第三十九話「アルドの農地に、隠れた問題があった」
三十九話目です。アルド編が始まります。
今回から、新しいアークに入ります。起承転結のある展開を意識しています。今回は「起」です。農地の問題が、表面的な問題ではなく、もっと深いところに原因がある、ということが見えてきます。
では、どうぞ。
アルドの都に着いたのは、出発から四日後だった。
春の道は、冬の道より歩きやすかった。
鳥の声が多かった。
草が伸びてきていた。
道の脇の花が、咲き始めていた。
シロが、鼻を動かしながら歩いた。
匂いが多い季節だった。
都の門をくぐったとき、門番が私とシロを見た。
「ラグル族を連れた転生者か」と門番が言った。
「そうです」
「ベルク調査部門から、話が来ていた。中に入っていい」
「ありがとうございます」
前回より、入りやすかった。
話が通っていた。
ベルクが、準備してくれていたらしかった。
◇
宿に荷物を置いてから、ベルクのところに行った。
調査部門の建物は、都の中心部にあった。
ベルクが、部屋で書類を見ていた。
私が入ると、少し顔を上げた。
「来たな」
「来ました」
「早かった」
「春になったら来ると言いましたから」
ベルクが書類を置いた。
「カナも来ている。少し待て」
しばらくして、カナが来た。
ミアも一緒だった。
「久しぶりです」とカナが言った。
「久しぶりです。ミアさんも」
「セルドから帰ってきました。記録が、大分溜まりました」
「見せてもらえますか」
「後で。今は、農地の話を先にしましょう」
◇
四人で、農地の問題を整理した。
ベルクが、地図を広げた。
「問題が出ている農地は、ここだ」
都の東側の区域を指さした。
「去年の秋から、土の硬さにムラが出てきた。作物の育ち方が、場所によって違う」
「硬い場所と、柔らかい場所が混在している」
「そうだ。カナが調べたが、原因が分からなかった」
カナが続けた。
「水の量は、変わっていません。肥料も、同じように入れています。でも、場所によって、土の状態が全然違う。何かが、地下にある可能性を考えていました」
「地下に何かある」
「そう思っていますが、特定できていません」
「明日、現地を見てもいいですか」
「もちろんです」
ミアが、記録帳を出した。
「私も、明日同行します」
「ありがとうございます」
◇
その夜、宿でトウが来た。
ベルクが、知らせてくれたらしかった。
扉を開けたら、眼鏡をかけたトウが立っていた。
「来てくれたんですか」
「ベルクさんから、凪が来たと聞いた」
「元気そうですね」
「元気だよ。眼鏡、ずっとかけてる」
「合っていますか」
「合ってる。前に作ってもらったやつは、少し大きくなった。だから、職人さんに頼んで、新しいのを作ってもらった」
「自分で頼んだんですか」
「うん。作り方が分かってきたから、細かいことを自分で言えるようになった。凪が来てくれなかったら、眼鏡があることすら知らなかった」
「職人さんが作ってくれたんです」
「凪が、最初に言ってくれたから始まった」
「きっかけを作っただけです」
トウが、少し笑った。
「それ、ベルクさんも言ってた。凪がいつもそう言うって」
「本当のことなので」
「じゃあ、俺が言う。凪が来てくれたから、俺の目が変わった。それは本当のことだ」
「ありがとうございます」
「それと、言いたいことがある」
「なんですか」
「前に、見えるようになったものを教えてって言ったよね」
「言いました。星を教えてくれましたね」
「うん。それから、また見えるようになったものが増えた」
「どんなものですか」
「果物の模様と、顔の表情」
「顔の表情が、見えるようになりましたか」
「前は、ぼやけてた。眼鏡をかけてから、ちゃんと見える。前より、人の表情が分かるようになった」
「それは、大きい変化ですね」
「怒ってるか、笑ってるか、前は近づかないと分からなかった。今は、少し遠くても分かる。だから、人と話しやすくなった」
「良かったです」
トウが、また少し笑った。
「あと一つ」
「まだありますか」
「うん。花の形が分かるようになった」
「花の形」
