することは、ないかもしれない。でも、方向は変えられる。方向が変われば、続けていける」というのが、第二部全体のテーマでした。
第三部では、より広い世界へ。気になることが、また出てきます。
読んでくださっている方、第二部もありがとうございました。また第三部で、お会いしましょう。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




