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偽情報の王国で、仮面は割れる  作者: 梓水あずみ
北線の削除

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140/157

140.呼出札の行先



リオは渡り廊下を駆け上がった。


上から落ちてくる声が、もう場所をはっきり言っている。


「東三路――石洗場裏――」

「旧記録照合のため、知る者は北の中庭へ申し出よ!」


申し出よ、という言い方だった。

だが、声の向きはそうじゃない。

知っている者を前へ出させて、群衆の前へ立たせる声だ。


後ろからミラが追いつく。

靴磨きの子と女書記も来る。


「張り出し台の裏!」


ミラが言う。


「読み上げ役の後ろに、札を並べる机があるはず」


北の中庭へ戻ると、群衆の形がさっきと変わっていた。


さっきまでは白い切り紙を見ていた目が、いまは東側の通路へ流れている。

誰が石洗場裏を知っているか、探す目だ。


張り出し台の横で、読み上げ役が白い紙ではなく、灰色の細い札を持っていた。

その札を見ながら、同じ文をもう一度読む。


「東三路、石洗場裏!」

「古い宿のことを知る者、前へ!」


張り出し台の裏には、小机が一つ出ていた。

その横に、小さな車が止まっている。

下廊下で見た細い車輪の跡と同じ幅だ。

右の車輪だけ、輪の端が欠けている。


灰色の札を運んできた小車だった。


机の上には、灰色の札が三束。

赤茶の印泥。

札を切る小刃。

札を押さえる石。

並べ方が慣れている。


読むための机だ。

その場で作るための机でもある。


「やっぱりここだね」


ミラが低く言う。


そのとき、中庭の前列で女の声が上がった。


「私、石洗場なら知ってるよ」

「昔、あの裏で湯を沸かしてた」


六十を越えたくらいの女だった。

腕まくりしたまま、洗い桶の縄を腰に提げている。

市場帰りなのか、前掛けの裾がまだ濡れていた。


女が一歩出た瞬間、黒い腕章の男が二人、すぐ左右から寄った。


「名を言え」

「いつまでいた」

「遺児を見たことがあるか」


聞き方が早い。

答えを聞くより、囲うほうが先にある聞き方だった。


女は顔をこわばらせた。


「ちょ、ちょっと待ちな」

「私は場所を知ってるって――」


男の手が女の腕をつかむ。


その前に、リオが入った。


「その人を引くな」


男が振り向く。


「またお前か」


「聞くなら、ここで聞け」

「群衆の前で腕をつかむな」


「確認だ」


「確認なら、紙と机でやれ」

「手で始めるな」


短い。

だが、机と紙を指して言うから、意味が一度で入る。


前列の何人かが、張り出し台の裏の机を見る。

灰色の札の束が、そこに見えている。


男は舌打ちした。


「関係人を逃がす気か」


「場所を知ってるだけで、関係人にするな」


リオの声が少し硬くなる。


「知ってる場所を言ったら、すぐ腕をつかまれる」

「それで誰が前に出る」


女の肩から、男の手が少し浮く。

完全には離れない。

だが、それだけで女は息をつけた。


その横で、ミラは張り出し台の裏へ回っていた。


小机の上の灰色の札を見る。

細長い。

上に旧記録番号。

下に今の場所。

さらにその下に、呼出先を書く欄がある。


一番上の札には、もう書いてあった。


《南七区 遺児一名》

《現居 東三路 石洗場裏》

《呼出先 北二番控室》


北二番控室。


139話で箱に残っていた札には、《呼出札 作成前》とあった。

ここにある札は、その先だ。

もう呼出先まで書かれている。


机の端には、同じ灰色の札がさらに二枚重なっていた。


《石洗場裏 湯番女 一名》

《確認後 北二番控室》


《東三路 古宿出入人 二名》

《確認後 北二番控室》


読むだけじゃない。

呼び出し先まで決めている。

知る者を前へ出させ、そのまま別室へ回す気だ。


ミラは机の下を見る。

白い布袋が半分開いていた。

中には、まだ書いていない灰色の札が入っている。

その横に、木札が一枚。


《北二番控室 三名まで》


人数札だった。


「人数まで決めてる」


ミラが小さく言う。


女書記が横から覗きこみ、顔をこわばらせた。


「確認じゃない」

「連れていく数を、先に決めています」


靴磨きの子は、机の脚の横を見ていた。


「赤い糸」


