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転生したら、魔王と呼ばれた私が、ただ花を咲かせていた話 第二部  作者: マスター


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第三十七話「春になる前に、手紙を書いた」

三十七話目です。


冬の終わりに近い時期の話です。凪が、初めて手紙を書きます。


話すことと、書くことは、少し違います。話し言葉は、その場で消える。書いた言葉は、残る。残ることを知って書くと、選ぶ言葉が変わることがある。


では、どうぞ。

二月の終わりだった。


まだ寒かったが、日が少し長くなっていた。


朝、起きたとき、窓から光が入る時間が、一か月前より早くなっていた。


「春が近い」


シロが、窓の外を見た。


「分かるか」


シロが耳を動かした。


分かる、という顔だった。


「鼻で分かるのか、目で分かるのか」


シロが、私を見た。


全部で分かる、という顔だった。



ガルが、朝食を持ってきた。


「凪様、ベルクさんへの手紙は、書きましたか」


「まだです」


「春になる前に、書いた方がいいと思います。春になったら動くなら、先に連絡しておいた方が、相手も準備できます」


「そうですね」


「紙と筆は、あります。使ってください」


「ありがとうございます」


ガルが、紙と筆を持ってきてくれた。


テーブルに置いた。


「ルナに教えてもらいながら書いたらどうですか。ルナは字が上手になりました」


「教えてもらいながら書くんですか」


「ルナが喜びます」


「分かりました」



昼前に、ルナを呼んだ。


「手紙を書くのを、手伝ってほしいです」


ルナが、少し驚いた顔をした。


「私が手伝うの?」


「字が上手になったと、ガルさんに聞きました」


「上手かどうか分からないけど、書くのは好きになった。記録を毎日書いてるから」


「一緒に書いてもらえますか」


「やる」


ルナが、向かいに座った。


「誰に書くの」


「ベルクさんと、カナさんと、エイラさんに」


「三人に」


「三人に書きます。別々の内容ですが」


「じゃあ、ベルクさんから始めよう」とルナが言った。


「どうして」


「ベルクさんが、一番先に手紙を送ってきたから。送ってきた順に返すのが、礼儀じゃないかと思う」


「そうですね」


「何を書くの、ベルクさんに」


「春に、都に行くことを伝えます。それと、冬の間に気づいたことを少し」


「冬に気づいたことって、何」


「冬の森の状態を観察していて、いくつか分かったことがあります。都の農地にも関係するかもしれないことが」


「じゃあ、それも書く」


「そうします」


ルナが、紙を整えた。


「書き出しは、どうするの」


「手紙の書き出し、決まりがありますか」


「あるよ。ガルじいちゃんから習った。最初は、相手の名前を書いて、季節の言葉を入れる」


「季節の言葉」


「春なら、春めいてきましたとか。冬なら、寒い日が続いていますとか」


「今は、冬の終わりです」


「じゃあ、冬の終わりを感じる季節になりました、とか」


「それにします」


ルナが、見本を書いてくれた。


丁寧な字だった。


記録帳を毎日書いていた成果が、字に出ていた。


「上手いですね」


「そう?」とルナが言った。嬉しそうだった。


「記録を続けたら、字が上手くなった」


「そうかもしれない。毎日書いてると、手が慣れる」


「私も、書いてみます」


筆を持った。


書き始めた。


この世界の字は、転生補正で読めた。でも、書くのは初めてだった。


「ゆっくり書いて」とルナが言った。


「急いでいないですが」


「急いでいない人の字じゃない。落ち着いて」


「そうですか」


「手が緊張してる。力を抜いて」


「こうですか」


「もう少し」


「こう?」


「そう。それで書いて」


少し、書きやすくなった。


「なんか、ナギに教えてる感じがして、不思議」とルナは言った。


「そうですね。いつもは私が教えているので」


「ナギも、できないことがあるんだね」


「たくさんあります」


「どんなのが、あるの」


「字を書くこと、料理すること、道に迷わないこと」


「道に迷うの?」


「シロがいなければ、よく迷います」


ルナが、シロを見た。


シロが、誇らしそうな顔をした。


「だから、いつもシロが先を歩いてるんだ」


「そうです」


「そんなことも、あるんだね」とルナは言った。「ナギは、なんでも分かる人だと思ってた」


「分からないことの方が、多いです」


「でも、気になることは、ちゃんと分かる」


「それだけです」


ルナが、また紙を見た。


「じゃあ、続きを書こう。ベルクさんへの手紙」



ベルクへの手紙を、一時間ほどかけて書いた。


ルナが時々、字の形を直してくれた。


書き終えた。


読み返した。


春に都に行くこと。冬の森を観察して、土が冬の間に内側で変化していることに気づいたこと。春になると、その変化が表に出ること。農地でも似たことが起きている可能性があること。


「どう?」とルナが聞いた。


「書けたと思います」


「読んでみて」


「声に出してですか」


「うん。声に出すと、変なとこが分かる」


「そうですか」


声に出して読んだ。


一箇所、少し変な文があった。


「ここ、変だよね」とルナが言った。


「変ですか」


「言いたいことが二つ混ざってる感じがする」


「そうですね。分けます」


直した。


「これで良いと思う」とルナは言った。


「ありがとうございます」


「次は、カナさん?」


「そうです」


「カナさんには、何を書くの」


「農地の土のことと、ミアさんが良い仕事をしていたこと。それと、冬の間に考えた、回復の順番について」


「回復の順番って」


「農地が回復するとき、全部が同時に戻るわけじゃないです。順番があります。まず水が来る。次に土の生き物が増える。それから植物が増える。収量が増えるのは、一番最後です」


