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偽情報の王国で、仮面は割れる  作者: 梓水あずみ
北線の削除

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110/157

110.書く手

「代」を増やすのは、紙じゃない。

書く手だ。


ミラは《控え》の板から視線を外さずに、床の紙粉の筋を追った。

筋は廊下の端で途切れている。

途切れた場所に、椅子の脚の擦れ跡があった。


座って書く机がある。


リオが息だけで言う。


「来る」


扉の中から足音が出た。

迷わない足。

迷わない足は、帳面の足だ。


男が一人、板を抱えて出てくる。

腕章はない。

でも指先が黒い。


黒いのは汚れじゃない。

墨だ。


ミラは男の顔を見ない。

指だけを見る。


指が板の《代》欄の下へ、小さな紙片を置く。

置いた紙片の角を、爪で一度だけ押す。


押す癖。


押す癖は、印を押す癖と同じだ。


ミラは息を吐かない。

吐くと動く。


動けば、紙が走る。


男は板を廊下の端へ立て掛け、すぐ扉へ戻る。

戻る速さが早い。


早いのは、見られたくないからじゃない。

“次の板が待っている”からだ。


リオが影へ溶ける。


足で拾うためじゃない。

後ろへ回るためだ。


ミラは柱の陰から一歩も出ない。

代わりに、男が通った床の端を見る。


紙屑が一つ落ちている。

紙屑じゃない。

剥がした小片だ。


剥がしたなら、貼った。


貼ったなら、貼る前の束がある。


ミラは足先で小片を寄せ、袖の内に落とす。

触らない。

触れば粉が付く。


扉の中で紙がめくられる音がした。


一度。

二度。


二度目が遅い。


遅いのは、選んでいるからだ。


選ぶのは《代》の“一語”。


そのとき、背後で小さな音がした。

布が擦れる音。


リオが戻ってきた合図だ。


リオは声を出さずに、指先で二つ示す。


一つは扉の内側の机。

もう一つは廊下の反対側――棚。


棚の高さが低い。

低いのに鍵が付いている。


鍵が付く棚は、原本の棚だ。


控えは板。

原本は帳面。


帳面がなければ、板は揃えられない。


ミラは棚の前まで行かない。

行けば影が濃くなる。


代わりに、棚の下の床を見る。


鍵束の控え板に付いていたのと同じ紙粉。

封蝋の赤。

そして、黒い粒。


黒点。


ここで混ぜている。


リオが袖の陰で、小さな紐を見せた。

鍵番の結び目の切れ端だ。


「同じ結びだ」


リオの口は動かさない。


ミラは頷く。


鍵番の結び目は、棚へ繋がっている。


棚が開けば、原本が動く。

原本が動けば、《代》は増やせる。


ミラは短く決める。


「手を取る」


リオの目が細くなる。


“どの手を?”


ミラは答えない。

答えないまま、棚の鍵穴の周りを見る。


鍵穴の縁が削れている。

削れ方が新しい。


今日、何度も開けた削れ方だ。


開けたのは鍵番。

鍵番は役所と宰相府の二人で交代している。


交代しているから、癖が薄い。


薄いのに、削れは残る。


ミラは袖の内の小片を、見えない角度で確かめた。


紙片の裏に、薄い罫線。

帳面の余白の罫線だ。


つまり、ここで《代》の一語は“書いて”いない。


ちぎって、貼っている。


書くのは帳面。

貼るのは板。


工程が二つに割れている。


割れているから、責任も割れる。

割れた責任は、狩りを軽くする。


ミラは唇の内側で言う。


「……一語は“手書き”じゃない」


「帳面の余白を切って、貼ってる」


背後で、扉がまた半分開いた。


さっきの男が、次の板を抱えて出てくる。


男の指先は黒いまま。


黒いのは墨じゃない。


紙をちぎる粉だ。


ミラはその粉の落ち方を見て、確信する。


この男は“書く手”じゃない。


“貼る手”だ。


書く手は別にいる。

書く手は、原本の棚の向こう側だ。


ミラはリオにだけ聞こえる声で、短く言った。


「次、棚の中」


棚の中にいるのは人じゃない。


“名簿”だ。


名簿があるなら、代は無限に増える。


増える前に、名簿の順番を折る。

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