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偽情報の王国で、仮面は割れる  作者: 梓水あずみ
北線の削除

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141/157

141.三つの席札



北二番控室へ続く渡り廊下は、人が三人並ぶと詰まる幅しかなかった。


右は壁。

左は中庭へ落ちる手すり。

逃げ道は前か後ろだけだ。


前から、木箱を抱えた役人が二人来る。

細長い箱だ。

箱の側面には、四角へ斜め線を一本引いた印がある。


灰布第四束の印だった。


「止まれ」


リオが言う。


先頭の役人は止まらない。

箱を運ぶことを優先した歩き方だ。

その後ろで、もう一人の下働きが肩をきしませている。

箱の重さに慣れていない。


「直轄だ」

「道を空けろ」


黒い腕章の男が言った。


「その箱をどこへ入れる」


ミラが聞く。


「北二番控室だ」


「中身は」


「照合用紙だ」


短い返事だった。

だが、短すぎた。


その瞬間、後ろの下働きの足が止まる。

床に落ちていた赤い糸を踏んだのだ。

糸が靴裏に絡み、体が前へ傾く。


箱が傾く。


落ちる。


その前に、リオが動いた。


箱の底へ手を入れる。

同時に、下働きの肘もつかむ。

箱だけを取らない。

人ごと支える。


重い音が、リオの腕へ落ちる。

だが床には落とさない。


下働きが息を呑んだ。


「す、すみません……」


「離すな」


リオは短く言った。


一緒に持ち直す。

箱は渡り廊下の壁際へ寄せられた。

だが、蓋が半分ずれた。


中身が見えた。


白い紙。

黒い紐。

薄い板札。

それから、木でできた小さな席札が三枚。


ミラはすぐにしゃがんだ。

蓋を押さえるより先に、見えるものを読む。


一枚目。


《石洗場裏 湯番女》


二枚目。


《東三路 古宿出入人》


三枚目。


《南七区 遺児本人》


女書記が息を止める音がした。


石洗場の女も、それを見た。

自分に向けられた席札が、木の板にもう書かれている。


「……何だい、これ」


誰にともなく出た声だった。


黒い腕章の男が、すぐ箱を閉めようと手を伸ばす。


「見るな!」


その手を、リオが箱の上から押さえた。


「先に名前があるのか」


男は顔をしかめる。


「聞き取りの準備だ」


「準備で、座る人間まで決めるのか」


ミラはもう一枚、白い紙を抜いていた。

紙はまだ綴じられていない。

上端に欄がある。


《場所》

《聞取者》

《確認者》


その下に、もう文字が入っていた。


《東三路 石洗場裏》

《北二番控室》


まだ話を聞いていないのに、

場所だけは先に入っている。


ミラは次の紙を見る。


《対象》

《南七区 遺児》


そこまで書いてある。


下の申述欄は空いている。

だが、上の欄はもう埋まっていた。


「紙を作る前提で運んでる」


ミラが言う。


「聞けるかどうかじゃない」

「ここへ座らせるところまで先に決めてる」


石洗場の女が後ずさる。


「私は行かないよ」


黒い腕章の男がすぐ返す。


「任意の確認だ」

「怯える必要はない」


「任意なら、席札を先に作らない」


ミラは箱の中の木札を持ち上げた。


「しかも三人分きっちりある」

「人数も役も先に決まってる」


後ろからついてきた年嵩の男が、廊下の奥をのぞいた。


「部屋、開いてるぞ」


みんなの目が、北二番控室の半開きの扉へ向く。


扉は完全には閉まっていなかった。

中が少し見える。


机が一つ。

椅子が三つ。

水差しが一つ。

書き板が三枚。


そして机の向こう側、聞き取り役の席には、もう砂皿と印泥が置いてある。


石洗場の女が低く言った。


「話を聞くだけの部屋じゃないね」


その通りだった。


水差しは一つしかない。

聞く側の席だ。

座らされる三人の前には、薄い木板だけが置いてある。

書くための板だ。


女書記が扉の中を見て、さらに言う。


「机の端に、署名砂もあります」

「書いたあと、すぐ乾かすつもりです」


書く。

乾かす。

綴じる。


順番が見えた。


靴磨きの子が、床を見ていた。


「黒い跡」


「どこ」


ミラが聞く。


「扉の中まで続いてる」

「さっきの箱の底と同じ」


箱の底を見れば、黒い粉が薄くついている。

綴り紐の煤だ。

紙束を急いで結び直したときにつく汚れだった。


「控室で紙を作って」

「その場で綴る気だね」


ミラが言う。


黒い腕章の男が、今度は箱ではなく石洗場の女へ手を伸ばした。


「来い」

「すぐ終わる」


その前に、リオが女の前へ入る。


「その人は行かせない」


「任意だと言っただろうが」


「任意なら、先に帰る道も見せろ」


男が止まる。


リオは北二番控室の扉をあごで示した。


「入る前の札はある」

「座る席もある」

「書く紙もある」

「帰る札はどこだ」


廊下が静かになった。


石洗場の女が、ゆっくりリオを見る。

その横で、下働きの若い男がまだ箱を抱えたまま固まっている。


さっき自分を支えた手の人間が、

今度は別の誰かの前にも立っている。

それを見た顔だった。


黒い腕章の男が苛立って言う。


「邪魔をするな」

「その女は確認が必要だ」


「じゃあ、こっちは何だ」


ミラが三枚目の席札を持ち上げた。


《南七区 遺児本人》


そこだけ、廊下の空気が変わる。


石洗場の女が息を呑む。

年嵩の男が札とリオの顔を見比べる。

女書記の指が止まる。


リオ自身も、その木札を見た。


呼びたい人間は、最初から一人ではなかった。

石洗場の女を前に出し、

古宿の出入り人を横へ置き、

最後に、自分を座らせるつもりだったのだ。


ミラが低く言う。


「欲しいのは証人だけじゃない」

「リオ本人だ」


黒い腕章の男が、ようやく一歩引いた。


引いたのは諦めたからじゃない。

廊下の奥で、別の靴音が増えたからだ。


応援が来る足音だった。

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