第四十六話「精霊が、二つになっていた」
四十六話目です。
帰ってきた翌日、ルナと北の池に行く話です。
予想外のことが起きます。凪が驚くことは、あまりないですが、今回は少し驚きます。驚きは、世界がまだ知らないことを持っている証拠です。
では、どうぞ。
翌朝、ルナと一緒に北の池に向かった。
シロもついてきた。
クロとキョロは、集落で留守番だった。
「クロが、来たそうにしてたよ」とルナが言った。
「そうでしたね」
「でも、池はシロだけの方がいいと思って、止めた」
「なぜですか」
「クロは、精霊を驚かせるから」
「以前、驚かせましたね」
「覚えてた?」
「覚えています」
ルナが、少し得意そうな顔をした。
「私が正しかった」
「そうですね」
「今日は、シロだけ。シロは精霊と仲いいから」
シロが、耳を動かした。
仲いい、という言葉が気に入ったらしかった。
◇
池に着いた。
春の池だった。
冬に比べて、水草が豊かになっていた。
水は、前に見たときと変わらず澄んでいた。
底まで、はっきり見えた。
「きれいですね」と私は言った。
「毎日来てるから、慣れた」とルナは言った。
「慣れても、きれいですか」
「きれいだよ。慣れたからって、きれいじゃなくなるわけじゃない」
「そうですね」
ルナが、水辺にしゃがんだ。
「いつも、このくらいで来る」
「精霊が来るんですか」
「うん、だいたい来る」
ルナが、水面を見た。
私も、水面を見た。
しばらく、二人で待った。
青い光が、水の中で動いた。
「来た」とルナが言った。
精霊が、水面に近づいてきた。
いつもの青い光だった。
でも、今日は少し、違った。
光が、二つあった。
「ルナ、見えますか」
「見える。二つある」
「そうですね」
「なんで二つ」
「分からないです」
二つの光が、水面に近づいてきた。
一つは、見慣れた精霊だった。
もう一つは、少し小さかった。
動き方が、ぎこちなかった。
「小さい方、ぎこちないね」とルナが言った。
「そうですね。子どもかもしれないです」
「精霊に、子どもがいるの?」
「いるかもしれないです。今まで考えたことがなかったですが」
「精霊も、生まれるんだね」
「生まれるんだと思います」
二つの光が、水面で動いた。
大きい方が、小さい方を導くように動いていた。
「親子かな」とルナは言った。
「そう見えますね」
小さい精霊が、ルナの指に近づいた。
ルナが、指を水に入れた。
小さい精霊が、触れた。
「くすぐったい」とルナは言った。「いつもより、くすぐったい」
「小さいからかもしれないですね」
「小さい方が、くすぐったいの」
「力の加減が、まだ上手じゃないからかもしれないです」
小さい精霊が、ルナの指の周りをくるくると回った。
大きい精霊が、少し離れた場所で見ていた。
「大きい方、見てる」とルナが言った。
「見守っているんでしょう」
「親が子どもを見守ってる感じ」
「そうですね」
シロが、池を覗き込んだ。
二つの光を、交互に見た。
大きい精霊が、シロを見た。
光が少し強くなった。
知っている、という感じだった。
小さい精霊は、シロを見て、少し引っ込んだ。
「怖がってる」とルナが言った。
「初めて見るものが、怖いんでしょう」
「シロは、怖くないのに」
「小さい精霊には、まだ分からないです」
シロが、小さい精霊から少し離れた。
怖がらせないように、距離を取った。
「シロ、気を遣ってる」とルナが言った。
「分かるんでしょう」
「動物は、そういうの分かるんだね」
「分かるんだと思います」
小さい精霊が、また少し出てきた。
今度は、シロを見た。
見ていた。
シロが、動かなかった。
ただ、いた。
小さい精霊が、少しずつ近づいた。
シロの鼻の近くまで来た。
シロが、ゆっくり鼻を動かした。
小さい精霊が、驚いて引っ込んだ。
でも、すぐに出てきた。
また近づいた。
今度は、シロの鼻に触れた。
シロが、動かなかった。
小さい精霊が、光を強くした。