「時間がかかるんだね」


「かかります。でも、順番が分かれば、今どの段階にいるか分かります。どのくらいで次の段階に行くか、見当がつきます」


「カナさん、それを知りたがってると思う」


「そう思って、書きます」


「じゃあ、書こう」



カナへの手紙は、ベルクへの手紙より少し長くなった。


農地の回復の順番を、図にして説明しようとした。


ルナが、図の描き方を手伝ってくれた。


「こういう矢印を使うと、分かりやすいよ」とルナは言った。


「そうですね」


「ガルじいちゃんの記録帳に、こういう図が出てくる。見やすい」


「カナさんも、こういう図を使っています」


「カナさんの書き方が、伝わってるのかな。ガルじいちゃんに」


「記録帳を見ていて、そうなったのかもしれないですね」


「人の書き方を見てると、うつるんだね」


「うつります。字も、考え方も」


「ナギの考え方も、うつってるかも」とルナは言った。


「どこかに、ですか」


「私に。ガルじいちゃんに。ミアさんに。カナさんにも、少し」


「それは、嬉しいですね」


「うつっていい考え方を、持ってるってことだよ」


「ルナの考え方も、私に少しうつっています」


「え、どこが」


「全部、友達になれる。この考え方は、ルナから学びました」


ルナが、少し照れた顔をした。


「それ、うつしていいよ。どこにでも持っていって」


「ありがとうございます」



エイラへの手紙は、一番短かった。


農地の収量が戻るまでの期間の見通しを、正直に書いた。


楽観的な数字は書かなかった。


「短いね」とルナが言った。


「エイラさんは、長い手紙より、正確な情報を好む人です」


「どうして分かるの」


「会ったとき、単刀直入に聞いてきた人だったので」


「単刀直入って」


「遠回りしないで、聞きたいことを聞く、ということです」


「そっちの方が好きな人もいるんだね」


「います。人によって、好きな伝え方が違います」


「ベルクさんは」


「ベルクさんも、短い人ですが、少し丁寧さを好む人です。だから、季節の言葉を入れました」


「カナさんは」


「カナさんは、詳しく書いても読んでくれる人です。図も使えます」


「三人とも、違うんだね」


「違います。書き方を変えました」


ルナが、三通の手紙を並べて見た。


「同じナギが書いたのに、雰囲気が違う」


「そうですか」


「ベルクさんへのは、丁寧な感じ。カナさんへのは、詳しい感じ。エイラさんへのは、きっぱりした感じ」


「よく見ていますね」


「毎日、ガルじいちゃんの字を見てるから。字に、気持ちが出る、というのが分かってきた」


「そうですね。字に、書いた人が出ます」


「ナギの字、どんな感じに見える?」と聞かれた。


「私自身は、分からないです」


「私が言う」とルナが言った。


「どうですか」


「なんか、まっすぐ」


「まっすぐ」


「曲がってないというか、曲がっているけど、ちゃんと前に向かってる感じ。道に迷わない字」


「でも、私は道に迷います」


「字は迷わない。シロがいなくても、字は迷わない」


「面白い見方ですね」


「記録を毎日書いてたら、字を見る目ができてきた」


「ルナは、観察眼が育っていますね」


「観察眼って、何」


「観察する目のこと。物事をよく見る能力のことです」


「育った?」


「育っています」


ルナが、また三通の手紙を見た。


