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偽情報の王国で、仮面は割れる  作者: 梓水あずみ
北線の削除

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102.遺留品の口


北へ向かう途中で、声が増えた。


「遺留品だ」

「ほら、出た」


声が増えるほど、目が集まる。

目が集まるほど、札が強くなる。


坂の下の広場に、人が輪を作っていた。

輪の中心に、布袋が一つ。

袋の口に札が結ばれている。


《遺留品》


札は短い。

短い札ほど、人の手を動かす。

短い札ほど、誰かの生死を先に決める。


腕章の男が、袋の口を指で叩いた。


「確認します」


確認。

確認は、決める前の言葉に見える。

でも実際は、決めたあとに出す言葉だ。


輪の外側で、別の腕章が一人、紙を抱えていた。

抱えた紙は薄い。新しい。糊の匂いがする。

いま作った紙は、いま使うために作る。


ミラは輪の外で足を止めた。

前へ出ない。

出れば、輪がこちらを飲む。


リオが横に立つ。

軽い顔のまま、目だけが硬い。


「触らせない?」


「触らせない」


ミラは頷かない。

頷けば同意になる。

同意になれば、札になる。


ミラは袋を見る。

布の繊維。

口紐の結び目。

指が滑った跡。


急いだ結び目だ。


でも、急いだのに、汚れていない。

泥がついていない。

北の坂の泥の匂いもしない。


おかしい。


袋は外から来た。

この輪の中で“作られた遺留品”だ。


腕章の男が言う。


「中身を確認し、宰相府へ送ります。混乱を避けるため」


混乱回避。

札の言い方だ。


輪の中の誰かが、小さくうなずく。

うなずきは同意じゃない。

でも、同意に見える。


見える同意は、次の紙を呼ぶ。


ミラは輪の外から声を落とした。


「控えを」


誰も聞かないふりをする。

聞こえていないふりをする。

それが輪の防御だ。


ミラは言葉を変えた。


「確認の控えを、ここで取ってください」


職員が一人、視線だけで腕章の男を見る。

腕章の男は答えない。

答えない代わりに、袋を持ち上げた。


持ち上げれば、袋が“動いた”ことになる。

動けば、順番が確定する。

確定した順番は、あとで戻せない。


輪の内側で空気が硬くなる。

硬くなった空気は、次に叫びになる。


リオが一歩、輪の外側へ回った。

通りすがりの声を作る。


「それ、どこの遺留品? 北の小屋の? 窓口の?」


腕章の男がちらりと見る。

見るだけで、答えは出さない。


その隙に、ミラは足元の泥を見る。

輪の内側の靴跡。

新しい靴が多い。

走らない靴が混じっている。


宰相府が、ここを作った。


輪の外側には、古い靴が少ない。

追い立てられた者は輪に入れない。

輪に入れない者は、声を持てない。


ミラは輪の向こうを見る。

北へ上がる道の角に、子どもがしゃがんでいた。

靴磨きの子だ。


子どもはミラを見ない。

靴を見ている。

靴を見て、輪の外側だけを数えている。


ミラは指先で、袖の内側を叩いた。

合図。音を立てない合図。


子どもが一度だけ顔を上げた。

視線が合う前に、下を向く。

顔は札になる。

だから、顔を残さない。


輪の中心で、袋がもう一度持ち上がった。


「開けます」


その言葉で、輪が息を止める。

息を止めた輪は、次に叫ぶ。


ミラはリオにだけ聞こえる声で言った。


「これは、見せる袋」


「じゃあ、本物は」


「北の小屋」


ミラは言い切らない。

言い切れば、道が紙になる。


輪の内側で、別の職員が紙を一枚広げた。

広げた紙の端が光る。

糊の光だ。


《確認済》


確認済みは、開ける前に作れる。

作れば、確認したことになる。


リオは頷かない。

頷かずに、足を動かす。


輪から離れる。

離れるほど、指が減る。

指が減るほど、動ける。


坂を上がると、泥の匂いが濃くなる。

ここが、靴磨きの子が言った場所だ。


子どもが小声で言った。


「袋は二つ。見せるのは軽い。運ぶのは重い」


「どうして分かる」


「軽い方は縄が鳴る。重い方は車輪が鳴る。あと、靴」


靴。


子どもは顔を上げないまま続けた。


「重い方を押したのは、走らない靴。外へ出ない靴。土を踏まない靴」


「宰相府か」


ミラが言いかけて、飲み込む。

名は紙になる。


リオが言った。


「どっちが北へ」


「重い。番号がある。札は《出荷》」


ミラは息を吸った。

甘い匂いが、風に混じる。

匂いは弱い。だから強い。


見せる袋が開く。

中身はあとで紙になる。


でも、重い袋は、いま動いている。


ミラは子どもに言った。


「次の仕事。坂の上で、靴を見て」


子どもは頷かない。

頷かずに、靴を磨き続けた。


ミラとリオは北へ走った。

走る理由は、もうある。


《出荷》の裏の《保護》が、北へ向かっている。

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