「触れた」とルナが言った。
「そうですね」
「慣れてきた」
「慣れてきましたね」
大きい精霊が、その様子を見ていた。
光が、柔らかくなった。
安心した、という光だった。
◇
池のそばに座って、しばらく見ていた。
二つの精霊が、水の中を泳いでいた。
大きい方が、小さい方を教えるように、前を泳いだ。
小さい方が、後をついていった。
「先生みたいだね」とルナが言った。
「そうですね」
「大きい方が、小さい方に色々教えてる感じ」
「池の泳ぎ方とか、光の出し方とか、教えているのかもしれないですね」
「精霊も、学ぶんだ」
「学ぶんだと思います」
「私も、ナギから学んでる」とルナは言った。
「そうですね」
「でも、精霊は、精霊から学んでる。同じ存在から学ぶのと、違う存在から学ぶのは、どっちがいいの」
「どちらもいいと思います」
「どっちも、ですか」
「同じ存在から学ぶと、深く学べます。違う存在から学ぶと、広く学べます。どちらも、必要だと思います」
「私は、ナギから広く学んでる」
「そうですね。私も、ルナから広く学んでいます」
「私から、学んでることあるの」とルナは聞いた。
「あります」
「どんなこと」
「全部、友達になれる、という考え方。来たいから来る、という動き方。記録することで育てていく、という姿勢。いくつもあります」
ルナが、少し照れた顔をした。
「それ、大したことじゃないけど」
「大したことですよ」
「そう?」
「大したことのように見えないことが、一番大事なことが多いです」
ルナが、また水面を見た。
「精霊、二つになったのに、凪は驚かなかったね」
「驚きました」
「そうは見えなかった」
「表に出なかっただけです。内側では、驚きました」
「驚くことがあるんだね、ナギも」
「あります。驚かない人間は、いないと思います」
「ナギが驚かないイメージだった」
「驚いても、すぐに気になることに変わるので、驚いているように見えないのかもしれないです」
「気になることに変わる」
「驚く、から、気になる、に変わる。気になれば、調べたくなる。それが早いので、驚いているところを見せる時間が短いのかもしれないです」
ルナが、少し考えた。
「私は、驚いたまま、しばらくいる」
「そうですね」
「それって、いけないこと?」
「いけなくないです。驚いたまま、しばらくいることで、驚きが深くなることがあります。すぐに気になることに変えると、驚きが浅いまま終わることもあります」
「どっちがいいの」
「場合によると思います。深く驚いた方がいいこともあるし、すぐに動いた方がいいこともある」
「精霊が二つになったのは、どっち?」
少し考えた。
「深く驚いていたいですね。精霊が子どもを産んだというのは、大事なことです。すぐに気になることに変えないで、驚いていたいです」
ルナが、また水面を見た。
「二つの精霊、きれいだね」
「きれいですね」
「ナギがいなかった間に、生まれたんだね」
「そうですね」
「私が毎日来てたから、池が良くなって、精霊が元気になって、子どもが生まれたのかな」
「そうかもしれないですね」
「じゃあ、私がここにいたから、生まれたかもしれない」
「そうかもしれないです」
ルナが、少し真剣な顔をした。
「すごいな」とルナは言った。
「すごいですね」
「私がいたから、何かが生まれた」
「そうです」
「ナギが、きっかけを作っただけです、って言う感じだけど」とルナは言った。「私は、きっかけじゃないと思う」
「どういう意味ですか」
「ナギが最初にきっかけを作って、私が毎日来て、精霊が元気になって、子どもが生まれた。その流れの、全部が大事だったと思う。きっかけだけじゃなくて、その後が続いたから、生まれた」
私は、少し黙った。
「そうですね」と言った。
「ナギは、きっかけを作っただけ、って言うけど、それだけじゃないよ。きっかけを作る人がいなかったら、私も来なかった。私が来なかったら、精霊も元気にならなかった。だから、どれが欠けても、だめだった」
