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偽情報の王国で、仮面は割れる  作者: 梓水あずみ
北線の削除

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137/157

137.抜いた欄



北の中庭で、男の指がリオを指していた。


読み上げ台の上では、白い切り紙がまだ高く掲げられている。

その紙には三行しかない。


《南七区 運搬従事者夫婦》

《遺児一名》

《旧処理移管 公爵家承認》


その三行が、群衆の目を同じ向きへそろえていた。


「遺児って、こいつか」


年嵩の男が言う。

前列の数人が、いっせいにリオの顔を見る。


白い切り紙。

リオの顔。

また白い切り紙。


比べる。

決める。

そういう目だった。


リオは逃げなかった。

女書記を後ろへ下がらせ、読み上げ台を正面から見た。


「その紙、全部じゃないな」


台の上の読み上げ役が、すぐに声を張る。


「全部だ!」

「公爵家の帳簿から抜いた!」


「抜いた、って自分で言ったな」


ざわめきが走る。

読み上げ役の喉が一瞬止まる。


その横で、黒い腕章の男が一歩前へ出た。


「言葉遊びをするな」

「公爵家の簿冊に書いてあるなら同じことだ」


「同じじゃない」


リオの声は低い。

大きくはない。

だが、中庭の前のほうには届いた。


「その紙は三行だけだ」

「空いてる欄も、書いてない欄も、切って落としてる」


群衆の奥で、誰かが言う。


「何の欄だ」


リオは答える前に、脇へ半歩ずれた。

後ろにいたミラが前へ出る。


青布の簿冊を受け取る。

両手で抱え、読み上げ台の横の木箱へ置いた。


重い音がした。


群衆の目が、白い切り紙から青布へ移る。

布の色が違うだけで、空気が変わる。

これは切り紙ではない。

棚に入っていた帳簿そのものだと、見て分かるからだ。


ミラは青布をほどいた。

結び目は急いで解かない。

人に見せるための手つきで、一つずつほどく。


その横で、白い閲覧札を高く持ち上げた。


《三段左》


「この札も、さっき台の横に立ってたね」


ミラが言う。


「この札は、旧記録庫の棚を指す札だよ」

「白い切り紙の飾りじゃない」


前列の何人かが、台の横の札と、ミラの手の札を見る。

同じ字だ。

同じ札だ。


読み上げ役が声を荒げる。


「そんなもの、あとから持ってきたって――」


「違う」


さっき助けた女書記が、群衆の後ろから声を出した。

まだ息は乱れているが、言葉ははっきりしている。


「その札を持ち出したのは、そっちです」

「私は見ました」


黒い腕章の男が振り返る。


「黙れ」


その声へ、リオがすぐ前へ出た。

男と女書記の間へ体を入れる。


「もう触るな」


短い。

だが、それで十分だった。


ミラは帳簿を開いた。

紙の端が擦れている。

角が丸い。

長く棚にいた簿冊の傷だ。


ページをめくる。

止める。

指先で行を押さえる。


「これ」


群衆へ向けて、簿冊を少し持ち上げる。


「白い紙に書いてある三行は、ここから取ってる」


前列の人間が首を伸ばす。

見えない。

だが、見ようとする目に変わる。

それだけでさっきより一歩進んでいた。


ミラは読む。


「南七区 運搬従事者夫婦」

「遺児一名」

「旧処理移管 公爵家承認」


そこで止めない。

そのまま、指を右へずらす。


「でも、その右の欄は空いてる」

「ここには、死因も、加害者名も、書いてない」


群衆がざわつく。


「書いてない?」


「じゃあ何で公爵家がやったって――」


黒い腕章の男がすぐに割り込んだ。


「承認と書いてある!」

「公爵家が通したってことだ!」


「通した紙と、殺した事実は同じじゃない」


ミラの声は変わらない。


「ここにあるのは移管の記録だよ」

「夫婦を誰が死なせたかまでは、この頁に書いてない」


読み上げ役が白い切り紙を振る。


「だが、公爵家承認は本物だ!」


「そこは本物」


ミラははっきり言った。


「でも、あんたたちは本物の中から、そこだけ切った」


その言い方で、群衆の空気がまた変わる。

全部嘘だ、と言わなかったからだ。

本物の古傷だと認めたうえで、今それをどう使っているかを指した。


リオは台の上の白い切り紙を見た。

それから、群衆の前を見た。


「俺の親の紙だ」


声は低いままだった。

だが、今度はさっきより遠くまで届いた。


「だから分かる」

「その三行だけで決められたら、違うものになる」


誰かが息を呑む。


リオは続けた。


「怒るなら、全部見てから怒れ」

「三行だけで、人を決めるな」


前列の女が、白い切り紙を見た。

次に、青布の簿冊を見る。


「じゃあ……この紙は」


「切った紙」


ミラが返す。


「本物の帳簿から、怒りやすい三行だけ抜いた紙だよ」


そのとき、靴磨きの子が小さく言った。


「赤いの」


ミラが目だけ動かす。


靴磨きの子は、読み上げ台の横にいる男の手を見ていた。


「指についてる」

「下の刃のときと同じ赤」


男の親指の横に、赤茶の汚れが残っていた。

印泥だ。

白い切り紙の束を分けるためにつけた赤と同じ色だった。


ミラがすぐに指さす。


「その赤、どこでついたの」


男が手を引く。

遅い。


「下廊下の机にあった札切りの刃にも、同じ赤がついてた」

「白い切りかすも、そこからこの台まで落ちてた」


群衆の視線が、いっせいに男の指へ向く。


「こいつが切ったのか」

「じゃあ、下で作ったのか」


読み上げ役が慌てて声を張り直す。


「惑わされるな!」

「帳簿の中身は本物だ!」


「本物だよ」


ミラが即座に返す。


「でも、今ここでやってるのは読み上げじゃない」

「切り抜きだ」


その言葉で、前列の何人かが白い紙から半歩引いた。

小さい。

だが、はっきりした後退だった。


中庭の空気が割れかける。


その瞬間、奥の通路で硬い靴音がそろった。


三人。


役所の上役用の黒靴だ。

磨きが深い。

歩幅が同じ。

腰には封緘札の束を提げている。


靴磨きの子が即座に言う。


「来た」

「閉める靴だ」


三人の先頭にいた役人が、群衆へではなく、青布の簿冊へまっすぐ目を向けた。


「直轄命令」


男が言う。


「その青布の簿冊を封緘する」

「台の上の白い紙ではない」

「簿冊のほうをこちらへ渡せ」


ミラの指が、開いた頁を押さえたまま止まる。


相手が守りに来たのは、白い切り紙ではなかった。

切り紙はもう役目を終えている。


いま本当に回収したいのは、

群衆の前で開かれた青布のほうだと、はっきり分かった。


リオが、簿冊の前へ立った。

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