短く言う。


小机の脚に、赤い細糸が引っかかっている。

封緘札に通す糸と同じ色だ。


「上の簿冊を閉じた人と同じ手だね」


ミラが言う。


「白い切り紙を読ませて」

「灰色の札で人を呼んで」

「控室へ送る」


手順が一本につながった。


そのとき、張り出し台の前で、さっきの女がまた引かれた。


「私は石洗場で湯を――」

「だから知ってるだけで」


「知ってるなら来い!」


男の声が強くなる。


リオがその手首を外した。


今度ははっきり外す。

女の腕と男の手の間へ、自分の手を差し込んで切る。


「その人は行かせない」


「命令だぞ」


「紙を見せろ」


リオは机を指した。


「どの札で、その人をどこへ送る」

「書いてあるなら、先に見せろ」


群衆が、また机を見る。

さっきまでは張り出し台だけを見ていた目が、今は裏の小机へ向き始めていた。


男が一瞬ためらう。

見られたくない机だからだ。


その隙に、ミラが一枚の灰色の札を持ち上げた。


「見せるよ」


高くは掲げない。

だが、前列から読める高さへ出す。


「ここに書いてある」

「東三路 石洗場裏」

「呼出先 北二番控室」


ざわめきが走る。


「控室?」

「中庭で聞くんじゃないのか」

「何で別室だ」


ミラは机の端の人数札も持ち上げる。


「こっちは、北二番控室 三名まで」

「行く先も、人数も、先に決めてある」


前列の年嵩の男が眉を寄せた。

136話から何度もいた、あの男だ。


「じゃあ、話を聞く前に連れていく人数を決めてたのか」


「そう読めるね」


ミラが返す。


「それに、ここには“確認後”って書いてある」

「誰を前に出すか決めて、確認したあと、そのまま控室へ送る形だ」


読み上げ役があわてて声を張る。


「誤解するな!」

「混乱を避けるための整理だ!」


「整理なら、台の裏に隠さない」


ミラはすぐに返した。


「張り出し台の前で読んだのは場所だけ」

「行先は裏の机に書いてある」


言われて、群衆の何人かが張り出し台の裏をのぞき込む。

机の上の灰色の札。

印泥。

小刃。

人数札。


読むだけの机じゃないと、見て分かる。


そのとき、黒い腕章の男がミラの手から札を奪おうとした。


横から、速い。


だが、リオのほうが先だった。


男の腕を払う。

強く打たない。

それでも、札へ届く角度だけは外す。


「触るな」


「証拠物だ!」


「証拠物なら、なおさら隠すな」


リオは灰色の札を見た。

それから、群衆の前列を見る。


「聞くだけなら、ここで聞ける」

「わざわざ裏へ回すのは、口をそろえたいからだろ」


中庭が静かになる。


誰かが息を吸う音まで聞こえた。


さっき助けた石洗場の女が、リオを見る。

それから、張り出し台の裏の机を見る。


「私を、そこへ連れていく気だったのかい」


誰もすぐに答えない。


答えないことが、答えみたいに落ちる。


その沈黙を切るように、渡り廊下の奥で扉が鳴った。


北二番控室のある側だ。


重い木扉が開く音。

続いて、靴音が二つ。

運ぶ靴音だ。


靴磨きの子がすぐに反応した。


「箱だ」


「何の箱」


リオが聞く。


「口を閉める箱」

「紙をしまうやつ」


子の指が、渡り廊下の奥を向く。


二人の役人が、細長い木箱を抱えて出てきた。

箱の側面に、四角へ斜め線を一本引いた印がある。


灰布第四束の印と同じだ。


木箱の蓋は少し開いていた。

中に見えるのは、灰色の札だけじゃない。

白い薄紙と、黒い紐も入っている。


女書記が息を呑む。


「供述綴り……」


ミラが顔を上げる。


「呼び出して、部屋へ入れて、紙にまとめる箱だね」


つまり、ここで終わりじゃない。

張り出し台で人を拾い、

北二番控室へ送り、

そこで紙を作り直す。


一連の手だった。


箱を運ぶ役人の一人が、机の灰色の札が群衆に見えているのに気づいて止まる。


表情が変わる。

遅かった。


ミラはその箱を指した。


「次は、あれだ」

「北二番控室に入る前に、止める」


リオは石洗場の女を自分の後ろへ下げた。


「この人は渡さない」


そのまま、箱のほうへ向き直る。


張り出し台の前ではなく、

張り出し台の裏でもなく、

次の場所が、はっきり見えた。


北二番控室だった。

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