表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽情報の王国で、仮面は割れる  作者: 梓水あずみ
北線の削除

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/157

93.窓口の順番


ミラは縄の外に残った。馬車は動かない。動かないほど、周りの目が動く。目が動くと、原因が決まる。


腕章の男は紙束を抱えたまま、縄の札をもう一度見上げた。

《保護対象》

その下の《取消》が、まだ湿っている。貼ったばかりだ。


ミラは結び目を見る。毛羽立ち。擦れ。指が迷った跡。


「急いだ」


誰が急いだかは言わない。言えば紙になる。


リオが去ったあと、通りは少しだけ静かになった。静かなときほど、耳が札を読む。


「遺留品って、何が入ってるんだ」

「死んだ証拠だろ」

「まだ、見てないのに」


ミラは視線を上げない。上げれば声と目が繋がる。


馬車の幌の内側で、布が一度だけ擦れた。生きている音。

でも、ここで言い切ると、次に来る紙が決まる。


ミラは足元の石畳へ視線を落とした。車輪の泥。踏み台の靴跡。揺れた跡。

靴跡の先が、縄の結び目の真下で途切れている。そこで立ち止まって、札を見上げた者がいる。誰かが順番を取った。


腕章の男が、ミラへ言った。


「離れてください」


「条文は」


「……必要な手続きです」


同じ言い方。札の言い方だ。


ミラは一歩も動かない。動けば押し返せる。押し返せば連行できる。

その順番を、ここで作らせない。


男が紙束から一枚を抜き、掲示板の方へ向けた。

《保護対象 取消》

見せる。見せれば、外が決める。


決める前に、別の場所で順番を取る。

ミラは息を吐いた。


アークは窓口へ札を置きに行かせた。狩りの場ではなく、順番の場へ。

窓口は、紙が紙を飲む場所だ。


ミラは縄から視線を切って、裏通りへ入った。


役所の受け取り窓口は、昼前でも列が短い。列が短いのは、みんなが掲示板へ行くからだ。


窓口の前には木の板が立っている。札が並ぶ。

《受領》

《保管》

《返却》


板の端に、小さな空きがある。誰かが札を置く場所。


リオが来ていた。掌を開いたまま、札の端だけを指で挟んでいる。

《受領拒否》

《控え要求》


「置ける?」


ミラが聞くと、リオは軽く頷いた。


「置くのは置ける。でも、置いたら“置いた順番”になる」


「なる」


ミラは言った。


「だから置く」


順番は取らないと奪われる。


リオが札を板の空きに滑らせた。木札は音を立てない。立てないように置いた。


置いた瞬間、窓口の職員が目を上げた。


「これは、どなたが」


リオが笑いそうになって、笑わない。


「置いただけ。読めるなら読んで」


職員が札を見て眉を寄せる。


「控え、ですか」


「ええ。控えがないと、後で揉めるでしょ」


職員の背後で、別の腕章が動いた。宰相府の縫い目。新しい。


男が紙を一枚、窓口の板に置く。

《受領代理》


字が揃いすぎている。墨が濃い。


ミラは札の角を見る。欠けた角の印。同じ手。


宰相府の男が、穏やかな声で言った。


「当該遺留品は、宰相府が受領します。混乱を避けるため」


職員は紙を見て、手を止めた。紙は人の手を止める。


ミラは紙の上に、木札を置かない。重ねた瞬間、同じ束になる。


代わりに、職員の視線の先へ指を向けた。


「この窓口の板は、受領の順番を示すためにある」


「……」


「代理なら、代理の控えを出して。二部。ここに置く」


宰相府の男が微笑む。


「控えは不要です」


不要。不要と言えるのは、勝っている側だ。


リオが一歩だけ前へ出る。軽い声で、重い言葉を置く。


「不要なら、ここで“不要”の札も出してよ。順番で」


宰相府の男の微笑みが薄くなる。薄くなるのは、紙が足りないときだ。


男は紙束を抱え直した。守る仕草。守っているのは人ではない。


「後ほど」


「後ほどは、いつ」


ミラが言った。


男は答えない。答えない代わりに、紙をもう一枚、板へ置いた。

《移送完了》


完了。まだ馬車は動いていない。


完了は、先に書ける。書けば、完了になる。


ミラは喉の奥が冷える。


紙が現実を追い越した。追い越された現実は、置き去りにされる。


ミラは板の上の札を見た。

《受領拒否》の横に、《受領代理》が並ぶ。


順番が二つに割れた。


割れた順番の間に、まだ空きが一つある。


誰が次を置く。


置いた者が、次の生死を決める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