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転生したら、魔王と呼ばれた私が、ただ花を咲かせていた話 第二部  作者: マスター


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20/24

第四十四話「マリアが、都に残ることにした理由」

四十四話目です。


アルド編の後日談です。マリアが、都に残ることを決めた話と、凪が次の動きを考え始める話です。


去るということと、残るということ。どちらを選ぶかは、その人が何を大切にしているかによります。どちらが正しいということではない。ただ、選んだ方向に向かって、生きていく。


では、どうぞ。

水路の修復から、一週間が経った。


農地への水が、少しずつ安定してきていた。


土の変化は、まだわずかだった。


でも、毎日確認すると、少しずつ違った。


昨日より今日が、少し柔らかかった。


「続いていますね」と私は言った。


カナが、記録帳を見た。


「先週から毎日記録しています。確かに、少しずつ変わっています」


「全部が戻るのは、まだ先ですが」


「そうですね。でも、方向が変わった」


「方向が変われば、続きます」


ミアが、農地の端で何かを書いていた。


「ミアさん、何を書いているんですか」


「農民のダンさんの話を、聞いています」とミアが言った。


見ると、ダンが、ミアの隣にいた。


農地のことを、話しているようだった。


「ダンさんが、話してくれているんですか」


「昨日から、話してくれています。父親の代からの農地の変化を、ダンさんが覚えている限り教えてもらっています」


ダンが、私を見た。


「記録に残すんだと言うから、話している」とダンは言った。「怒ったまま、何もしないよりいいと思った」


「ありがとうございます」


「礼はいい。ただ、記録が残れば、また同じことが起きたとき、参考になるかもしれない」


「なります」


「それだけだ」


ダンは、またミアに向き直った。


怒りが、形を変えていた。


行動に変わっていた。



その日の昼、マリアに会った。


マリアは、宿の近くの広場にいた。


椅子に座って、都の人たちを見ていた。


「どうですか、都は」と私は言った。


「うるさい」とマリアは言った。


「そうですね」


「でも、見ていると飽きない」


「そうですか」


「色々な人間がいる。山には、私しかいなかった。ここには、たくさんいる。みんな、それぞれに動いている」


「都はそういう場所ですね」


「子どもが走っている。老人が荷物を運んでいる。売り子が声を出している。全部が、同時に動いている」


「そうです」


「山は、静かだった。沢の音だけあった。ここは、音が多い」


「どちらが好きですか」


マリアが、少し考えた。


「どちらも好きではないし、どちらも嫌いではない」


「そうですか」


「山は、好きだった。でも、八十年一人でいると、静かすぎることがある。都は、うるさい。でも、うるさいのも悪くない」


「慣れてきましたか」


「慣れるというより、見るものが多い」とマリアは言った。「見ていると、考えることが増える。考えることが増えると、疲れる。でも、眠れる」


「眠れるようになったんですか」


「山では、夜になると静かすぎて、考えすぎることがあった。ここは、昼間考えすぎるから、夜は疲れて眠れる」


「それは、良いことですね」


「良いことかどうか、分からない。ただ、眠れる」


マリアが、広場の向こうを見た。


「子どもが来た」


トウが、走ってきた。


昼休みらしかった。


「マリアさん、また来ました」とトウは言った。


「来たな」とマリアは言った。


「今日も、一緒に話していいですか」


「いいだろう」


「昨日の続きを聞かせてください。山の話を」


