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隣の鈴木くんと鈴木さん  作者: 双鶴


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9/16

8話

文化祭が終わった翌週。

教室には、まだ少しだけ非日常の空気が残っていた。

ポスターの端が剥がれかけていて、舞台の余韻が黒板の隅に漂っている。


「文化祭、楽しかったね」

佐伯美羽が、佳奈子に話しかけた。

「うん。脚本、みんなが褒めてくれて嬉しかった」

「佳奈子ちゃん、すごかったよ。演者より目立ってた」

「それは……ちょっと言いすぎ」


佳奈子は笑った。でも、その笑顔は少しだけ曇っていた。

舞台の裏で、照明を操っていた和也の姿が、ずっと頭に残っていた。


放課後。

佳奈子は、体育館の照明室に向かった。

誰もいない。スイッチの並んだパネルが、静かに佇んでいる。

「ここにいたんだよね、鈴木くん」


その夜、和也はベランダで星を見ていた。

「艦長、任務完了ですか?」

「いや……報告書を書いてるところ」

「文化祭の成果は?」

「“誰かのために動くと、ちょっとだけ自分が好きになる”って書いておこう」


翌朝。

佳奈子は、登校中にぽつりとつぶやいた。

「文化祭、楽しかったけど……鈴木くんがいないと、ちょっとつまらなかった」

和也は、少し驚いた顔をした。

「俺、裏方だったけど」

「うん。でも、照明のタイミングとか、舞台の空気とか……全部、鈴木くんが作ってた」

「それ、俺の妄想じゃなくて、現実?」

「現実。ちゃんと見てたよ」


和也は、少しだけ黙った。

誰かに“見られていた”こと。

誰かに“必要とされていた”こと。

それが、こんなに胸に響くなんて。


「俺、名前で呼ばれるの、好きかも」

「え?」

「“鈴木くん”って言われると、ちょっと距離あるけど、“和也”って言われると……なんか、俺でいいんだって思える」

「じゃあ、これからは“和也”って呼ぶね」

「うん。俺も、“佳奈子”って呼ぶ」


その日の昼休み。

教室の隅で、和也はノートに新しい落書きを描いていた。

“鈴木艦長、名前で呼ばれるとエネルギーが回復する”

副官がうなずいている。

「艦長、それは感情のエネルギーです」

「うるさいな。でも、ありがとう」


放課後。

佳奈子は、委員会室で佐伯と話していた。

「鈴木くんって、最近ちょっと変わったよね」

「うん。なんか、オトナっぽくなった」

「佳奈子ちゃんの影響じゃない?」

「……だったら、ちょっと嬉しいかも」


マンションの前。

「じゃあね、和也」

「うん、また明日、佳奈子」


名前で呼び合う声は、今日も変わらず響いた。

でも、その響きは、少しだけ温度を帯びていた。

それは、“自分でいい”と思える安心と、

“誰かに見られている”という誇りが重なった音だった。


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