97.番号の行き先
窓口から出ると、空気が変わっていた。
紙の匂いが濃い。人の声が硬い。
掲示板の前で、指が増えている。
指が増えるほど、原因が減る。
「監査が越権したらしい」
「公爵家の手先だ」
「ほら、やっぱり」
誰も札を読んでいない。
でも札の言葉だけが先に走る。
ミラは立ち止まらない。
止まれば、指がこちらへ向く。
袖の内側に、控えの紙がある。
農地の許可書の控え。
その端に、薄い鉛筆の番号。
ミラは番号を口にしない。
口にした瞬間、番号は噂になる。
ミラは裏道へ入った。
窓口の騒ぎから離れると、足音が減る。
足音が減ると、紙の擦れる音が聞こえる。
古い建物の裏手。
農政の出入り口だ。
表の玄関は札で閉じているが、裏はまだ順番が残っている。
木の札が吊ってあった。
《許可》
《照合》
ミラは《照合》の札の前に立った。
中に入る理由が欲しい。
理由がないと、順番が作れない。
窓の内側で、女の声がした。
「次の方」
ミラは声を低くして言う。
「許可書の控えです。番号の照合を」
窓が少し開く。
手だけが出てくる。
顔は出ない。顔は紙になるからだ。
ミラは控えの端だけを差し出した。
全部は渡さない。渡した瞬間、取られる。
手が紙を引く。
引く指が迷わない。
迷わない指は、慣れている。
「……この番号」
女の声が止まる。
止まった声のあとに、紙をめくる音が続く。
「登録台帳にあります」
ミラは息を吸った。
息は声にならないように、胸の奥へ押し込む。
「誰の農地ですか」
女の声が少しだけ硬くなる。
「名は言えません。札が要ります」
札。
ここは札が先だ。
ミラは言葉を変えた。
「行き先は」
紙をめくる音が止まる。
「……北の外れ」
北。
ミラの背中が冷える。
北は、今、消された線だ。
「耕作の許可は」
「通っています」
通っている。
追放の束に入っていても、許可は通る。
紙が矛盾を抱えたまま、前へ進む。
ミラは控えを引き戻した。
窓の隙間が閉じる前に。
「照合の控えを、二部」
女の声が小さくなる。
「……控えは出せません。混乱を避けるため」
同じ言い方。
窓口と同じだ。
ミラは机の端を思い出す。
叩けば順番ができる。
でも、ここで叩けば、ここが狩りになる。
ミラは叩かない。
代わりに、別の順番を取る。
裏口の横に、荷札の束が置かれていた。
木の札ではない。厚い紙の札だ。
運ぶための札。運ぶ順番の札。
ミラは札の端を見た。
欠けた角の印はない。
だから目立たない。
だから、混ぜられる。
その札の一枚に、同じ鉛筆の番号が書かれていた。
ミラは指を止めた。
止めた指を、袖で隠す。
札の見出しは短い。
《出荷》
出荷。
農地は、紙の先に物を出す。
追放は、人の行き先を消す。
でも出荷は、物の行き先を作る。
ミラは札を一枚だけ抜かなかった。
抜けば盗みになる。
盗みになれば、狩りが始まる。
代わりに、番号の写しだけを目で取った。
紙は持たない。
順番だけ持つ。
路地の奥で、荷車が軋んだ。
車輪の泥は新しい。
北へ向かう泥だ。
ミラは唇の内側で、甘い匂いをもう一度確かめた。
番号は、農地へ続く。
農地は、出荷へ続く。
そして北の線へ続く。




