第56話:氷の大地と氷の女王
「わぁ……流石にこの雪でこの格好は寒すぎるな」
吐く息が白く凍りつく中、ツトムは王都を出る際に王から預かっていた防寒着のことを思い出した。
ツトムは防寒着を入れておいたアイテムボックスを開き、人数分の防寒着を中から取り出した。それは厚手で手触りの良い、ふわふわとしたコートだった。
「何これ!すごくあったかいわね」
ルカが声を弾ませれば、ハルも「わっちもあったかいでありんす」と顔を埋める。「フワモコですぅ……」とシンシアもその感触にご満悦の様子だ。
一行が深い雪の中を歩いていると、ふいにシンシアが「わぁっ!?」と雪に足を取られてバランスを崩した。
「危ない、シンシア!」
ツトムが咄嗟にその手を掴み、支える。そのまま「転ぶと危ないから、こうしていよう」と手を繋いで歩き出した。
(あぁぁぁぁぁ! 転びそうになって良かったぁぁぁぁぁぁ!!)
内心でガッツポーズを決めるシンシアを、ルカがジトーっとした冷ややかな視線で見つめていた。
「……やっと着いたわね!」
吹雪の向こうに、氷の大地を象徴する巨大な氷の城が姿を現した。そこに住まうのが氷の女王、アイラである。
「何奴だ!?」
城の正門に立つ門番たちが、鋭い氷の槍をツトムに向ける。
「私たちは勇者ツトムとその一行です。女王陛下にお会いしに来ました」
ルカが毅然とした態度で告げると、門番たちは即座に槍を引いた。
「これは失礼した。勇者一行。さぁ、中へ」
城内に一歩足を踏み入れると、外の荒れ狂う吹雪が嘘のように静まり返っていた。
「ひんやりとはしているけど、外よりは寒くないな」
「氷の建造物か……すごいなこりゃ、どういう構造なんだ?」
職人魂を刺激されたグライザが目を輝かせる。
「寒いでありんす、ツトム……温めておくんなんし」
ハルが隙あらばとツトムに寄り添う中、一行はついに女王の間に辿り着いた。
そこにいたのは、透き通るような白い肌と、氷の結晶を散りばめたようなドレスを纏った、美しくも威厳に満ちた女性だった。
「よくいらしたな、勇者。そなたたちの訪れを待っていたぞ」
氷の女王アイラは、冷たい外見とは腹に、どこか温かみのある声で一行を迎え入れた。
アイラは温かい笑顔を向けてくれたが、その瞳の奥には深い疲労の色が滲んでいた。
「氷の大地も、飢餓に苦しんでいらっしゃるのですね」
ツトムが静かに告げると、アイラは一瞬だけ表情を曇らせ、すぐにまた悲しげに微笑んだ。
「……そうなのです。この吹き荒れる雪の中では、芽吹くことさえ叶いません」
苦境にありながらも、気高く笑顔を絶やさない女王。
(こういうトップがいるからこそ、民も希望を捨てずにいられるんだろうな……)
ツトムは感銘を受けつつも、彼女が何かを言い淀んでいることに気づいた。
そこは流石、数多の商談をこなしてきた経営者だ。相手の顔色一つで、言葉の裏にある本音を察した。
「アイラ様。僕に何か、おっしゃりたいことがあるのではないですか?」
ツトムが優しく促すと、アイラは意を決したように深く息を吐き、兵士たちに「席を外せ」と命じた。
女王の間が静まり返ると、アイラは震える声で語り始めた。
「勇者よ……聞いてくれるか。先ほど申した通り、ここでは何も育たない。民は飢餓に苦しんでいるが、私にはどうすることもできないのだ。王都との親交があるゆえ、そこからの配給だけでなんとか凌いではいるが……」
アイラの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。先ほどの凛とした笑顔は、やはり部下や民を不安にさせまいとする彼女の強がりだったのだ。
「……どうか、どうか力を貸してくれぬか、勇者よ。このままでは……」
弱々しく、しかし切実な願い。ツトムは真っ直ぐに彼女を見つめて答えた。
「分かりました。では、外の土地を少しだけ耕すことをお許しいただけますか?」
「この猛吹雪では、何一つ育たぬぞ……?だが……勇者の好きにするがいい。そなたの力、信じてみよう」
アイラは涙を拭い、わずかな希望を託すようにツトムに微笑みかけた。




