72.名前を伏せて進む朝
朝の帳場は、紙を置く音だけがはっきり響く。
誰も大声を出していない。
なのに、静かでもない。
机の上には、昨夜の布包みがまだある。
欄の切れた紙。
処理印に寄せられた記号。
《未戻》の二文字が残る手帳片。
アークはそれを開かず、先に木札を並べた。
《帳場》
《鍵番》
《倉庫横》
《役所内》
並べるだけで、順番が目に見える。
見える順番は、戻せる。
ミラが控え板を机へ置いた。
鍵束の控え。紐の結び目が新しい。
「夜のうちに触られています」
ミラが言う。
「触られた場所は」
「役所内。閲覧庫の鍵です」
閲覧庫。
旧記録庫に近い。
近いほど、黒点が出る。
リオが帳場の窓から外を見て言った。
「役所裏、灯りが二つ多いままだ」
夜の灯りが多いと、夜に紙が動く。
夜に動いた紙は、朝に正しさになる。
「正しさが朝に配られる前に、順番を戻す」
アークが言うと、ミラが頷く。
「生活を先に置く」
「置くために、鍵番へ触る」
触るのは刃物じゃない。
結び目だ。
結び目は、紙より小さい。
小さいから見落とされる。
見落とされた結び目が、門を開ける。
「……鍵番は誰だ」
アークが問う。
ミラが短く答える。
「役所の男一人。宰相府の男一人。二人で交代してます」
二人で交代するのは、嘘を混ぜるためだ。
一人だと癖が出る。
二人なら癖が薄まる。
薄まっても、足は残る。
リオが言う。
「制服の靴跡、二つ。細い踵」
同じ靴。
同じ歩幅。
制服の足。
「足を拾う」
アークは言った。
「鍵番がどこへ戻るか」
戻る場所が巣だ。
巣が分かれば、門は閉じられない。
ミラが控え板の端をなぞる。
「ここ、紙の粉が付いてます。封蝋も」
封を開けて閉じ直す匂い。
「閲覧庫の記録が、朝のうちに差し替えられた」
ミラが言う。
「差し替えられた記録で、通報が正当化されます」
正当化。
紙が一番好きな言葉だ。
アークは木札を一枚伏せた。
《役所内》
伏せるのは、今は触らない印。
触ると門が閉じる印。
「触るのは鍵番」
アークは言った。
「鍵番の順番を崩せば、記録は揃えられない」
揃えられない記録は、正しさになれない。
正しさになれないなら、狩りは遅れる。
遅れた隙に、生活を先に置ける。
ミラが言う。
「役所前の掲示、通報の紙が薄くなりました」
「薄くなったのは、列が生活を先に言い始めたから」
アークが答える。
「薄いうちに、順番を戻し切る」
戻し切るために、足を拾う。
拾って、結び目を崩す。
崩れた結び目から、黒点の札が落ちる。
落ちたら拾う。
拾った札で門を開ける。
門の向こうへ行くのは、そのあとだ。




