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転生したら、魔王と呼ばれた私が、ただ花を咲かせていた話 第二部  作者: マスター


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19/24

第四十三話「水路が繋がった日、農民が怒った」

四十三話目です。起承転結の「結」ですが、全てが丸く収まるわけではありません。


良いことが起きたのに、怒る人がいます。なぜか。それは、良いことが起きるのが「遅すぎた」からです。


凪が、初めて正面から「怒り」と向き合う話です。


では、どうぞ。

沢の岩を動かしてから、三日が経った。


水路の修復が始まった。


ベルクが、都の工事部門を動かした。


記録に残っていた百五十年前の水路の経路を参考に、崩れた部分を直す作業が始まった。


作業員が、十人以上入った。


私は、地下を感じ取りながら、どこが崩れているかを指示した。


カナとミアが、記録した。


「感じ取れますか」とカナが聞いた。


「感じ取れます。ただ、ここは複雑です」


「複雑というのは」


「崩れている場所が、一か所ではないです。八十年の間に、水路の各所が少しずつ崩れています。一気に直せないです」


「優先順位はありますか」


「あります。水の流れの上流から順番に直さないと、下流を直しても意味がないです」


「順番を教えてください」


地図に、順番を書き込んだ。


作業員が、その通りに動いた。


三日かかった。


でも、水路の主要な部分が、繋がった。



水路が繋がった日の夕方、農地に行った。


水が、水路を通って、農地に届き始めていた。


まだ細かった。


完全ではなかった。


でも、届いていた。


農地を持つ人たちが、何人か来ていた。


水が来ているのを、確認していた。


「増えていますね」と私は言った。


農民の一人が、振り返った。


五十代の、日焼けした男性だった。


「お前が、水を持ってきたのか」と言った。


「沢の岩を動かして、水路を直しました。水が増えたのは、それが原因です」


「なぜ、今まで来なかったんだ」と男性は言った。


「今まで、沢の状態を知らなかったです。今年、調べてみて、分かりました」


「知らなかった、じゃ、済まない」


男性が、少し前に出た。


怒っていた。


「俺の父親の代から、農地が痩せてきていた。水が少なかったからだ。でも、誰も直してくれなかった。父親は、水が少ないなりに作物を育てて、死んだ。俺も、二十年、このまま作ってきた。それが、今日、急に水が来たからといって、喜べるか」


