表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽情報の王国で、仮面は割れる  作者: 梓水あずみ
北線の削除

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/157

70.止まらないための言い方



夜の帳場は、紙をめくる音だけが残る。


ミラが乾かしていた控え紙を重ね終えるころには、灯りの芯が少し短くなっていた。

机の上には、布に包んだ断片が二つ。

欄の切れた紙と、手帳片。

どちらも、言い切るには足りない。

足りないのに、放っておくには重すぎる。


リオが壁から背を離した。


「で、明日の動きだ」

「役所内を取るのはいい」

「でも、その前に決めとけ」


アークは木札を並べたまま顔を上げない。


「何を」


リオは机の黒札を指で叩いた。


「セレナの線を、どっちの側で回すかだ」

「捜すのか」

「死んだ前提で急ぐのか」


ミラの手が止まる。

乾いた布を握ったまま、机の端を見る。


「……二つに分けないでください」


リオはすぐに噛みつかない。

言い方を一段落として返す。


「分けてるのは俺じゃない」

「向こうだ」


アークが白手袋の指で木札の位置を少しずらす。

《役所内》を中央へ。

《倉庫横》をその右へ。

伏せた“捜索”札は左の端に残したまま。


「相手は“戻らない”で処理を進めてる」

「それはもう見えた」


ミラが布を置く。


「見えたのは、そう読ませる形です」

「記号も、広場の言葉も、手帳片も」

「全部、そう受け取らせる向きに揃ってる」


リオが短く笑う。

笑いというより、息を切る音に近い。


「だから厄介なんだろ」


一歩、机へ寄る。


「公の紙」

「現場の口」

「報酬の札」

「机の癖が残った手帳片」


「ここまで揃ってて、まだ“たまたま”で引っ張るのは危ない」

「俺たちだけ遅れる」


ミラはアークではなく、机の布包みを見る。


「“たまたま”なんて言ってません」


声は小さい。

でも、逃げていない。


「ただ、死んだ前提に寄せるほど、向こうの形に乗る」

「それが嫌なんです」


帳場の外で、廊下板が一度だけ鳴る。

執事だろう。

近づかず、通り過ぎる足音だった。


アークはその音を聞いてから、ようやく二人を見た。


「どっちも正しい」


リオが眉をひそめる。


「便利なまとめ方だな」


アークは首を振る。


「まとめてない」

「役目が違うと言ってる」


机の端の伏せ札に触れる。


「ミラは、捨てない役だ」

「まだ切れてない線を切らない」


次に黒札へ触れる。


「リオは、遅れない役だ」

「街が先に動いた前提を、こっちの机へ持ち込む」


リオの口元から軽さが消える。

茶化さない顔だ。


「で、お前は」


アークは少しだけ間を置いた。


「止まらない役だ」


短い返事だった。

だが、二人とも何も挟まない。


アークは木札を三つ、一直線に置き直す。

《役所内》

《倉庫横》

黒札。


「明日は二本で動く」


リオが先に受ける。


「役所内と倉庫横」


「そうだ」

「役所内で、未戻を処理印寄りに寄せた手を拾う」

「倉庫横で、切り替え紙がどの帳面に戻るかを見る」


ミラが低く聞く。


「セレナの線は」


アークは伏せていた“捜索”札を表にしない。

伏せたまま、左へ半歩だけ寄せる。


「残す」


それから続ける。


「ただし、明日の命令では名前を前に出さない」


ミラの視線が上がる。

反発より先に、意味を取りにいく目だ。


アークは言う。


「『セレナのために』で動くと、向こうに読まれる」

「焦りを使われる」


リオが鼻で笑う。


「それはそうだな」

「喪に食いつく連中だ」


ミラはすぐには頷かない。

でも、問い方を変えた。


「……じゃあ、何のために動くと言いますか」


アークは机の欄切れ紙を指で押さえる。

《戻し先》の文字が見える位置で止める。


「戻し先を、こっちへ取り戻すためだ」


リオが目を細める。


「人じゃなく、言い方から入るのか」


「人もだ」


アークは返す。


「でも明日は、先に言い方を揃える」


ミラが紙を見る。

欄の切れた先の白さを、少し長く見た。


「……“死んだ前提で進める”じゃなくて」

「“戻し先を奪い返すために進める”」


アークは頷く。


「そうだ」


リオが小さく肩を回す。

腹を決める前の癖だ。


「分かった」

「俺は役所前から入る」

「切り替え紙を運ぶ足を一本、倉庫横まで繋ぐ」


アークがすぐに修正する。


「一本じゃない」

「明日は二本見ろ」


リオが眉を上げる。


「もう一本は」


「偽の困り顔を配るやつだ」

「役所内で順番が戻されると、別の場所で口を立てる」


リオの口角が上がる。

いつもの軽さに見えるが、目は冷えたまま。


「顔の仕事、続きだな」


アークはミラへ向く。


「ミラ。これを見ろ」


欄切れ紙ではない。

手帳片のほうを差し出す。


ミラは受け取り、灯りの近くへ寄せる。

《北線》《移送》《未戻》の薄い文字。


「明日、役所内で探すのは本文じゃない」

「欄外の順番だ」


ミラが顔を上げる。


「確認順の癖……」


「そうだ」

「同じ机の人間がまだ触ってるなら、本文は消しても欄外の順番が残る」


ミラの返事は早かった。


「見ます」


同じ人の連続した言葉だったが、そこでアークは一度だけ沈黙を挟んだ。

机の上の灯りを、少しだけ左へ寄せる。


「それと」


ミラは手帳片から目を離さずに待つ。


「“未戻”を見つけても、その場で顔を変えるな」

「見えたときほど、手を止める」


ミラの喉が小さく動く。

きつい命令だ。

それでも、頷く前に言葉で返した。


「……やります」


リオが横から言う。


「俺にもそれ言えよ」


アークは視線だけで返す。


「お前には別のを言う」


リオが鼻を鳴らす。


「何だよ」


「先に走るな」

「行き先だけ拾え」


リオは一瞬だけ黙ってから、苦く笑った。


「今日の役所前と同じか」

「分かった。取る前に繋ぐ」


三人の間に、やっと机の形が戻る。

意見は揃っていない。

でも、明日の手順は一本になった。


そのとき、執事が扉の外から低く告げた。


「旦那様。表門の見張りより」

「夜半に役所使いが一名、南へ。戻りで箱なしとのこと」


リオが先に反応する。


「切り替え紙の追加か」


アークは扉へ向かずに聞く。


「戻りの足取りは」


扉の外で、執事が少し間を置く。


「速くはなく、軽かったと」


アークの目が細くなる。

紙だけ運んだ帰り足だ。


「分かった。下がっていい」


足音が去る。


ミラが手帳片を布へ戻しながら言う。


「今夜も動いてる」


アークは頷く。


「だから明日で足りなければ、明後日も取る」


リオが机の黒札を指で弾いた。


「止まらない、ってそういう意味か」


アークは短く答える。


「そうだ」


それから、二人を見る。


「確定はしない」

「でも、止まらない」


リオは頷いた。

今度は迷いの少ない動きだった。


ミラはすぐには頷かない。

代わりに、伏せたままの“捜索”札を指先で整える。

角を、机の木目にまっすぐ合わせる。


捨てていない、という返事だった。


灯りを落とす前、アークは木札をそのまま残した。

《役所内》

《倉庫横》

黒札。

そして左端の、伏せた札。


名前を口にしない机は、いつもより冷たく見えた。


けれど、止まってはいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