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偽情報の王国で、仮面は割れる  作者: 梓水あずみ
北線の削除

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132/157

132.役所の底


声の紙は、道の上で生まれない。


ミラは走り役の視線が流れた左の道へ入った。

表通りのざわめきが、一歩ごとに薄くなる。

人が減る。

代わりに、壁が近くなる。


役所側の裏道は細い。

窓が少ない。

足音が前へ逃げず、壁に当たって割れる。


リオが後ろを見た。


「追手はまだ来てない」


「来る前に見る」


ミラが返す。


道の突き当たりに、低い軒の建物がある。

表札はない。

だが、出入りの跡だけが新しい。

扉の前の石が、そこだけ白く削れていた。


その扉の横に、小さな受け渡し口があった。

人の顔は通らない。

紙の束だけが通る幅だ。


ミラの足が止まる。


「ここだ」


ちょうどそのとき、中から細い筒が一本、受け渡し口から突き出た。

外で待っていた若い男が、それをひったくるように受け取る。

男の腰にも、読み上げ役の鈴が下がっていた。


一人じゃない。


やはり、まだ配っている。


リオが一歩出る。

だが、ミラが袖をつかんだ。


「今は取らない」


「なんで」


「ここで騒いだら、口が閉じる」


その通りだった。

扉を叩けば、受け渡し口は閉まる。

閉まれば、中の紙は見えなくなる。

今ほしいのは一人じゃない。

元だ。


受け渡し口の中で、次の筒が動いた。

その一瞬だけ、中の手が見える。


黒い。


ミラの目が細くなる。


墨の黒じゃない。

紙粉の黒だ。

帳簿や札の端を切る手の黒さだ。


その手は、筒を渡す前に、紙の端を揃えていた。

癖みたいに、角を二回打ち合わせる。


トン。

トン。


リオが小さく言う。


「切ってる手だ」


「帳の手」


ミラが返す。


帳簿の余白を切る手。

札の幅を揃える手。

原因の札を何枚も並べて、同じ文面を何本も作る手だ。


中の手は、もう一本の筒を外へ出した。

待っていた別の男が受け取り、北のほうへ走る。


また一人。


受け渡し口の下には、切りかすが落ちていた。

細い白い紙片。

端がまっすぐすぎる。

手で破った形じゃない。


リオがしゃがんで、その一つを拾う。

指先でねじる。

すぐにほどける。

薄い。帳場の紙より、ひとつ上の紙だ。


「上の紙だな」


「読み上げ用だけじゃない」


ミラは扉の下も見た。

隙間から赤い粉が出ている。

印泥だ。

しかも、上の渡し口で見た赤に近い。


《光》を通した赤。

読み上げの紙についた赤。

同じ流れの上にある。


つながった。


《光》を通す手と、

公爵家へ読ませる声の紙を配る手は、

下では別に見えても、奥でつながっている。


そのとき、受け渡し口の内側で、小さく何かが鳴った。


鍵束だ。


金属が三つ、短く触れ合う。


チャリ。

チャリ。

チャリ。


リオの目が動く。


「鍵が多い」


「多いだけじゃない」


ミラは下を見た。

受け渡し口の脇に、短い紐の切れ端が落ちている。

古い赤茶の紐。

結び目が独特だった。

輪を作ってから、もう一度だけ裏で返してある。


見覚えがある。


ミラはそれを拾った。


「これ……」


リオもすぐ分かった。


「旧記録庫の鍵束の結びだ」


旧記録庫。


役所のいちばん下。

今はあまり人が寄らない場所。

でも、古い処理痕と、切り捨てた紙の元が残る場所だ。


ミラは扉を見た。

厚い扉だ。

今ここでこじ開けても、中の人間は紙を燃やすか、奥へ逃がす。

開けるなら、正面からじゃない。


別の入口が要る。


その判断をした瞬間、受け渡し口が閉まった。

中の気配が消える。

外へ出ていた若い男たちも、もう走り去っている。


遅かったわけじゃない。

見たいものは見えた。


リオが低く言う。


「追うか」


「追わない」


ミラは即答した。


「走り役を追っても、また次が出る」

「切るなら、紙じゃなく手」


リオが頷く。


その後ろで、靴磨きの子がようやく追いついた。

息を切らしていない。

足だけ見て、扉の前の石を見た。


「ここ、重い靴が多い」

「運ぶ靴じゃない。しまう靴だ」


しまう靴。


保管する人間の靴。

鍵を持つ人間の靴だ。


ミラは紐の切れ端を握った。

柔らかい。

長く使った紐の手触りだ。


古い鍵。

古い紙。

古い処理。


全部、同じ底へ落ちていく。


背後の遠い通りでは、まだ声が揺れている。


「公爵家だって」

「最初にそう聞いた」


もう傷は広がり始めている。

けれど、いま見えた。

その傷をつけている口の奥に、ちゃんと手がある。


ミラは扉から目を離した。


「次はここじゃない」


リオが問う。


「じゃあ、どこだ」


ミラは手の中の紐を見た。

それから、役所のさらに奥、地面の下へ続く石段のほうを見た。


「旧記録庫」


一拍おいて、言い直す。


「次は、役所の底」

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