「喜べないですね」と私は言った。


男性が、少し止まった。


「そうです。遅すぎました。申し訳なかったです」


「申し訳なかった、で、父親の二十年が戻るか」


「戻りません」


「俺の二十年が戻るか」


「戻りません」


男性が、また黙った。


怒りの中に、別の何かがあった。


疲れていた。


長い間、少ない水で作り続けた疲れが、全身に出ていた。


「水が来たのは、良かったです。でも、もっと早く来るべきでした。それは本当のことで、私には何も言えないです」


男性が、地面を見た。


しばらく、何も言わなかった。


「水が来た、で、良しとするつもりはない」とやっと言った。


「良しとしなくていいです」


「でも、水が来ないより、来た方がいい」


「そうですね」


「俺も、馬鹿じゃないから、それくらい分かる」


男性が、水路を見た。


水が、細く流れていた。


「もっと増えるのか」


「増えます。今は水路が直ったばかりで、まだ詰まっている部分があります。少しずつ、水が流れていくうちに、詰まりが取れます。一か月くらいで、もっと増えると思います」


「一か月か」


「もう少しかかるかもしれないですが、方向は変わりました。増えていきます」


男性が、また地面を見た。


「作物が戻るのは、いつだ」


「土の状態によりますが、今年は難しいと思います。水が増えても、土が戻るのに時間がかかります。来年の方が、良くなっている可能性が高いです」


「今年は、だめか」


「今年は、水が届いた、ということが大事です。来年に向けて、土の準備をする年だと思います」


男性が、今年の作物を見た。


まだ小さな芽だった。


「この芽は、どうなる」


「水が来たことで、前よりは育ちやすくなります。ただ、奇跡的には変わりません。少し良くなる、程度だと思います」


「正直だな」と男性は言った。


「不確かなことを、確かだと言うと、後で困ることになります」


「そうか」


男性が、また水路を見た。


「名前は」


「凪です」


「俺は、ダンだ」とダンは言った。「覚えておいてくれ」


「覚えます」


「来年、また来てくれるか。土の状態を確認してほしい」


「来ます」


ダンが、少し頷いた。


怒りは消えていなかった。


でも、少し、違う顔になっていた。


「水が来たことは、認める」とダンは言った。「来なかった二十年を、許したわけじゃない。でも、来たことは認める」


「ありがとうございます」


「礼はいい。来年、来い」


「来ます」



ベルクが、その一部始終を見ていた。


私が戻ると、少し低い声で言った。


「怒られたな」


「怒られましたね」


「対応が、良かった」


「そうですか」


「言い訳しなかった。謝った。でも、水が戻ったことを否定しなかった。遅かったことと、来たことは、どちらも本当だ。その両方を、認めた」


「どちらも、本当のことなので」


ベルクが、農地を見た。


「都の行政として、謝りに来るべきだな」


「そうかもしれないです」


「お前が謝ることではない。都が謝ることだ」


「そうですね。ただ、ダンさんは都を責めているより、水が来たことを自分で受け入れようとしていた気がします」


「怒りながら、受け入れていた」


「そうだと思います。怒りと、受け入れることは、一緒に起きることがあります」


ベルクが、少し頷いた。


「お前と話すと、そういうことが分かる」


「私は何も、特別なことを言っていないですが」


「それが、特別なんだ」



その日の夜、マリアが都に来た。


山から下りてきた。


ベルクが、迎えの人間を送ったらしかった。


宿に来て、私を探した。


「また会ったな」とマリアは言った。


「また会いましたね。都に来たんですか」


「来た。ベルクという人間が、迎えを送ってきた。来い、と言うから来た」


「都は、どうですか。久しぶりですか」


「久しぶりだ。どのくらいぶりか、分からないほど久しぶりだ」


「怖くないですか」


「怖いとは、思わない。ただ、多い。人も、音も、匂いも」


「山とは、全然違いますね」


「全然違う。でも、悪くない」


マリアが、窓から都の夜景を見た。


「これが、父が守っていた都か」


「そうです」


「父は、都のために水を守っていた。都の人間に、水が届くように。その都が、こうして動いている」


「マリアさんのお父さんが、守ってくれていたおかげです」


「父は、都を見ることなく死んだ。私も、来ないつもりだった。でも、来た」


「来てくれて、良かったです」


マリアが、また夜景を見た。


「ベルクが、都の記録に名前を残すと言っていた」


「そうですね。マリアさんとお父さんの名前が、記録に残ります」


「父が、聞いたら何と言うかな」


「分かりません。でも、喜ぶかもしれないです」


「喜ぶかどうか、分からない。でも、知ってほしかったとは思っていたはずだ。知られないまま終わることが、一番悔しかったと思う」


「知られました」


「知られた」とマリアは言った。「ベルクが記録する。残る」


「残ります」


マリアが、私を見た。


「お前は、何者だ」


「転生者です。気になることを直していたら、ここまで来ました」


「都の水路を直しに来たのか」


「最初は、農地の土のムラを調べに来ました。調べているうちに、地下の石が見つかって、水路があって、沢があって、マリアさんに会いました」


「気になることを追っていたら、私に辿り着いた」


「そうです」


マリアが、少し笑った。


「面白い経緯だな」


「面白いですね」


「私は、八十年間、誰かが来るのを待っていた。お前は、別のことを追いかけていて、私のところに来た。どちらも、意図しない出会いだった」


