表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽情報の王国で、仮面は割れる  作者: 梓水あずみ
手続きが正義を作る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/157

51.戻し先の欄



朝の役所前は、昨日より静かだった。


静かなのに、列は長い。

長い列ほど、怒りが育つ。


育った怒りは、紙に向く。


紙が貼られる前に、怒りは貼り付く。


アークは石柱の陰で、列の真ん中を見ていた。


先頭じゃない。

真ん中だ。


真ん中に混ぜれば、狩りは広がる。


窓口札が掛けられる。


《配給相談》


少し間を置いて、《通報受付》。


通報が後なら、まだいい。

後なら、生活が先に来る。


でも“後”は紙で変えられる。


補助役の女が木盆を持って現れた。

盆に札が並ぶ。


並び方が綺麗すぎる。

綺麗すぎる並び方は、整えている並び方だ。


整えるのは、机。


盆の端に、角の色が違う札。


赤点。


女が列の真ん中で足を止める。

止めた場所が、昨日と同じだ。


同じ場所で混ぜるのは、癖だ。

癖は足に出る。


女は母親へ札を渡し、次の男へ札を渡し、その次——苛立って周りを見ていた若い男へ赤点を滑らせた。


若い男は受け取ってすぐ見ない。

握る。


“特別”だと分かっている握り方。


アークが低く言う。


「そこ」


ミラが裏手から現れた。

走らない速さで、横へ並ぶ。


「裏で薄箱が一つ減ってます」


「補助役が持ち出してる」


繋がった。


アークは列へ入った。

押しのけない。

配給相談の列に並ぶふりで、若い男の二人前へ立つ。


若い男が舌打ちする。


「割り込むな」


アークは振り向かない。


「割り込んでない。順番を見てる」


この返しは、役所前で使う言葉じゃない。

男の意識が一瞬ズレる。


その隙に、アークは窓口へ声を通した。


「その札、配給相談の札じゃない」


列の顔が一斉に動く。

若い男の手を見る。


男は反射で握り込む。

隠す動き。


隠す動きが、答えだ。


アークは男を掴まない。

指さしもしない。


窓口の若い文官を見る。


「確認してくれ」


「列の札の色が違う」


文官が固まる。


補助役の女が一歩下がる。

下がり方が早すぎる。


リオが軒下から出てきて、何でもない顔で女の前に立つ。


「落としたぞ」


言いながら、足元の札を拾うふりをする。

実際には落ちていない。


道を塞ぐ軽口だ。


女が避けようとする。

その動きで、木盆の底が見えた。


赤点の札がもう一枚。


盆に予備を持っている。


リオの笑いが消える。


「へえ。朝から親切だな」


役所前の空気が変わった。


今まで“怒る順番”に流れていた視線が、盆へ向く。

誰が何を配っているか、を見る目になる。


文官がようやく動く。


「札を確認します」


若い男は反発しかけて、周りの目を見て止まる。

ここで騒げば、自分が“特別な札を持っていた人間”になる。


男は舌打ちして札を出した。


角に小さい赤点。


配給相談札の体裁だが、裏面の記号が違う。


文官の顔色が変わる。


「これは……」


言い切れない。


知らないのか。

知っていて言えないのか。


どちらでもいい。

列にはもう見えた。


アークは畳みかけない。

説明の言葉を置かない。


代わりに、列の母親へ視線を向ける。


「先に配給相談を通してください」


「子どもが待ってる」


母親がはっとして子どもの手を引く。

文官も反射で頷く。


列の順番が戻る。


たったそれだけで、空気の向きが変わった。


通報より先に生活が来る。


補助役の女が木盆を抱え直し、逃げるように下がる。


リオは追わない。

追わずに、盆の端だけ見る。


ミラは列の外から、若い男の靴を見る。

逃げるか、残るかを決める足だ。


男は残った。


残ったまま、周りの目を避けている。

使われる側だ。


役所の扉の奥で、別の文官が走る音がした。

遅い。


だが反応はした。


アークは石柱の陰へ戻る。


これ以上前に出ると、今日の主役がアークになる。

主役にするべきは、列の目だ。


リオが寄ってきて小声で言う。


「女の盆に赤点、もう一枚」


「朝だけじゃない。予備も持ってる」


ミラも短く報告する。


「裏の薄箱、戻ってません」


「役所の中にまだあります」


アークは扉を見る。

扉の向こうで、慌てて順番を戻そうとしている音。


「いい」


短く言って、列を見る。


さっきより遅い。

でも崩れていない。


怒りを先に走らせる朝にはならなかった。


通報受付の札が、いったん外された。


列の誰かが小さく笑った。


嘲りじゃない。


「やっと順番が戻った」という息の笑いだ。


アークはその音を聞いて、石柱から離れる。


今日はここで十分だ。


次に必要なのは、役所前で混ぜる札じゃない。


その札をどこで“役所の札に見える形”へ揃えているかだ。


リオが聞く。


「次、どこ」


アークは答えた。


「札屋の奥じゃない」


「札屋に札を渡す帳面の机だ」


机へ続く一本の脚が、いま見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