34.捨て紙の底の欄
役所の裏手には、朝の顔と昼の顔のあいだが溜まる。
剥がされた掲示紙、窓口で書き損じた控え、列の順番を書き直した札。
丸められて、積まれて、誰にも読まれない紙だ。
アークは役所裏の木箱の陰にしゃがみ、捨て紙の束をほどいていた。
白手袋の指先で、破らないように端だけを開く。
「……本当にここ読むのか」
背後でリオが小声で言う。
「臭いし、汚いし、当たり外れが多い」
「だから残る」
アークは紙から目を上げない。
「見せたい帳面は片づける。捨てた紙は、片づけた気になる」
ミラは見張りの位置で立っていた。
裏口と通りの角、その両方が見える場所だ。
「文官、二人。片方は見回り。もう片方は運び」
「まだこっちは見てません」
アークは頷き、丸められた紙を一本開く。
配給相談の控え。
途中で消された名前。
書き直された時刻。
どれも小さい。だが小さいから、手の癖が残る。
次の紙を開く。
窓口札の控え。さらに次。
通報受付の仮札。赤点の記号はない。
「外れが続くな」
リオが言う。
アークは返事をしない。
紙束の底に薄い半裁が挟まっていた。
角が欠け、端にだけ墨が残っている。
白手袋の指が止まる。
《南-赤点 一》
《戻し先 役——》
そこまでで切れている。
だが欄の形は、机の上で見た紙片と同じだった。
リオが顔を寄せる。
「役……役所前か?」
「断定は早い」
アークは紙を裏へ返す。
裏には、別の控えの写り跡が薄く残っていた。
「でも、役所の中で“戻し先”を書いてるのは確かだ」
ミラが低く言う。
「札屋の外じゃなく、役所側で欄を作ってる」
その言葉に、アークはようやくミラを見た。
「そうだ。南で全部決めてない」
「南は切り替える。役所側で戻し先を確定する」
裏口の方で、木箱を置く音がした。
ミラの視線が動く。
「来ます。若い文官」
三人は同時に紙から手を離した。
アークは開いた紙を元の束へ戻す。順番も崩さない。
リオは木箱の影から半歩ずれ、ただの荷役待ちに見える位置へ出る。
ミラは視線を通りへ流し、見ていない顔を作る。
若い文官が丸め紙の箱を蹴って、鼻をしかめた。
「なんでこんなに増えてる……」
ぼやきながら、上の束だけを掴んで持っていく。
底は見ない。
底を見ない人間の動きだった。
文官が去ったあと、リオが息を吐く。
「助かったな」
「違う」
アークは小さく首を振る。
「慣れてるだけだ。捨て紙の底を読まれると思ってない」
アークは拾った紙片を外套の内に入れた。
証拠としては弱い。
だが線としては強い。
「次は役所前じゃない」
アークが言う。
「配給所だ」
リオが眉を上げる。
「なんでそっちに飛ぶ」
「“戻し先”が役所前なら、赤点は列に混ざる」
アークは短く答える。
「混ざった札が、最後にどの帳面へ戻るかを見る」
ミラがすぐに頷く。
「配給所の名簿」
アークの目が細くなる。
その答えで足りた。
「ミラ、明日は配給所を見ろ」
「列じゃない。名簿と、札を戻す手を」
ミラは「はい」とだけ返した。
声は小さいが、もう次の場所を見ている声だった。
リオが肩を回す。
「俺は?」
「役所前の火付け役の“二声目”を拾え」
「今日は一声じゃない。戻し先があるなら、必ず二度目で調整してる」
リオの口角が上がる。
「いいな。ようやく“誰が最初か”の次だ」
役所裏の風が、丸め紙を一本だけ転がした。
誰にも読まれないはずの紙が、石畳で小さく音を立てる。
アークはその音を聞きながら立ち上がる。
捨てた紙に、机の欄が残る。
なら次は、戻された札に、誰の手が残るかを見る。