「そうですね」
「全部が必要だった」
「全部が必要でした」
「だから、きっかけを作っただけ、っていうのは、謙遜しすぎ」
「そうですか」
「そうです」とルナは言った。きっぱりと言った。
しばらく、二人で水面を見た。
二つの精霊が、水の中で遊んでいた。
「認めます」と私は言った。
「何を」
「きっかけだけじゃなかった、ということを」
ルナが、少し満足した顔をした。
「よし」
◇
帰り道、ルナが言った。
「小さい精霊、名前つけていい?」
「精霊に、名前をつけるんですか」
「大きい方は、最初からいるから、なんとなく分かる。小さい方は、新しいから、名前をつけたい」
「つけてもいいですが、精霊が受け入れてくれるかどうか」
「受け入れてくれると思う。さっき、私の指に触れてきたから」
「どんな名前にしますか」
「ルミ」
「ルミですか」
「光、って意味。青い光だから。それと、ルナ、の一文字目と合わせた」
「ルナとルミですか」
「うん。仲いいから、名前が似てていい」
「そうですね」
「大きい方は、アオ、にする。前から青いから」
「アオとルミですか」
「どう?」
「良いと思います」
「あと、ルミは私の妹みたいな感じ」
「精霊が、ルナの妹」
「そう。毎日会うから、妹みたいなもの」
「そうですね」
「ナギも、妹って思っていい?」
「どうぞ」
「じゃあ、ルミは私たちの妹」
「そうですね」
ルナが、少し嬉しそうに歩いた。
「妹ができた」
「そうですね」
「面倒みる」
「ルミが必要としているかどうか分かりませんが」
「必要としてなくても、面倒みる。それが姉の役目」
「そうですか」
「そうです」
ルナが、また振り返った。
池の方向を見た。
見えないが、見た。
「また明日来る」とルナは言った。
「来ます」と言いたそうな顔だった。
「そうですね」と私は言った。
「ナギも来る?」
「来ます」
「ルミに、もう一度会いたい」
「私も、また見たいです」
「じゃあ、明日も一緒に来よう」
「来ましょう」
ルナが、歩き始めた。
軽い足取りだった。
「妹ができた日の記録、今夜書く」とルナは言った。
「書いてください」
「特別に、丁寧に書く」
「良いですね」
「ナギが帰ってきた日の記録と、妹ができた日の記録。二日連続で特別な記録」
「そうですね」
「これ以上特別な日が続くと、全部特別になっちゃうな」
「そうなったら、全部特別でいいと思います」
「全部特別?」
「毎日が特別なくらい、良いことが起きているということですから」
ルナが、また歩いた。
少し考えながら歩いた。
「それって、いいことだね」と、少し後で言った。
「そうですね」
「じゃあ、毎日特別に書く」
「書いてください」
「たいへんだな」とルナは言った。
でも、嬉しそうだった。
四十六話目、書きました。
精霊が二つになっていた、という展開は、この物語で初めて「凪が驚く」場面を作りたかったからです。凪はいつも淡々としている。でも、内側では驚いていた。驚きが、すぐに気になることに変わるから、驚いているように見えないだけ。ルナがそれを見抜いた場面でした。
「きっかけだけじゃない、全部が必要だった」というルナの言葉。凪がずっと「きっかけを作っただけ」と言い続けてきたことへの、ルナからの反論でした。謙遜することの大切さと、自分の役割をちゃんと認めることの大切さ、両方があることを、ルナが教えてくれた場面です。凪が「認めます」と言えたことが、この話の一つの成長でした。
アオとルミという名前をつけたのは、ルナがまた「全部友達になれる」を実践した場面でもあります。名前をつけることで、関係が始まる。ルミを妹と呼ぶことで、毎日会う理由がさらに強くなる。
次話では、集落の状態の詳しい確認と、少し遠くからまた気になる話が届き始める予定です。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