マリアが、少し眉を上げた。


「昨日、山の話をしたか」


「しました。父さんから教わった薬草の話。面白かったです」


「そうか」


「続き、聞かせてください」


マリアが、また少し考えた。


「座れ」


トウが、マリアの隣に座った。


私は、少し離れた場所に立っていた。


マリアが、話し始めた。


山の薬草の話だった。


どの草が、どの病に効くか。


どこで採れるか。


どう使うか。


八十年間、一人で学んだことだった。


トウが、真剣に聞いていた。


眼鏡の奥の目が、大きかった。


「全部、覚えられないから」とトウが言った。「記録してもいいですか」


「記録?」


「ミアさんみたいに、書いておきたいです」


「書けるのか」


「書けます。眼鏡をかけてから、字が書けるようになりました。前は、細かい字が書けなかったです」


マリアが、少し沈黙した。


「書いてくれ」とマリアは言った。


「ありがとうございます」


トウが、紙と筆を取り出した。


マリアが、また話し始めた。


トウが、書いた。


私は、その場を離れた。



夕方、ベルクのところに行った。


「マリアさんが、都に残ることにしたそうです」とベルクが言った。


「そうですね、聞きました」


「理由を知っているか」


「トウが来るからだと思います」


「子どものトウか」


「毎日、マリアさんの話を聞きに来ています。山の薬草の話を、記録しています」


ベルクが、少し考えた。


「マリアの知識が、残るということか」


「そうです。一人で山にいたら、マリアさんが死んだとき、全部消えていました。トウが書き留めることで、残ります」


「それで、マリアが残ることにした」


「たぶん、そうです。直接は聞いていないですが」


ベルクが、手帳に何かを書いた。


「記録することが、人を動かすこともある」とベルクは言った。


「そうですね」


「記録するから、残る。残るから、伝わる。伝わるから、動く」


「全部つながっています」


「つながっている」とベルクは言った。


少し間があった。


「凪、そろそろ次のことを考えているか」


「考えています」


「どこに行く」


「ルナに、春咲きが咲いている間に帰ると言いました。春咲きが咲いているのは、今月中だと思います」


「今月中に、帰りたいということか」


「そうです。ここでやることは、ある程度終わりました。土の回復は時間がかかりますが、方向は整いました。カナさんとミアさんがいれば、続けられます」


「水路の管理は、都の工事部門が引き継いだ」


「そうですね。沢の管理は、マリアさんが残ることで続きます」


「全部、次の人間に渡した」


「渡しました。私が続けるより、それぞれの場所にいる人が続ける方が、長続きします」


ベルクが、私を見た。


「お前は、いつも次の人間に渡すな」


「私がいなくても続く状態にしてから、次に行く。それが、私のやり方だと思っています」


「魔王として、直接力を使い続ける方が、早くない場合もあるか」


「早いですが、私が去った後に続かないことが多いです。早く直しても、続かなければ、また壊れます」


「だから、続く仕組みを作ってから去る」


「そうです。私の力は一時的なきっかけに過ぎないです。その地が自分で巡らせる状態にならないと、私が去った後に元に戻ります」


ベルクが、手帳を閉じた。


「一つ、聞いていいか」


「なんですか」


「その考え方は、どこで学んだ」


少し考えた。


「ルナに教わりました」


「子どものルナに」


「ルナが、精霊と友達になって、毎日池に来ていました。最初は精霊が来たり来なかったりしていた。でも、ルナが毎日来るうちに、精霊が毎日来るようになった。私が力を使って精霊を元気にしたのではなく、ルナが関係を作って、精霊が自分で元気になった」