「送っていいよ。完成した」


「ルナが言うなら、完成ですね」


「そう。私が完成って言ったら、完成」


「ありがとうございます」



夕方、ガルに手紙を渡した。


「ラグル族に頼んで、届けてもらえますか」


「できます。アルドまで届けられる子が、います」


「お願いします」


ガルが手紙を受け取って、少し見た。


「字が上手いですね」


「ルナに直してもらいました」


「ルナに」


「ルナが、字を教えてくれました」


ガルが、少し表情を動かした。


笑ったとまでは言えないが、そういう顔だった。


「ルナが、凪様に何かを教えた」


「教えてもらいました」


「あの子が喜びます」


「喜ばせたくて、頼んだわけじゃないですが」


「分かっています。でも、結果として喜ぶと思います」


その夜、ルナは夕食のとき、少し得意そうな顔をしていた。


何も言わなかったが、そういう顔だった。


ガルが、私に目配せした。


言ったんですね、という目だった。


そうですね、と目で返した。



夜、窓から外を見た。


星が出ていた。


冬の星は、夏より鋭く光っていた。


空気が澄んでいるからだと思った。


「手紙を書いた」とシロに言った。


シロが、横にいた。


「初めて書いた。この世界に来てから」


シロが耳を動かした。


「話すのと、違う感じがしました」


また耳が動いた。


「話した言葉は、その場で消える。書いた言葉は、残る。残ることを知って書くと、少し変わるものがあります」


シロが、私を見た。


「何が変わったか、うまく言えないですが」


シロが尻尾を振った。


「大切なことを、書いた気がします。届くといいですね」


シロが、また窓の外を見た。


星が、冷たく光っていた。


手紙が、明日、ラグル族に渡される。


ラグル族が、アルドまで届けてくれる。


ベルクが読む。


カナが読む。


エイラが読む。


それぞれが、それぞれの読み方で読む。


そして、春になったら、また会う。


「春が楽しみになってきました」


シロが尻尾を振った。


「春まで、あとどのくらいかな」


シロが、窓の外を見た。


もうすぐ、という感じがした。


「そうですね。もうすぐですね」


星が、また少し輝いた。


冬の終わりの星だった。

三十七話目、書きました。


手紙を書くという行為が、この話の核でした。話し言葉と書き言葉の違い。ルナが「字に気持ちが出る」と言った観察。ナギの字が「まっすぐで、前に向かっている」という評価。ルナの観察眼が、この冬の間に育っていることが、こういう場面で分かります。


三人への手紙の書き方を変えた場面。同じ人間が書いても、相手によって書き方が変わる。それを、ルナが「雰囲気が違う」と見抜いた。記録を毎日書くことで育った目が、手紙の雰囲気の違いを捉えていました。


ルナが凪に字を教える、という逆転の場面を入れたかったのも、この話を書いた理由の一つです。凪がルナに教えることが多かったが、凪にも教えてもらえることがある。一方的に与えるのではなく、互いに何かを持っている関係の形が、ここで少し見えました。


次話では、春が来る話になります。そして、アルドへ向かう準備が始まります。


また明日。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)

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