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転生したら、魔王と呼ばれた私が、ただ花を咲かせていた話 第二部  作者: マスター


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14/24

第三十八話「春が来た日、ルナが泣いた」

三十八話目です。


春が来ます。それと同時に、凪が動く時期が来ます。


別れの話です。ただし、別れには色々な形がある。悲しいだけの別れではなく、何かが確かに次に続いていく別れもある。


ルナが、この話で初めて、人前で泣きます。


では、どうぞ。

三月の初め、春が来た。


朝、外に出たら、梅に似た花が咲いていた。


白くて、小さな花だった。


昨日まで、蕾だった。


一夜で、咲いた。


「咲いた」とルナが言った。


「咲きましたね」


「この木、ずっと蕾だった。毎日、まだかなと思って見てた」


「咲きましたね」


「咲いた」


ルナが、もう一度言った。


それから、花を近くで見た。


「においがする」


「そうですね」


「甘い。でも、しつこくない」


「春の花の匂いですね」


「なんか、泣きたくなる」


「なぜですか」


「分からない。でも、この花を見てたら、泣きたくなった」


涙は出ていなかった。


でも、そういう顔をしていた。


「春になると、そういう気持ちになる人がいます」


「なんで」


「長い冬が終わって、何かが始まる感じがするから。それが嬉しいのか、惜しいのか、自分でもよく分からない。でも、何かが動く感じで、涙が出ることがある」


「ナギも、そういうことある?」


「あります」


「意外」


「そうですか」


「もっと、ずっと落ち着いてると思ってた」


「落ち着いているように見えますが、感じないわけじゃないです」


ルナが、また花を見た。


「この花、名前なんていうの」


「この世界での名前は、知らないです」


「じゃあ、名前つけていい?」


「どうぞ」


「春咲き、にする」


「そのままですね」


「そのままがいい。名前を見たら、すぐ分かる方が、いい」


「そうですね」



その日の夕方、ガルが言った。


「春になりましたね」


「そうですね」


「ベルクさんから、返事が来ました」


「来ましたか」


「はい。少し早かったですね」


「ラグル族が速かったんでしょう」


ガルが、手紙を渡してくれた。


開いた。


ベルクの字だった。


几帳面な字で、内容が書いてあった。


読んだ。


都の農地で、土の硬さにムラがある問題が続いていること。カナが原因を探しているが、特定できていないこと。春になったら来てほしいこと。


あとは一行だけ、別のことが書いてあった。


都に、久しぶりにトウが来た。目が良くなったと喜んでいた、と。


「トウが来たそうです」と私は言った。


「トウというのは」


「都の市場にいた子です。眼鏡を作った子」


「ああ、その子が」


「元気そうで、良かったです」


ガルが、静かに頷いた。


「都に行きますか」


「行きます。来週あたりに出発しようかと思っています」


ガルが少し黙った。


「ルナに、話しましたか」


「まだです。今日、話そうと思っていました」


「そうですか」


「ガルさんも、一緒にいてもらえますか」


「分かりました」



夜、食事が終わってから、ルナとガルと三人で話した。


「春になったので、アルドに行きます」と私は言った。


ルナが、少し止まった。


箸を持ったまま、止まった。


「いつ」


「来週」


「来週」


「そうです」


ルナが、箸を置いた。


「分かってた」とルナは言った。「春になったら、行くって言ってたから」


「そうでしたね」


「分かってたけど、来週は早い」


「早いですか」


「早い。もう少し後でいいじゃないか」


「農地の問題が、待っているので」


「それより、私の方が大事でしょ」


「ルナのことも、大事です」


「じゃあ、もう少し待って」


「ルナが大事だから、ちゃんと約束を守ります。ベルクさんに、春に行くと伝えました。守ります」


ルナが、また止まった。


「約束は守る人なんだよね、ナギは」


「そうです」


「だから、来週行く」


「そうです」


ルナが、少し俯いた。


何も言わなかった。


ガルが、ルナを見た。


私も、ルナを見た。


しばらく、誰も何も言わなかった。


「また帰ってくる?」とルナは言った。俯いたまま言った。


「帰ってきます」


「ちゃんと言えた」


「言えました」


