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転生したら、魔王と呼ばれた私が、ただ花を咲かせていた話 第二部  作者: マスター


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第四十五話「春咲きは、まだ咲いていた」

四十五話目です。


森の集落に帰る話です。


約束を守る、ということは、言葉の話だけではないと思います。戻ってくるということは、あなたのことを忘れていなかった、という証明でもある。


ルナが、その証明を受け取る話です。


では、どうぞ。

アルドを出発してから、四日が経った。


道の両側で、春が本番になっていた。


行きに見た花が、より大きく咲いていた。


草が、背丈を増していた。


鳥の声が、行きより多かった。


「春が進んでいますね」とシロに言った。


シロが、耳を動かした。


「春咲きが、まだ咲いているかどうか、分からないですが」


シロが、尻尾を振った。


「咲いていてほしいですね」


また振った。


「ルナが、春咲きが咲いている間に帰ってきて、と言っていました」


シロが、少し歩みを速めた。


「急ぎますか」


シロが振り返った。


急ごう、という顔だった。


「分かりました、少し速くしましょう」



三日目の夕方、森の入口に差し掛かったとき、木の間から白いものが見えた。


「咲いている」


春咲きだった。


道の脇に、白い小さな花が、点々と咲いていた。


「ぎりぎり、間に合ったかもしれない」


シロが、また速くなった。


「そんなに急がなくても、逃げないですよ」


シロが振り返らなかった。


早く行きたい、という後ろ姿だった。


「分かりました、走りましょう」


森の中を、走った。


落ち葉が、足元でサクサクと鳴った。


木の間から、夕日が差していた。


春の森だった。


冬に見た裸の枝には、新しい葉が出ていた。


眠っていた木が、動き出していた。


「春ですね」


走りながら、言った。


誰もいない森に向かって、言った。



集落が見えてきたとき、声がかかった。


「ナギ」


ルナだった。


集落の入口に立っていた。


今日ではなく、昨日から来ていたかもしれない立ち方だった。


「ただいま」


「おかえり」とルナは言った。


走ってこなかった。


ただ、立っていた。


「春咲き、まだ咲いていましたか」と聞いた。


「咲いてるよ。今年は長く咲いた」


「間に合いましたね」


「間に合った」


ルナが、私を見た。


上から下まで、見た。


「痩せた?」


「そうですか」


「なんか、少し疲れてる感じ」


「都で、少し大きな力を使いました」


「大丈夫?」


「大丈夫です。疲れているだけで、どこも悪くないです」


「ならいい」


ルナが、また立っていた。


何かを、言おうとしているような顔だった。


「どうしましたか」


「帰ってきたね」とルナは言った。


「帰ってきました」


「約束、守った」


「守りました」


ルナが、少し俯いた。


「良かった」と小さく言った。



シロが、ルナに近づいた。


ルナが、シロの頭を撫でた。


「おかえり、シロ」


シロが尻尾を振った。


「どこ行ってたの」


「都です」とシロが答えるわけはないが、耳が動いた。


「遠かったでしょ」


またシロが耳を動かした。


「ちゃんとナギを連れて帰ってきたね」


シロが尻尾を振った。


「ありがとう」


シロが、胸を張った。


どういたしまして、という顔だった。


クロとキョロが、集落の方から走ってきた。


クロが、私に体当たりしてきた。


「やっぱり重い」


クロが低く鳴いた。


「ただいまです」


キョロが、足元をうろうろした。


「全員、揃いましたね」


ルナが、クロとキョロを見た。