「前は、花があるのは分かってた。でも、花びらの形とか、中がどうなってるかとか、近づかないと見えなかった。今は、遠くから見ても形が分かる」
「それで、何かが変わりましたか」
「花が好きになった」とトウは言った。「前は、きれいかどうか、あまり分からなかった。今は、きれいだと思えるようになった」
少し考えた。
「見えることで、好きになれるものが増える」
「そう。だから、ありがとう」
「職人さんに言ってください」
「職人さんにも言った。でも、凪にも言いたかった」
「ありがとうございます」
トウが、果物を一つ置いていった。
「持ってきた。今年の春に出た、最初の果物」
「ありがとうございます」
トウが帰った後、果物を見た。
赤くて、丸かった。
「今年の最初の果物か」
シロが、匂いを嗅いだ。
食べたそうな顔をした。
「一緒に食べよう」
◇
翌朝、カナとミアと一緒に、農地に向かった。
オルトほど大きくはなかったが、広かった。
色々な作物が、植えられていた。
麦、野菜、豆の類。
歩きながら、感じ取った。
「何か分かりますか」とカナが聞いた。
「少し、感じます」
「何を」
「土の中に、ムラがあります。硬い部分と、柔らかい部分が、交互に現れている」
「場所によって、どのくらい違いますか」
「かなり違います。隣り合った場所でも、大きく違う部分があります」
ミアが、記録帳に書いた。
「地下に何かある、というのは、正しそうですか」
「正しいと思います。地下に、何か硬いものがあって、その影響で上の土がムラになっている」
「硬いもの、というのは」
「岩か、それとも別の何かか。感じてみます」
膝をついて、地面に両手を当てた。
深く、感じた。
地下に、何かがあった。
岩ではなかった。
それより、定期的だった。
「規則的なものが、地下にあります」
「規則的」
「等間隔に、何かが埋まっています。自然にできたものではないです」
カナが、少し前のめりになった。
「人工的なものですか」
「そうだと思います」
「何が埋まっているんですか」
「触っただけでは、分かりません。掘ってみれば分かります」
「どこを掘ればいいですか」
立ち上がって、歩いた。
感じながら歩いた。
止まった。
「ここです。ここの真下に、何かあります」
カナが、その場所を確認した。
「掘ってみます」
カナが道具を取り出した。
鋤で、土を掘り始めた。
一尺ほど掘ったとき、何かに当たった。
硬い音がした。
「当たった」とカナが言った。
土を払った。
石だった。
でも、ただの石ではなかった。
形が、整いすぎていた。
四角い形をしていた。
「これ」とカナが言った。
「人が作ったものですね」
「加工された石です。でも、なぜここに」
「他の場所も、掘ってみてください。規則的にあるなら、一定間隔で出てくるはずです」
カナが、別の場所を掘った。
また出てきた。
同じような、四角い石が。
ミアが、興奮した様子で書いていた。
「これは、何ですか」とミアが聞いた。
「分かりません。でも、かなり昔のものだと思います」
「なぜですか」
「石の表面が、かなり長い時間地下にいた感じがします。風化していないですが、土が染みています。百年以上前のものかもしれないです」
「百年以上前に、誰かがここに何かを作った」
「そうだと思います」
カナが、石を触った。
「何のために、こんなところに」
「分かりません。でも、これが農地の土のムラの原因だと思います。石が地下にあると、水の通り方が変わります。石の上と横では、水が違う動き方をする。それが、土のムラになっている」
「石を取り除けば、解決しますか」
「解決するかもしれないですが、石がたくさんあるなら、全部取り除くのは大変な作業になります」
カナが、周りを見た。
「どのくらいの範囲に、あると思いますか」
感じてみた。
「広いです。この農地全体に、網の目のように広がっているかもしれない」
「網の目のように」
「等間隔に、規則的に並んでいます。誰かが、計画的に並べたものだと思います」
「なぜ、そんなことを」とミアが言った。
「分かりません。でも、知りたいです」
「知りたいのですか」
「誰かが、計画的にここに石を並べた。それが、百年以上前のことだとすれば、何か理由があったはずです」
