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偽情報の王国で、仮面は割れる  作者: 梓水あずみ
北線の削除

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109/157

109.代の名義

「代」は、責任の宛名だ。

代理人の名前じゃない。あとから罪を被せるために置く「身代わり名」だ。


商会の奥は、音が薄い。

薄い音の中で、紙だけが擦れる。


ミラは廊下の壁に沿って歩き、立ち止まった。


扉は半分開いている。

半分開いているのは、出入りがあるからだ。


出入りがあるのに、鍵の音がしない。

鍵を使わない扉は、内側の扉だ。


扉の外に、板が一枚立て掛けられていた。


《控え》


控えは原本じゃない。

控えは「正しさ」を作るための写しだ。


板の上に、欄が三つ並んでいる。


《受領》──受け取ったことにする欄。

《代理》──本人以外が受け取ったことにする欄。

《代》──あとで責任を被せる「身代わり名」を置く欄。


ミラは視線を上げずに、欄の端だけ読む。


《代》の欄は小さい。

小さいのに、そこだけ紙が新しい。


新しい紙は、今日貼り直した紙だ。

貼り直しは、閉じ直しと同じ匂いがする。


リオが影から現れ、息だけで言う。


「鍵番、ここを通ってる。紐の端が短い結び方」


結び直す癖。

封を閉じ直す癖。


ミラは控え板の端を見る。


端が揃いすぎている。

裁ち台の端だ。

刷り場で切った板だ。


でも紙質が硬い。

札と同じ硬さだ。


硬い紙は回る。

回った紙は、すぐ「正しさ」になる。


扉の中で、紙をめくる音がした。


一度。

二度。

三度。


三度目が遅い。


遅いめくり方は、ページを選んでいるめくり方だ。

選んでいるのは、名前だ。


ミラは扉の隙間を見ない。

見れば見返される。


代わりに、床の紙粉の筋を見る。


筋が一本、扉の外へ伸びている。

紙粉の筋は、帳面を運んだ筋だ。


運んだ先は受領所。

受領所で《確認不要》が貼られる。

貼られた瞬間に、狩りの順番が走る。


ミラは《代》の欄の下に貼られた小さな紙片を見る。


一語だけ書いてある。

名前じゃない。

呼び名だ。


「靴」


ミラは声に出さない。

声に出せば、紙が走る。


靴──顔じゃなく靴で識別される誰か。

“目撃の言い訳”として一番使いやすい相手。


つまり《代》は、犯人の名じゃない。

「犯人にされる名」だ。


リオが、床の隅の紙片を足で寄せながら言う。


「この一語、誰でもいいんだな。固定じゃない」


「固定じゃないから増やせる」


ミラが答える。


「増やせるから、門が増える」


門札が落ちるたびに、身代わり名が増える。

身代わり名が増えるほど、狩りは当たり前になる。


ミラは控え板の《代》欄を、もう一度だけ見た。


ここが机の刃だ。


彼女は袖の内側で決める。


次は、この一語を書いている手を取る。

書く順番を折れば、代は増やせない。

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