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偽情報の王国で、仮面は割れる  作者: 梓水あずみ
北線の削除

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117/157

117.扉の中身

誓約の扉は、開けるほど静かになる。


静かなのに、鼓動だけがうるさい。

うるさい鼓動は、見張りに拾われる。


ミラは白い布を床に落ちたままにした。

拾われない白は、もう“こちらの番”だ。


帳の手が誓約の扉へ指を伸ばす。

閉じた扉の封蝋に触れる指。

封蝋の赤に黒い粒が混じっている。


黒点。


門札の粉を混ぜた封だ。

封は閉じ直せる。

閉じ直せる封は、嘘の封だ。


リオが影から戻り、息だけで言う。


「中身を抜くなら、今だ」


「開けない」


ミラは同じ息で返した。


「開けたら、向こうの勝ちになる」


勝ちにするのは、扉じゃない。

名義だ。


誓約の扉の前に、薄い木箱が置かれている。

箱の蓋は閉まっている。

閉まっているのに、結び目が甘い。


甘いのは、急いで閉じたからだ。


急いだのは、こちらじゃない。

向こうだ。


ミラは一行で押さえる。


誓約の扉の“中身”は、扉の外にも置ける。

置けるなら、盗める。


帳の手が箱へ視線を移す。

視線が移った瞬間、リオが足で白い布を一度だけ滑らせた。


滑った白が、箱の影を割る。

割れた影は、手の動きを隠す。


ミラは箱の横へ滑り、指で触らずに蓋の縁を爪で引っかけた。


開けない。

ずらすだけ。


ずれた蓋の隙間から、紙の匂いが漏れる。


古い紙じゃない。

新しい紙。

配るための紙だ。


箱の中には、薄い束が三つ入っていた。


《誓約対象》

《受領代理》

《代》


束の頭だけが白い。

白いのは、まだ書かれていない余白だ。


余白は、書ける。

書ける余白は、罪を生む。


罪を生む前に、余白を奪う。


ミラは束を丸ごと抜かない。

抜けば気づかれる。


代わりに、束の頭だけを一枚、指で弾いて床へ落とした。


落とすのは故意。

故意に落とした紙は、拾われる。


拾うのは誰か。


その“誰か”で、次が決まる。


帳の手が反射で身を屈めた。


屈めたのは優しさじゃない。

順番を守る癖だ。


順番を守る癖のまま、紙片を拾う手が、白い布の近くで止まる。


止まった一拍で、リオが足で紙片を踏む。


踏んで、滑らせる。

靴の内側へ。


いつもの拾い方。


拾い方が、ここでは“盗み方”になる。


帳の手が顔を上げる。


その目が初めて、ミラを捉える。


捉えたのは顔じゃない。

白だ。


床の白。

台の白。

そして、箱の縁の白。


白は仮面じゃない。

手続きだ。


帳の手が言った。


「……受領者は誰だ」


名を問う。

名を問えば、名義が走る。


ミラは答えない。


答える代わりに、箱の中の束の頭――《誓約対象》の一枚を、隙間から見える角だけで読む。


一語。


「光」


同じだ。

さっき落ちた紙片の「光」と同じだ。


光は、呼び名。

誰にでも被せられる身代わり名。


でも《誓約対象》に書かれているなら、話が変わる。


誓約対象は、責任の芯だ。


芯が「光」なら、狩りは“正義”の顔をする。


ミラの背中が冷える。


冷えるのは怖いからじゃない。

読者の目線がここへ集まるからだ。


帳の手が封蝋へ指を戻した。


扉を開ける。

開けて、誓約を確定させる。


確定すれば、こちらの盗みは“違法”になる。

違法にされた瞬間、狩りは正当化される。


ミラは白い布を、扉の前へ一歩だけ滑らせた。


白で、順番を止める。


「受領は済んだ」


ミラは小さく言う。


声を張らない。

でも底には届く。


届いた瞬間、封蝋に触れた指が止まった。


止まった指の隙間から、扉の内側の冷気が漏れる。


冷気の匂いが、紙の匂いと違う。


影印の匂い。


誓約の扉は、まだ開いていない。


でも、もう“開きかけている”。


リオが靴の内側から紙片を引き出し、袖の中でミラへ渡す。


その紙片の裏に、薄い刻印。


番号じゃない。

記号。


《白》


白の記号だ。


白で受領した紙だけに付く、底の記号。


ミラは唇の内側で決める。


扉の中身は、紙じゃない。


“白の記号”だ。


そして次は、記号の源――


誓約の扉の内側へ。

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