「理由を知ることが、解決につながりますか」
「つながるかもしれないです。理由が分かれば、石をどう扱えばいいか、分かるかもしれない」
ミアが、記録帳を閉じた。
「また、誰かが記憶を持っているかもしれないですね」
「そうですね。デルさんみたいな人が、ここにもいるかもしれない」
「探してみます」
「ありがとうございます」
◇
夕方、ベルクに報告した。
地下に石があること、規則的に並んでいること、百年以上前のものらしいことを話した。
ベルクが、静かに聞いていた。
「都の記録に、そういうものが残っているか、調べてみる」とベルクは言った。
「ありがとうございます」
「時間がかかるかもしれない。都の記録は、整理が行き届いていない部分がある」
「分かりました。その間、農地を歩き続けます」
「頼む」
ベルクが、少し間を置いた。
「一つ聞いていいか」
「なんですか」
「森の集落は、どうだった」
「良くなっていました。二十になっていました」
「二十、というのは」
「私の感覚の数字です。自分で回れる状態になっていました」
「それで、こっちに来た」
「そうです」
「良かったな」とベルクは言った。「あの集落が、良くなったのは」
「ルナとガルさんが続けてくれたからです」
「お前が、始めたからだろう」
「きっかけを作っただけです」
ベルクが、また口の端を上げた。
「お前は、本当にいつもそう言うな」
「本当のことなので」
「分かった」とベルクは言った。「都の記録、急いで調べる。こういう謎が、私は好きだ」
「そうですか」
「記録を掘るのは、土を掘るのと同じだと思っている。何が出てくるか、掘ってみないと分からない」
「面白い言い方ですね」
「お前が、土を掘ったら面白いものが出てきたと言うから、私も掘ってみたくなった」
「記録を掘ってみてください」
「掘る」とベルクは言った。
◇
その夜、石のことを考えながら眠れなかった。
誰かが、百年以上前に、農地の地下に石を並べた。
等間隔に、規則的に。
計画的に。
何のために。
セルドのデルが、おじいさんから聞いた話を持っていたように、ここにも誰かがいるかもしれなかった。
でも、百年以上前のことを覚えている人間は、限られていた。
記録の中にあるかもしれなかった。
あるいは、石そのものが、何かを語っているかもしれなかった。
「明日も、農地を歩こう」
シロが、隣で眠っていた。
耳だけ、少し動かした。
「明日、もう少し広い範囲を感じてみます。石の並び方のパターンが分かれば、何かが見えるかもしれない」
シロが、また耳を動かした。
「気になります」
シロが、尻尾を少し振った。
「明日、一緒に歩いてくれますか」
シロが、完全に顔を上げた。
当たり前だ、という顔だった。
「ありがとうございます」
シロが、また寝た。
今度こそ、ちゃんと眠る気らしかった。
「そうですね、私も寝ます」
目を閉じた。
石の並びが、頭の中にあった。
等間隔、規則的、百年以上前、計画的。
その理由が、明日、少し分かるといいと思いながら、眠った。
三十九話目、書きました。アルド編の始まりです。
トウの「見えるようになったものが増えた」という場面を入れました。果物の模様、顔の表情、花の形。眼鏡をかけてから、見えるようになったものが増えた結果、好きになれるものが増えた。見えることで、世界が広がる。凪が農地の地下を感じ取ることと、トウが花の形を見えるようになったことは、どちらも「見えることで世界が変わる」という同じ構造です。
地下に百年以上前の石が、規則的に並んでいるという発見。これが今回の起です。農地のムラという表面的な問題の下に、もっと深い謎が埋まっていた。誰かが計画的に並べた石。その理由が、次話以降で明らかになっていきます。
「記録を掘るのは、土を掘るのと同じだ」というベルクの言葉。ベルクというキャラクターが、この言葉で少し変わって見えてきます。物静かで、数字と書類の人に見えていたベルクが、実は謎を掘ることが好きな人だった。
次話では、石の謎を追います。起承転結の「承」に入ります。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




