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偽情報の王国で、仮面は割れる  作者: 梓水あずみ
北線の削除

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111/157

111.名簿の順番

名簿は、刃物より静かに人を切る。


切っているのに、血が出ない。

血が出ないから、誰も叫ばない。


ミラは棚の鍵穴から目を離さなかった。


鍵穴の縁が削れている。

削れた金属は粉になる。

粉は床へ落ちる。


床の隅に、銀色の粉が少しだけ光っていた。


「……今日、何度も開けてる」


ミラが息だけで言うと、リオが頷く。


「交代のたびに開けてる。原本を動かしてる」


原本を動かすのは、控えを揃えるためだ。

控えを揃えるのは、受領所を早く終わらせるためだ。


終わらせるために、《代》が増える。


ミラは柱の陰から動かない。

代わりに、棚の前を通る足の“戻り”だけ拾う。


鍵番の男が戻ってきた。

腕章は役所。

でも歩幅が少しだけ短い。


短い歩幅は、急いでいない歩幅だ。

急いでいないのに、迷わない。


迷わないのは、順番を知っているから。


男は鍵を差し込み、回した。


棚が開く。


開いた瞬間、紙の匂いが漏れた。

古い紙と新しい紙が混ざった匂いだ。


古い紙は原本。

新しい紙は、貼るための紙片。


リオが影へ溶ける。

足で拾うためじゃない。


開いた棚の“内側の動き”を拾うためだ。


鍵番の男は棚から帳面を一冊引き抜いた。

引き抜き方が丁寧すぎる。


丁寧すぎるのは、汚したくないからだ。

汚したくないのは、これが“正しさの原本”だからだ。


男は帳面を机に置き、ページをめくる。


一度。

二度。


二度目が遅い。


遅いめくり方は、選ぶめくり方だ。

選ぶのは名前。


ミラは扉の隙間を見ない。

見れば見返される。


代わりに、音で数える。


紙を押さえる音。

次に、紙をちぎる音。


ちぎる。


書いてない。

余白を切ってる。


その直後、貼る音がした。

紙片を板に置き、爪で角を押す音。


押す癖。


貼る手が、さっきの男だ。


書く手は、別にいる。

書く手は、帳面の中にいる。


「……名簿の中身を切ってる」


ミラが言うと、リオの影が棚の裏へ回った。


棚の背板の下。

そこに、紙片が一つ落ちていた。


落ちたのは、切り屑じゃない。

切り取った“一語”の失敗作だ。


リオが足でそれを滑らせ、ミラの袖の内へ送る。

見えない受け渡し。


ミラは触らない。

触らずに、文字だけ拾う。


二文字。


「靴」


昨日の《代》と同じだ。

同じなら、偶然じゃない。


偶然じゃないなら、規則だ。


ミラは頭の中で整理する。


名簿に「靴」と書く欄があるわけじゃない。

「靴」という呼び名を、名簿のどこかから切り取っている。


呼び名の源がある。


源があるなら、次は源を折る。


鍵番の男が帳面を閉じ、棚へ戻した。


戻す動きは早い。

早いのは、見られたくないからじゃない。


次の帳面があるからだ。


棚の中には、同じ背の帳面が並んでいる。


同じ背は、同じ形式。

形式が同じなら、順番がある。


順番があるなら、狙える。


鍵番の男が棚を閉め、鍵を抜いた。

鍵束の結び目が硬い。


硬い結び目は、締め直した結び目だ。


締め直した結び目は焦りの結び目。

焦りは紙に負ける。


負けた焦りは、雑を残す。


ミラはその雑を見る。


鍵束の紐の端に、赤い粉。

封蝋の粉。


閉じ直しの匂い。


「……名簿の順番で、代を量産してる」


ミラが言う。


「代は、誰の名でもいい」


「だから増える」


リオが息だけで返す。


増える前に、順番を折る。


折るのは鍵じゃない。

名簿の並びだ。


ミラは袖の内の紙片を、見えない角度で裏返さずに確かめた。


紙の罫線が薄い。

薄い罫線は、原本の余白じゃない。


控えの余白だ。


つまり一語は、原本だけで作っていない。

控えでも回している。


責任を割っている。


割れた責任は軽い。

軽い責任は狩りになる。


ミラは唇の内側で決める。


次は棚を開けない。

開けずに、順番だけ崩す。


順番が崩れれば、貼る手が迷う。

迷えば、札が落ちる。


落ちた札の中に、“最初の声”が混ざる。


ミラはリオにだけ聞こえる声で言った。


「……一つ、順番を入れ替える」


それだけで、狩りは遅れる。


遅れた一拍で、救える線がある。

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