「子どもが、精霊との関係を作った」


「そうです。私が一時的に直すより、ルナが毎日関わることで、自然に続く関係ができた。それを見て、続く仕組みを作ることが大事だと分かりました」


ベルクが、また少し考えた。


「子どもから学んだということか」


「学びました」


「凪らしいな」


「そうですか」


「お前は、大人より子どもから学ぶことが多い」


「そうかもしれないです。子どもは、余分なものを入れずに本質を言うので」


「ルナという子に、会ってみたいな」とベルクは言った。


「いつか、来てみてください。北の池の精霊と友達の子です」


「精霊と友達の子か」


「会うと、驚くと思います」


「驚いてみたい」


「来年、来てください」と私は言った。「ダンさんの農地を確認しに来るときに」


「来年、行く」とベルクは言った。「約束だ」


「します」と私は言った。


ベルクが、少し眉を上げた。


「します、か。前はできる限り、と言っていたが」


「練習しました」


「誰に」


「ルナに」


ベルクが、また少し笑った。


「やはり、ルナという子に会いたくなった」


「来てください、来年」


「行く」



翌日、マリアに会いに行った。


「少し聞いてもいいですか」と私は言った。


「なんだ」とマリアは言った。


「都に残ることにしたと、聞きました」


「そうした」


「理由を、聞いていいですか。直接」


マリアが、少し考えた。


「トウが来るからだ」


「そうですね」


「知っていたか」


「そうかな、と思っていました」


「あの子は、毎日来る。昨日も来た。今日も来ると思う」


「来ると思います」


「山の薬草の話を、全部書き留めると言っていた。全部書いたら、次は沢の話を聞きたいと言っていた。その次は、山の動物の話を聞きたいと言っていた」


「話すことが、たくさんありますね」


「たくさんある。八十年間、誰にも話さなかったことが、たくさんある。あの子に話すと、全部書いてくれる」


「残ります」


「残る。私が死んでも、残る」


マリアが、広場を見た。


今日も、色々な人が動いていた。


「父が守っていたものが、都に届いた。私が話したことが、記録に残る。それで、十分だ」


「山に戻りたい気持ちは、ないですか」


「ある」とマリアは言った。「でも、今はここにいる。山は、いつでも帰れる」


「そうですね」


「お前は、いつ発つんだ」


「今週中に、発とうと思っています。森の集落に帰ります」


「子どもが待っているか」


「そうです」


「早く帰れ」とマリアは言った。「待っている子どもは、早く帰ってやるべきだ」


「そうですね」


「私に、父が帰ってくる日が、何日かあった。それが嬉しかった。帰ってくる、ということは、大事なことだ」


「そうですね」


「早く帰れ」とマリアはもう一度言った。


「帰ります」


マリアが、また広場を見た。


トウが、向こうから走ってきた。


手に、紙と筆を持っていた。


「今日は、沢の話を聞かせてください」


「来たな」とマリアは言った。


「来ました」


「座れ」


トウが、マリアの隣に座った。


私は、その場を離れた。


二人が、話を始めていた。


マリアの声は、昨日より少し柔らかかった気がした。



出発の前日、都の農地をもう一度歩いた。


カナと一緒だった。


「最後の確認です」と私は言った。


「はい」とカナが言った。


「私が去った後も、続けてもらえますか」


「続けます。ミアと一緒に、毎週確認します」


「問題が出たときは」


「凪さんに、手紙を送ります。それまでに、ベルクさんと相談します」


「ありがとうございます」


「カナさんにお礼を言うのは、違います」とカナは言った。「私の仕事ですから」


「それでも、ありがとうございます」


カナが、少し笑った。


「凪さんは、礼を言う必要がないことにも、礼を言いますね」


「当たり前のことを、当たり前にやってもらうことが、一番助かるので」


「そうですか」


「当たり前のことが、当たり前にできる状態を作るのが、一番難しいです。カナさんが記録を続けてくれることで、その状態が続きます」


「難しいことに聞こえませんが」


「難しいです。続けることが、一番難しい」


カナが、記録帳を持ちながら歩いた。


「続けます」とカナは言った。


「お願いします」


農地の端まで歩いた。


水路を確認した。


水が流れていた。


「良くなっていますね」と私は言った。


「少しずつ、変わっています」とカナが言った。


「来年、もっと変わっていると思います」


「来年、また来ますか」


「来ます。ダンさんに約束しました」


「ダンさんは、怒っていましたが」


「怒っていましたね。でも、記録に協力してくれました。怒りながら、動いていた」


「怒ることが、動くエネルギーになる場合もありますね」


「そうですね。怒りを、全部否定する必要はないかもしれないです。怒りが正しい方向を向いていれば、動く力になります」


カナが、それを書いた。


「凪さんの言葉、書き留めます」


「書き留めるほどのことじゃないですが」


「書き留めるほどのことです」


農地を後にした。


明日、発つ。


ルナが待っていた。


春咲きが、まだ咲いているといいと思った。

四十四話目、書きました。


マリアが都に残った理由は、トウが毎日来るからでした。自分の死後に知識が残ること。それが、マリアを山から都に引き留めた。八十年間誰にも話せなかったことを、話せる場所ができた。それだけで、人は動ける。


「帰ってくる、ということは、大事なことだ」というマリアの言葉。父が帰ってくる日が嬉しかった、という記憶から来ている言葉です。その言葉が、凪に早く帰れと言わせた。


「怒りが正しい方向を向いていれば、動く力になる」という凪の気づきは、ダンとの出会いから来ています。怒りをそのまま消そうとするのではなく、その方向を見ること。ダンが記録に協力してくれたのは、怒りが行動に変わった例でした。


「魔王の力は一時的なきっかけに過ぎない」「その地が自分で巡らせる状態にならないと、去った後に元に戻る」という凪の言葉が、明示的に語られた話でもありました。マスターのアドバイスで示された方向性が、凪の言葉として出た場面でした。


次話では、森の集落への帰還と、ルナとの再会があります。


また明日。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)

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