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偽情報の王国で、仮面は割れる  作者: 梓水あずみ
北線の削除

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107.刷り場の机

刷り場は、匂いで嘘をつく。


紙の匂い。

油の匂い。

封蝋の匂い。


その三つが同じ場所で混ざると、誰も「ここで札が作られている」とは言わない。


ミラは商会の裏通りで足を止めた。


白仮面は付けない。

付けた瞬間に、門が閉じる。


路地の奥に、半分開いた扉がある。

半分開いているのは、出入りがあるからだ。


扉の隙間から、紙屑が外へこぼれていた。


裁ち屑。


裁ち屑は、机の下に落ちる。

落ちるのに、外へ流れるのは“掃いている”からだ。


掃く手がいる。

手がいるなら、机がある。


ミラは扉へ近づかない。

近づくと影が濃くなる。


影が濃くなると、見張りが気づく。


見張りは顔じゃない。

足が先に気づく。


リオが、先に溶けていた影から戻ってくる。


「中、油の匂いが強い」


「引き出しの油」


ミラが答える。


「紙が滑る。札が回る」


油は速さの匂いだ。

速い札は、速い狩りになる。


ミラは壁際の木箱を見る。

箱の蓋が少し浮いている。


浮いた蓋は、閉じ直した蓋だ。


閉じ直したものは、正しく見える。

正しく見えるほど、疑いが消える。


ミラは箱の端の赤い粉を見る。


封蝋の粉。


赤に、黒い粒が混ざっている。


黒点。


門札は、ここで増える。


「……刷り場だね」


ミラが息だけで言うと、リオが頷く。


「連番の束も、ここから出てる」


ミラは床を見る。


紙屑の中に、細い数字の切れ端が混じっている。

印刷の余り。


余りは、束の頭で出る。


束の頭。

連番の起点。


ミラは指で触らない。

触れば、粉が付く。


代わりに、靴の先で紙屑をそっと寄せる。


数字が見えた。


「……二桁が飛んでる」


リオが小さく言う。


「欠番?」


「欠番は、抜いたってこと」


抜くのは、混ぜるためだ。

混ぜるのは、黒点。


黒点を“決まった相手”へ回すために、連番の中から一枚抜く。


ミラは扉の内側を見る。


中は暗い。

暗いのに、机の上だけが白い。


白いのは紙束が積まれているからだ。


紙束の横に、小さな皿がある。

皿の中に、赤い封蝋。

その隣に、黒い粉。


黒い粉は、点にする粉だ。


黒点は、紙に混ぜるんじゃない。

押す。


押す順番がある。


ミラは耳を立てる。


中で、音が二つ重なった。


紙を押し当てる音。

次に、木を叩く乾いた音。


印を押す音だ。


その直後に、軽い擦れ音が一度。


束を揃える音。


揃える音のあとに、もう一度だけ乾いた音。


二度目の音は遅い。


遅い音は、特別の印だ。


特別の印が黒点なら、門札は“最後に”押される。


「……順番、見えた」


ミラが言う。


「先に受領代理。最後に黒点」


リオが目を細める。


「最後に押すなら、最後の束が門札の束だ」


「束の頭を拾えば、連番の起点が掴める」


ミラは息を吐いた。


拾うべきは、札そのものじゃない。


札の束の“頭”だ。


頭が掴めれば、机の場所は逃げない。


扉の向こうで、誰かが言った。


「今日の分はこれで終いだ。受領所へ回せ」


終い。


終いは、紙の勝ち方だ。


終いと言われた瞬間、机は片付けられる。

机が片付けられる前に、頭を拾う。


リオが影へ溶ける。


足で拾うために。

机の下の紙屑の流れを追うために。


ミラは扉の前に落ちた紙片を見た。


紙片の角に、黒い点が一つ。


黒点は小さい。

小さいほど、強い。


でも、その黒点の外周が太い。


商会印の外周だ。


役所の印ではない。

札屋の印でもない。


「……商会の奥だ」


ミラは唇の内側で言った。


刷り場の机は、役所の机じゃない。


商会の奥に作られた、臨時の机だ。


臨時の机は逃げる。

逃げる前に、順番で取る。


ミラは壁の影から一歩だけ退く。


退く動きは、諦めに見える。

見えるから、相手が油断する。


油断した机が、札の束の頭を落とす。


落ちた頭を拾えば、次で折れる。


ミラは決めた。


「……次で、束の頭を取る」

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