第68話:氷の女王目覚める!
「……そういえば、アイラ様は大丈夫か!?」
我に返ったツトムが駆け寄る。
「……傷は塞ぎ、精霊の加護で毒の進行は食い止めていますわぁ。ですがツトム様がかつて受けたのと同じ猛毒……完治させるには、聖水を直接飲ませるしかありません」
シンシアの診断に、一同は沈黙した。
「……口移し、誰かしてくれないか。僕がやるのは流石に失礼になるんじゃないか?」
「「「…………」」」
「どうする?」
「私がやるべきかしら……」
「でもツトムの方が相性がいいんじゃ……」
「私はぁ、恐れ多くてぇ……」
責任と遠慮(と少しの期待)で決まらない。
「……よし! 僕がしよう。もし女王様の機嫌を損ねたら、その時はその時だ!」
ツトムは覚悟を決めると、アイテムボックスの奥底から古の聖水を取り出した。 先日、自分の毒を治したその聖水を自らの口に含み、そっとアイラの唇に重ねて、ゆっくりと流し込んだ。
アイラの身体が、内側から黄金色の光を放ち始める。青白かった肌に生気が戻り、呼吸が安定していく。
「……よかった。しばらくしたら、目を覚ますかな……」
安堵した瞬間、ツトムの意識が遠のいた。張り詰めていた魔力と体力が限界を超え、そのまま城の床の上にパタリと倒れ込む。それにつられるように、激戦を戦い抜いた他のメンバーたちも、心地よい疲労の中で折り重なるように眠りにつくのだった。静まり返った城の間に、アイラの微かな声が響いた。
「……ん……。勇者、勇者よ。大丈夫か……?」
アイラがゆっくりと上体を起こすと、すぐ傍で力尽き、床に突っ伏して眠っているツトムの姿が目に飛び込んできた。
「あぁ〜……あれ?アイラ様!? おぉぉぉぉ! 目覚めたのですね!」
アイラの声に飛び起きたツトムは、その顔に赤みが戻っているのを見て、心底安堵した表情を見せた。
「世話をかけたな……ツトムよ」
「い、いえ……。ですが僕は、その……アイラ様に、あまりに畏れ多いことを……」
口移しでの治療を思い出し、ツトムは顔を真っ赤にして視線を泳がせる。だが、アイラはそんなツトムを責めるどころか、聖母のような慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「よいのだ。私を助けるために、必死であったのだろう?その真心、しかと受け取った」
アイラは優しく微笑み、ツトムの頬にそっと手を添えた。その凛とした、けれど温かな空気に、ツトムは言葉を失う。
「……ふわぁ……。あら、ツトム、もう起きたの……?」
「……むにゃ。ツトム殿……責任……」
その時、折り重なって眠っていたルカやアイリスたちも、ガサゴソと起き出し始めた。
((((((ちょっと!目覚めた瞬間に、何をいい雰囲気になってるのよぉぉぉ!!))))))
口には出さないものの、全員の目が一瞬で覚醒し、ツトムとアイラに向けられる。氷の大地の冷気さえ吹き飛ばすような、新たな熱い騒動の予感が城内を満たしていった。ツトムの頬に添えられたアイラの手。
(あぁ……氷の女王だというのに、なんて温かい手なんだろう。……ずっと、離さないでほしい)
ツトムは心の中でそう願わずにはいられなかった。だが、誠実な彼は意を決して正直に打ち明けることにした。
「アイラ様……命を救うためとはいえ、私は身分の違う貴女の唇に、自分の唇を重ねてしまいました。もし、これでご機嫌を損ねるようでしたら……私を罰してください」
「ツトム! 処罰って何よ、命を救ったのよ!?」
ルカがたまらず横から叫ぶが、ツトムは静かに手を挙げてそれを制した。アイラは添えた手を離さぬまま、ツトムをじっと見つめた。
「……そのようなことがあったのだな。処罰なぞするものか……」
彼女は力強くそう断言すると、ふいに添えた手に力を込め、頬を林檎のように赤くしてボソッと呟いた。
「……ツトムよ。……また、してくれるか?」
「えっ?」
「……さて! ツトム、ではこの国を飢餓から救ってくれるな?」
「は、はい! もちろんです!」
(……しかし、なぜいきなり勇者から名前で呼ばれるようになったんだろうか?処罰はなくて本当によかったけれど)
ツトムはアイラの心変わりに戸惑いながらも、その温もりを必死に記憶に刻んでいた。だが、背後の守護者たちがそれを許すはずもない。