「意図しなかった出会いが、大事なことが多いですね」


「そうだな」とマリアは言った。「お前は、次にどこに行く」


「まだ、ここでやることがあります。農地の土のムラを、直す必要があります」


「それが終わったら」


「分かりません。気になることが、また出てくると思います」


「また、意図しない出会いがあるかもしれないな」


「あると思います」


マリアが、また窓の外を見た。


「私は、これからどうすればいい」


「どうしたいですか」


「山に戻るか、ここにいるか。ベルクが、都にいてもいいと言っていた」


「どちらでも、いいと思います」


「どちらでもいいとは、どういう意味だ」


「マリアさんが、どちらで生きたいかによります。山が好きなら、山にいればいい。都を見てみたいなら、ここにいればいい」


「どちらも、正解か」


「どちらも、正解だと思います」


マリアが、少し考えた。


「少し、ここにいてみる。山は、また行けばいい。都を、少し見てみたい」


「良いですね」


「父が守っていた都を、少し見てみたい」


「見てください」


「案内はしてくれるか」


「明日、少し案内します」


「頼む」



翌朝、マリアと都を歩いた。


市場を通った。


果物を売る店で、トウがいた。


「凪」とトウが言った。


「いたんですか」


「もちろん。ここで働いてるから」


トウが、マリアを見た。


「誰ですか」


「マリアさんといいます。山で、沢を守っていた方です」


「沢を守っていた」


「この都に水を運んでいた沢を、守っていた方です」


トウが、マリアをちゃんと見た。


「沢が戻ったのは、この人が守っていたからですか」


「そうです」


トウが、マリアに向かって頭を下げた。


「ありがとうございます」


マリアが、少し驚いた。


「礼を言われる理由がない。俺も、沢が戻ったことを知らなかった」


「でも、守っていてくれたんでしょ」


「守っていた。でも、届いていなかった」


「届いた」とトウは言った。「今日、届いた。だから、ありがとうございます」


マリアが、また少し驚いた顔をした。


それから、短く言った。


「そうか」


果物を一つ、トウがマリアに渡した。


「これ、今日一番きれいな果物です。どうぞ」


マリアが、受け取った。


見た。


赤くて、丸かった。


「きれいだな」


「きれいですよ」


マリアが、一口食べた。


「甘い」


「そうでしょ。水が良いと、果物が甘くなる。水路が戻ったから、来年はもっと甘くなるかもしれない」


「そうか」とマリアは言った。「来年か」


「来年、また来てください。もっと甘い果物を取っておきます」


マリアが、トウを見た。


目が、鋭かったが、温かかった。


「来年、来る」


「約束ですね」


「約束だ」


マリアが、果物をまた一口食べた。


「甘いな」と、もう一度言った。


今度は、もう少し柔らかい声だった。



夕方、一人で農地に行った。


水が流れていた。


昨日より、少し増えていた。


土に手を当てた。


昨日と、少し違った。


ほんの少し、柔らかくなっていた。


水が来たことで、土の中の生き物が、少し動き始めていた。


「始まっている」


誰もいなかったが、言った。


劇的な変化ではなかった。


でも、方向が変わっていた。


昨日より、今日が少し良い。


今日より、明日が少し良い。


それが続けば、来年は違う。


「ダンさんが、来年を見たがっていた」


来年、来ると約束した。


来年、また来てみれば、どうなっているか分かる。


良くなっていれば、ダンさんが少し表情を変えるかもしれない。


良くなっていなければ、また考える。


どちらでも、来ることに変わりはなかった。


「来ます」


農地に向かって、言った。


作物の芽が、夕日の中で小さく揺れていた。


水が、細く流れる音がした。


八十年ぶりに、本来の水が届いた農地だった。


父の代から、水が少なかった農地だった。


でも、今日から、少し違う。


「頑張れ」と、作物の芽に言った。


芽が、風に揺れた。


返事のような揺れ方だった。


シロが、隣に来た。


「帰りましょう」


シロが尻尾を振った。


二人で、農地を後にした。


都の明かりが、夕暮れの中に灯り始めた。


マリアが、どこかでその明かりを見ているかもしれなかった。


父が守っていた都の明かりを。

四十三話目、書きました。


ダンが怒った場面は、この物語の中でも重要な場面でした。良いことが起きたのに、怒る。遅すぎたから。でも、怒りながら受け入れていた。怒りと受け入れることは、同時に起きる。凪がそれを正面から受け止めた場面でした。言い訳せず、謝り、でも水が来たことを否定しなかった。


マリアとトウの出会いが、この話で一番書きたかった場面です。山で八十年間水を守っていた老人と、都の市場で果物を売る若者。二人が直接つながることはなかったが、凪が間に立つことで出会えた。「届いた。今日、届いた」というトウの言葉が、この物語全体のテーマと重なります。


アルド編の起承転結が、ここで一区切りつきました。ただし、全部が解決したわけではありません。土の回復には、まだ時間がかかる。ダンの怒りも、完全には解けていない。来年、また来ることになる。これが、この物語の形です。全部が丸く収まらない。でも、方向は変わった。


次話からは、このアルド編の後日談と、次の動きが見え始めます。


また明日。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)

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