「二頭とも、昨日から落ち着かなかった」


「気づいていたんですか、私が近づいているのを」


「シロがいないから、そういうもんじゃないかな」


「そうかもしれないですね」



ガルが、出てきた。


「お帰りなさい、凪様」


「ただいまです。集落は、どうでしたか」


「ルナが、毎日続けていました。記録も、溜まっています」


「見せてもらえますか」


「夕食の後で、どうぞ。今日は、まず食事にしましょう」


「ありがとうございます」


「今日は、豪華にしました」


「帰ってきたから、ですか」


「そうです。帰ってきたときは、豪華にすると決めました」


「定番になってきましたね」


「定番になりました」とガルは言った。少し笑っていた。



食事は、豪華だった。


森で採れた山菜と、干し魚と、木の実のスープと、甘いパン。


テーブルを囲んで、全員で食べた。


「都は、どうでしたか」とガルが聞いた。


「色々ありました」と私は言った。


「話してくれますか」


「話します。地下に百五十年前の水路があって、岩を動かして、農地に水が届くようになりました」


「岩を動かした」


「七人と一頭で、動かしました。大きい岩でした」


「大変でしたね」


「大変でしたが、できました。ただ、一人では無理でした」


「みんなでやった」とルナが言った。


「そうです。力だけでは、できないことがありました。人と一緒にやって、できました」


「それが分かったのが、都での収穫ですか」とガルが言った。


「一つの収穫ですね」


「他にも、ありましたか」


「マリアさんという、九十近い老人に会いました。八十年間、山で沢を守っていた方です」


「八十年間」


「誰にも知られないまま、一人で守っていました。それが、今回知られました。記録にも残りました」


「記録に残ることで、忘れられなくなる」とガルは言った。


「そうです。ガルさんが記録を続けているのと、同じことです」


「私は、凪様に教わりました。カナさんに、言葉をもらいました」


「つながっています」


「つながっています」


ルナが、スープを食べながら聞いていた。


「マリアさん、今も山にいるの?」


「都に残ることにしました」


「なんで」


「トウという子が、毎日話を聞きに来るからです」


「トウって」


「都の市場にいる子です。眼鏡をかけてから、字が書けるようになって、マリアさんの話を全部記録したいと言って、毎日来ています」


ルナが、少し考えた。


「その子、私に似てる気がする」


「そうかもしれないですね」


「どこが似てるの」


「毎日来る、というところです」


「毎日来るのは、来たいから来るんでしょ」


「そうですね」


「来たいと思う場所に、来たいと思う人がいれば、毎日来る」


「その通りですね」


「マリアさんも、精霊みたいに、毎日来てくれる人ができたんだね」


少し考えた。


「そうですね。精霊とルナが毎日会うように、トウとマリアさんが毎日会う」


「全部つながってるね」とルナは言った。


「全部つながっています」



食事の後、ルナの記録を見た。


一か月分だった。


毎日、書いてあった。


木の状態、土の状態、池の状態、精霊の状態、ラグル族の動き、天気。


最初の頃より、詳しくなっていた。


「記録が、育っていますね」と私は言った。


「育った?」とルナが言った。


「書き方が、最初より詳しくなっています。気づくことが増えていますね」


「毎日書いてたから、書き方が変わってきた」


「どう変わりましたか」


「最初は、元気か、元気じゃないか、だけ書いてた。今は、どこがどう元気か、を書くようになった」


「具体的になりましたね」


「具体的にしないと、後で読んだとき意味が分からなかったから。元気、だけだと、どう元気かが分からない。根が良い感じがした、とか、葉の色が濃くなった、とか、書くようになった」


