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偽情報の王国で、仮面は割れる  作者: 梓水あずみ
北線の削除

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130/157

130.選べる原因


張り出し台は、毎日いちばん人に見られる壁だ。

そこに貼られた紙は、真実になる前に噂になる。


ミラとリオが表へ出ると、もう人だかりができていた。

配給列の端がふくらみ、壁際へ半円に寄っている。

真ん中に木の台。その上に張り出し板。

上の段には、もう赤い紙が入っていた。


《光》

受領済


赤い三文字だけが、人の目を先に引いている。


「通った……」


誰かが言う。

意味は分かっていない。

だが、赤は分かる。


ミラはすぐ下を見た。

下の差し込みは、まだ白い。

誰のせいにするかを書く札は、まだ入っていない。


「まだだ」


ミラが言う。


「まだ決まってない」


リオが返す。


張り出し台の横には、小さな補助机が出ていた。

机の上に木皿。その皿の上に、細い札が三枚並んでいる。

札の上には、飛ばないよう石の重しが乗っていた。


ミラの目が止まる。


三枚。


原因の札が、三枚ある。


近い札から順に読む。


《帳場差戻》

《外部介入》

《公爵家旧処理》


ミラの喉が、はっきり鳴った。

リオも見た。

見て、何も言わなかった。

言わなくても分かる。


原因は、見つかっていない。

選ばれるつもりだった。


そのとき、黒い腕章が補助机へ手を伸ばした。

迷いがない。

三枚のうち、まっすぐ最後の札へ向かう。


《公爵家旧処理》


ミラは一歩出た。


「待て」


大きい声ではない。

だが、張り出し台の前では十分だった。


黒い腕章が睨む。


「何だ」


ミラは札ではなく、張り出し板の下の白い差し込みを指した。


「まだ空だ」

「空のまま先に読ませるのか」


張り出し台の前には、読み手の老人が立っていた。

毎日、配給や通達を声にする役だ。

老人の手は、もう読み上げ棒へ伸びている。


ミラはその老人に向けて言った。


「今読めば、あんたが嘘を読む」

「だって、まだ何も決まってない」


老人の手が止まる。


止まった。


それだけで十分だった。


読み手は、嘘を声にしたくない。

読み間違いより、手続き違いを嫌う。

読む役は、そういう生き物だ。


黒い腕章が苛立った声を出す。


「札はある! 差せば済む!」


「三枚あるのに?」


ミラが返す。


その一言で、近くの人間の目が木皿へ落ちた。

一人が見ると、次も見る。

群衆は目で広がる。


「三枚?」

「何で?」

「原因って一つじゃないのか」


ざわめきが変わる。

さっきまでのざわめきは赤に寄っていた。

今のざわめきは、皿に寄っている。


黒い腕章が慌てて皿を隠そうとした。

だが遅い。

隠す動きは、見られたあとでは答えになる。


後ろから押された老婆が、張り出し台の脚へぶつかりかけた。


その前に、リオの手が出る。

肩を支え、倒れる前に受け止める。

もう片方の手で張り出し台の脚も押さえた。

板が揺れて、上の赤紙だけがかすかに鳴る。


「押すな」

「まだ何も貼られてない」


リオの声は大きくない。

だが、近くの人間には届く。


まだ何も貼られてない。


その言葉が、今は強い。

まだ決まっていない。

まだ書かれていない。

そう分かる言い方だからだ。


老婆が息を整える。

礼を言うより先に、リオはもう板から手を離していた。


黒い腕章が舌打ちし、とうとう《公爵家旧処理》の札をつかんだ。

ミラも同時に手を出す。

取り合う形にはしない。

札そのものではなく、石の重しを払う。


重しがずれる。

木皿が傾く。

残りの二枚も、机の端から床へ落ちた。


白い札が三枚、石畳へ散る。


誰の目にも見えた。


《帳場差戻》

《外部介入》

《公爵家旧処理》


並んでいる。

候補みたいに並んでいる。


読み手の老人が、思わず口に出した。


「原因が……三つ?」


その一声で決まった。


もうすぐには読めない。

読めば、老人が自分で不正の証人になる。


黒い腕章が怒鳴る。


「拾え!」

「余計なことをするな!」


余計なこと。


その言い方で、また何人かの顔が変わる。

余計なのは、見られたことか。

それとも、選んでいたことか。


ミラは床の札を拾わない。

代わりに木皿の下を見る。


四角い跡がある。


木皿の上に、さっきまで四枚目があった跡だ。

埃がそこだけ薄い。

重しの削れも、一つ分だけ外れている。


「……一枚ない」


リオの目も落ちた。


「もう出たな」


読み上げ用だ。


板に貼る札とは別に、声で読むための紙がある。

ここで板を止めても、それが先に走れば同じことになる。


張り出し台の奥、補助机の端に、小さな木札が立っていた。

普段は気にも留めない案内札だ。


《読み上げ控え 先回し》


先回し。


ミラはすぐに顔を上げた。

黒い腕章が、今度は札より先に人込みの外を見る。

誰かを探している目だ。

もう一枚を持った走り役がいる。


そのとき、配給列の向こうで男の声が上がった。


「読み手が来るぞ!」

「道を空けろ!」


別の読み手だ。

板の前の老人じゃない。

声を運ぶ役が、もう別に動いている。


ミラは短く言う。


「板は止まった」

「でも、読む紙が走ってる」


リオが頷く。


「追うのはそっちだ」


靴磨きの子が、人の足のあいだを抜けて出てきた。

顔は上げない。

指を一本だけ立てて、通りの右奥を示す。


一人。


走り役は一人だ。


ミラは張り出し台を振り返らなかった。

上の赤はもう貼られている。

だが、下はまだ白い。

今はそれでいい。


本当に人を動かすのは、

板に貼る札より、

先に口へ入る紙のほうだからだ。


背後で、まだ誰かが言っている。


「公爵家って書いてあった?」

「いや、三枚あった」

「じゃあ、まだ決まってないのか」


揺れた。


ほんの少しだが、群衆の口が揺れた。


ミラとリオは人込みを切って走る。

今度は急ぐ。

もう板の前の手続きじゃない。

先に耳へ入る声を止めるためだ。


張り出し台の下は、まだ白い。


だが、読み上げ用の一枚は、

もう人の口へ向かって走っていた。

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