「帰ってくる、と言ったら、絶対帰ってくるんだよね」


「できる限りは、帰ってきます」


「できる限りじゃなくて、帰ってくる、にして」


「帰ってきます」


ルナが、顔を上げた。


目が、赤かった。


「泣いてる」と、ルナは自分で言った。


「そうですね」


「泣きたくなかった。我慢しようとした。でも、出てきた」


「泣いていいですよ」


「泣くのは、弱い感じがする」


「そうですか」


「ナギは、泣かないじゃないか」


「泣かないように見えますが、泣きたいことはあります」


「今は?」


少し考えた。


「今は、泣きたいかもしれないです」


ルナが、少し驚いた顔をした。


「ナギが?」


「ルナと別れるのは、惜しいです。それは、本当のことです」


ルナが、また俯いた。


「だったら、行かなくていい」


「行きます」


「矛盾してる」


「惜しくても、行きます。気になることがあるので」


ルナが、しばらく黙った。


それから、顔を上げた。


「分かった」と言った。涙が、頬にあった。「ナギは、そういう人だから」


「そうです」


「惜しくても、気になることを優先する人だから」


「そうです」


「でも、帰ってくる」


「帰ってきます」


ルナが、涙を手で拭いた。


「春咲き、咲いてる間に帰ってきて」


「来年の春咲きまでには、帰ってきます」


「来年か」とルナは言った。「長いな」


「長いですね」


「でも、待てる」とルナは言った。「待つの、得意になってきた」


「そうですか」


「精霊を、毎日待ってたから。最初は来ない日もあったけど、今は毎日来る。待ってたら、来てくれた」


「待つことで、来てくれた」


「そう。だから、ナギも、待ってたら来てくれる」


「来ます」


「よし」とルナは言った。「じゃあ、来週まで、一緒にいよう」


「そうしましょう」


ガルが、静かに言った。


「凪様、来週まで、できれば集落の外縁を一緒に歩いてほしいです」


「もちろんです」


「最後に、全部見ておきたいです」


「一緒に歩きます」



来週まで、毎日歩いた。


朝、ルナと一緒に集落の周りを歩いた。


一本一本、木に触れた。


土を触った。


水の流れを確認した。


ルナも、同じことをした。


二人で、同じ木に触った。


「この木、ナギはどう感じる?」とルナが毎日聞いた。


「元気です」と毎日答えた。


「私は、こう感じる」とルナが毎日言った。


感じ方が、少しずつ違った。


でも、向いている方向は同じだった。


「ルナの感じ方と、私の感じ方は、少し違いますね」


「そうだよね。同じじゃないよね」


「でも、どちらも間違っていないと思います」


「どっちも正しいの?」


「自然の感じ方に、一つの正解はないと思います。ルナはルナの感じ方で、私は私の感じ方で、どちらも木を見ている」


「じゃあ、私が感じたことは、ちゃんとしてる」


「ちゃんとしています」


ルナが、木を見た。


「私が感じたことを、記録に書いてる。ナギの感じ方と、比べて読める記録になってる」


「そうですね。後で読み返したとき、面白いかもしれないです」


「面白いね。二人で同じ木を見て、感じ方が違う。でも、どちらも本当のことを書いてる」


「どちらも、木を見ていた証拠です」



出発の前日、北の池に行った。


ルナと一緒に行った。


精霊が、水面で迎えてくれた。


「明日、出発します」と水面に向かって言った。


精霊が、水面を叩いた。


「ルナが、毎日来てくれます」


また叩いた。


「集落のこと、見ていてほしいです」


精霊が、光を強くした。


分かった、という感じだった。


ルナが、水に指を入れた。


精霊が、近づいてきた。


「ナギがいない間、ちゃんとそこにいてね」とルナが言った。


精霊が水面を叩いた。


「ルナが来るから、来てあげてね」


また叩いた。


「約束だよ」


また叩いた。


ルナが、指を抜いた。


「約束させた」と私に言った。


「そうですね」


「精霊と、ナギと、二つ約束させた」


「二つですか」


「精霊に、毎日来ること。ナギに、帰ってくること」


「そうですね」


「どちらも、来る約束」


「そうです」


ルナが、池を見た。


精霊が、水の中を泳いでいた。


「この池、きれいになったね」


「きれいになりましたね」


「来たときは、こんなじゃなかった」


「そうですね」


「でも、来たときを、私はよく覚えてない。最初から、きれいだった気がしてくる」


「人間の記憶は、上書きされることがあります。今の池の方が良くて、何度も見てきたから、今の姿に塗り替えられてきている」