「それは、とても良い変化です」


「そう?」


「そうです。記録は、後で読む人のためにあります。書いた本人は分かっていても、後で読んだときに分かるように書かないといけない」


「それ、今日初めて知った」


「そうですか」


「自分のために書いてると思ってた。でも、後で読む人のために書く、か」


「両方のためですね。書くことで、自分が整理できる。後で読んで、変化が分かる。それを誰かが読んで、継続できる」


「三つのためか」


「そうです」


ルナが、記録帳を見た。


「じゃあ、もっとちゃんと書かないといけないな」


「今でも、十分ちゃんとしています。少しずつ、育てていけばいいです」


「育てる、か」とルナは言った。「記録も、育てるんだね」


「そうですね。木と同じで、最初は小さくても、続ければ大きくなります」


「木と記録が同じ」


「同じかもしれないですね」


ルナが、また記録帳を見た。


「一つ、聞いていいですか」と私は言った。


「なんですか」と逆に聞き返してきた。


「いつもは、ルナが私に聞きますが」


「逆になった」とルナは言った。「どうぞ」


「集落の状態を、ルナはどう感じていますか」


「どう感じてるか」


「私が帰ってきて、確認する前に、ルナが感じている状態を教えてほしいです」


ルナが、少し考えた。


「良くなってると思う」


「どのくらい」


「来たときから数えると、全然違う。最近からだと、少しずつ良くなってる感じ」


「数字で言えますか」


「数字、難しいな。ナギが言ってた二十が、どこまで来てるかは分からない。でも、二十をちょっと超えた感じがする」


「二十一か、二十二か」


「そのくらいかな」


少し考えた。


「私も、同じくらいに感じています」


ルナが、少し嬉しそうな顔をした。


「合ってた」


「合っていました」


「ナギの感じ方と、私の感じ方が、近くなってきたってこと?」


「近くなってきましたね」


「どうして」


「ルナが毎日、集落を感じ続けているからだと思います。感じ続けると、感じ方が育ちます」


「感じ方も、育つんだ」


「育ちます。ルナが、精霊と毎日会うようになったのも、感じ方が育ったからだと思います」


ルナが、池の方向を見た。


夜だったが、見えるはずもなかった。


それでも、池の方向を見た。


「明日、一緒に池に行く?」


「行きます」


「精霊、ナギが帰ってきたのを知ってると思う」


「知っているかもしれないですね」


「精霊は、つながってる感じがするから。知ってると思う」


「そうかもしれないですね」


「だから、明日行ったら、精霊が嬉しそうにすると思う」


「楽しみですね」


「私も楽しみ」


ルナが、記録帳を閉じた。


「今日の記録、書いてくる。ナギが帰ってきたことも、書く」


「書いてください」


「帰ってきた日の記録は、特別に書く」


「特別に」


「うん。この日から、また変わり始めた日として、書く」


「そうですね」


ルナが、立ち上がった。


「おやすみ、ナギ」


「おやすみなさい」


ルナが、部屋を出た。



一人になって、外に出た。


集落の周りを、少し歩いた。


夜の森だった。


木が、静かに立っていた。


手を当てた。


元気だった。


土を触れた。


柔らかかった。


水の流れを感じた。


流れていた。


「二十一か、二十二か」


ルナと同じくらいだと言ったが、正確には二十一に少し届いたくらいだと思った。


「ルナが育てた分、増えていました」


空を見た。


星が出ていた。


「帰ってきました」と空に向かって言った。


森が、静かに聞いていた。


シロが、隣にいた。


「シロ、ここの星も、きれいですね」


シロが、空を見た。


「トウが言っていた。眼鏡をかけてから、星がはっきり見えるようになったと」


シロが耳を動かした。


「見えなかったものが、見えるようになると、きれいだと思えるものが増える」


シロが尻尾を振った。


「私も、この世界に来てから、見えるようになったものがあります」


また振った。


「全部がつながっていること。それが一番、見えるようになったことかもしれないです」


シロが、私を見た。


「ありがとうございます、一緒にいてくれて」


シロが、また尻尾を振った。


どういたしまして、という顔だった。


春の夜風が吹いた。


どこかで、春咲きの花が揺れた。


ルナが言っていた。


今年は長く咲いた、と。


間に合った。


約束が、守れた。


それが、今夜一番、嬉しかったことだった。

四十五話目、書きました。


ルナが走ってこなかった場面を、最初に書きたかったです。第十六話の帰還では、集落の外まで走ってきた。今回は、入口に立って待っていた。走ってくる代わりに、ただ立っていた。ルナが少し大人になった、ということを、この一つの違いで表しました。


「記録は後で読む人のためにある」という気づきをルナに話した場面。最初から誰かに教えようとして言ったのではなく、ルナの話を聞いているうちに、自然に出てきた言葉でした。ルナが「自分のために書いていた」という素直な言葉が、この気づきを引き出しました。


「感じ方も、育つ」という凪の言葉。ルナが毎日集落を感じ続けたことで、凪の感じ方と近くなってきた。力や技術ではなく、日々の積み重ねが感じ方を育てる。これは、魔王の力とは別の、もう一つの「力」の形です。


次話では、集落の状態を詳しく確認しながら、次の動きが少し見えてくる話になります。


また明日。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)

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