9話
「今日から新しいクラスメイトを紹介します」
担任の声に、教室がざわついた。
「藤原蒼くんです。よろしくね」
前に立ったのは、少し長めの前髪に、落ち着いた雰囲気の男子だった。
「藤原蒼です。よろしくお願いします」
声は低く、穏やかだった。
和也は、なんとなくその声が気になった。
“この人、俺と真逆だな”
妄想癖もなさそうだし、無駄にテンションも高くない。
それなのに、女子たちの視線が集まっていた。
「藤原くん、どこから来たの?」
「静岡。親の転勤で」
「へえ〜!静岡ってお茶が有名だよね」
「うん。あと、富士山が近い」
佳奈子も、その輪の中にいた。
「静岡って、理科の教科書で地層の写真が載ってた気がする」
「そうそう。あれ、実家の近くだよ」
「えっ、ほんとに?」
和也は、遠くからその会話を聞いていた。
胸の奥が、少しだけざわついた。
“佳奈子が、あんなに自然に笑ってる”
“俺と話すときより、リラックスしてるかも”
放課後。
和也は、屋上で一人ノートを開いていた。
“鈴木艦長、通信障害発生中”
副官が言う。
「艦長、心拍数が上昇しています」
「……気のせいだ」
「それは、嫉妬という感情では?」
「うるさい。妄想に感情を持ち込むな」
その夜。
和也は、ベランダで星を見ながら考えていた。
“俺、佳奈子のこと、どう思ってるんだろう”
“隣人?同盟国?それとも……”
言葉にできない感情が、胸の奥で渦を巻いていた。
翌日。
藤原は、すぐにクラスに馴染んでいた。
男子とも女子とも、自然に話す。
そして、佳奈子とも。
「佳奈子さんって、ノートきれいだね」
「え、ありがとう。ちょっと几帳面なだけ」
「いや、見やすいし、まとめ方が上手い」
「……嬉しい。そんなふうに言ってもらえるの、久しぶり」
和也は、教室の隅でパンをかじっていた。
味がしなかった。
昼休み。
佳奈子が和也の席に来た。
「鈴木くん、今日静かだね」
「そう?」
「なんか、妄想してない」
「今は、現実のほうが騒がしいから」
佳奈子は、少しだけ首をかしげた。
「……何かあった?」
「いや、別に」
その日の帰り道。
和也は、いつものように佳奈子と並んで歩いていた。
でも、言葉が出てこなかった。
“名前で呼びたい。でも、呼んだら何かが壊れそうで”
そんな気持ちが、喉の奥に引っかかっていた。
マンションの前。
「じゃあね、鈴木くん」
「……うん、また明日」
名前で呼び合う声は、今日は響かなかった。
その代わりに、胸の奥で何かが静かに揺れていた。
それは、“特別”が揺らぐ予感と、
“言葉にしなければ失われる”という焦りだった。