「それって、いいことなの、悪いことなの」


「どちらでもあると思います。前の姿を忘れるのは、少し惜しい。でも、今の良い姿が自然に感じられるのは、良いことです」


「前の姿を忘れないためには」


「記録ですね」


「記録があれば、忘れない」


「あなたが書いた記録に、来たときの池の状態が書いてあります。読めば思い出せます」


ルナが、少し笑った。


「記録って、大事だね」


「大事です」


「だから、カナさんが記録係なんだね。だから、ミアさんも」


「そうですね」


「私も、記録係になれるかな」


「もうなっていると思います」


ルナが、また少し笑った。


「じゃあ、ナギが帰ってくるまで、ちゃんと記録する。ナギが来たとき、全部話せるように」


「楽しみにしています」


「全部話すから、覚悟して」


「覚悟します」



出発の朝、集落の全員が見送りに来た。


二十三人が、集落の外まで出てきた。


シロが、先頭にいた。


クロとキョロが、私の足元にいた。


クロが、また体当たりしてきた。


「重い」


クロが低く鳴いた。


「また来ます」


ルナが、前に出た。


「ナギ」


「なんですか」


「これ、持って行って」


小さな布に包まれた、何かを渡してくれた。


開いた。


川に磨かれた石だった。


「レナさんが持たせてくれた石ですね」とシロに言った。


「違う」とルナが言った。「それは、レナさんのやつだよ。これは別」


よく見た。


確かに、違う石だった。


レナの石より、小さかった。


形が、少し丸かった。


「どこの石ですか」


「北の池で見つけた。池の底にあった」


「いつですか」


「ナギが来てすぐのころ。池がまだ濁ってたとき、見えた気がして、後で拾いに行った。ずっと持ってた」


「ずっと」


「うん。ナギが帰ってくるとき、渡そうと思って。ずっと持ってた」


「ありがとうございます」


「帰ってきたとき、返して。また返して」


「また返して」


「そう。ずっと、そのまま往復させる。ナギが行くとき私が持って、帰ってきたとき返して。また行くとき私が持って、また帰ってきたとき返して」


「往復する石ですね」


「ナギが帰ってくる証拠になる石だよ。この石を持ってる私のとこに、必ず帰ってくるから」


私は、その石を握った。


池の底にあった石だった。


水に磨かれた石だった。


「帰ってきます」


「帰ってこなかったら、許さない」


「許さないですね、絶対に」


「絶対に許さない」


ルナが、また目を赤くした。


今日は、我慢していた。


でも、限界そうだった。


「行ってきます」と私は言った。


「行ってらっしゃい」とガルが言った。


静かに、落ち着いた声で言った。


「行ってらっしゃい」とルナも言った。


声が、少し震えていた。


歩き始めた。


振り返らなかった。


振り返ったら、また話してしまう気がした。


シロが、先を歩いた。


森の道に入った。


木の間から、朝の光が差していた。


春咲きの花が、道の脇に咲いていた。


白くて、小さな花だった。


握った石が、手の中で温かかった。


池の底から来た石だった。


ルナがずっと持っていた石だった。


帰るための石だった。


「帰ります」と、声に出した。


誰もいない森に向かって、言った。


森が、静かに聞いていた。


シロが、耳を動かした。


聞こえてる、という顔だった。


「帰ります。必ず」


歩いた。


春の森を、歩いた。

三十八話目、書きました。


ルナが泣いた場面は、この物語の中で書くのが一番難しかった場面の一つでした。泣くことを「弱い感じがする」と言うルナと、「泣きたいかもしれない」と正直に言う凪。どちらも、感情を持っている。それを見せたかった場面です。


往復する石、というルナのアイデア。ナギが行くとき私が持って、帰ってきたとき返して。石が往復することで、帰ってくることが約束になる。子どもらしい発想ですが、とても力強い形の約束でした。


「振り返らなかった」という凪の行動。振り返ったら、また話してしまう。それが分かっていたから、振り返らなかった。感情はあるが、流されない凪の姿が、このひとつの行動で出ました。


第一部、第二部を通じて、凪とルナの関係がここまで育ちました。次の別れがあっても、この別れがあったから、また戻れる。


次話からは、アルドへの道と、都での新しい動きが始まります。


また明日。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)

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