71.白い手袋のしまい方
夜の帳場で、灯りを一段落とすと、紙の白さだけが先に残る。
アークは机の端に置いた黒札を見たまま、しばらく手を動かさなかった。
《役所内》
《倉庫横》
伏せた“捜索”札。
線は増えた。
足も見えた。
証拠も、揃いすぎるほど机に乗った。
揃いすぎるのが怖い。
揃いすぎた証拠は、相手が用意した証拠になる。
相手が用意した証拠で、こちらが動けば、こちらが狩りの中に入る。
狩りの中に入ったら、セレナの線は見えなくなる。
ミラが机の反対側で、紙片を指で押さえている。
《未戻》
二文字だけ残った手帳片。
「鍵番が動きました」
ミラが言った。
「結び目が新しい。夜のうちに触っています」
「触った理由は」
アークが聞く。
「入れ替えです。鍵束を“正しい順番”へ揃えるため」
揃える。
札と同じだ。
役所の鍵も、札と同じように揃えられる。
揃えられた鍵は、門を開ける。
黒点の門。
リオが窓際で言った。
「倉庫横の搬入口、同じ靴跡が二つだった」
「制服の足だ」
制服の足は組織の足。組織の足は門の内側に繋がる。
アークは黒札を伏せたまま、息を吐いた。
「……内側は、こちらに“入れさせたい”」
ミラが言う。
「入れさせた上で、狩りの責任をこちらへ寄せたい」
寄せる。
紙の仕事だ。
寄せられた責任は、紙より重い。
重いものは沈む。
沈んだら拾えない。
「入らない」
アークが言った。
「入る前に、外で折る」
外で折るために、外の机の脚をもう一本拾う。
ミラが机の上に、細い紐を置いた。
「倉庫横の封、これです。封蝋を削った粉が付いてました」
封を開けて閉じ直す。
閉じ直した封は、正しさに見える。
正しさに見えるから、疑われない。
「封が“正しい形”になった瞬間に、狩りが走る」
アークは言う。
「走らせないために、順番を戻す」
「戻す順番は、生活」
ミラが言った。
「通報の前に、配給」
「そのために、鍵番の順番を崩す」
アークは黒札を一枚、表へ返した。
《鍵番》
札は紙じゃない。
でも、札が紙より先に動けば、紙の順番を変えられる。
リオが笑う。
「鍵番を折るのかよ」
「折る」
アークは言った。
「鍵番が折れれば、門は焦る」
焦れば札が落ちる。
落ちた札を拾えば、門が見える。
「……黒点の札が落ちる」
ミラが言う。
「落ちたら、拾う」
アークは頷いた。
拾う順番だけは、こちらが決める。
狩りの順番じゃない。
救う順番だ。
灯りを落とした帳場で、紙の白さが静かに残る。
残った白さの奥で、黒点の門が呼ぶ。
呼ばれても行かない。
行かずに、外で折る。
折った音で、門を揺らす。
揺れた門から落ちる札を拾う。
そのための夜だ。




