10話
「藤原くんって、なんでもそつなくこなすよね」
昼休み、佐伯美羽が言った。
「うん。話し方も落ち着いてるし、ノートもきれい」
佳奈子も、自然にうなずいた。
和也は、パンをかじりながらその会話を聞いていた。
“そつなくこなす”という言葉が、胸に刺さった。
自分は、そつどころか“妄想”でしか動いていない。
現実では、何もしていない。
放課後。
和也は、図書室にいた。
理科の参考書を開いている。
「艦長、これは未知の領域です」
副官が言う。
「うるさい。俺、今は妄想じゃなくて、現実を学んでる」
「目的は?」
「……佳奈子に、何か言えるようになりたい」
その日から、和也は少しずつ変わった。
授業中に手を挙げるようになった。
委員会の手伝いにも顔を出した。
体育の時間も、真面目に走った。
「鈴木くん、最近どうしたの?」
佳奈子が聞いた。
「いや、ちょっと……現実係の影響かも」
「それ、私のこと?」
「うん。俺、妄想だけじゃダメだなって思って」
「……そっか」
佳奈子は、少しだけ嬉しそうだった。
でも、同時に不安もあった。
“和也が変わると、今までの関係も変わるかもしれない”
その夜。
和也は、ベランダで星を見ながらノートを開いた。
“鈴木艦長、現実航行中”
副官がうなずく。
「艦長、進路は?」
「まだ不明。でも、目的地は“隣人の隣”だ」
翌日。
藤原が、佳奈子に話しかけていた。
「今度、理科の実験で班になるよね」
「うん。楽しみ」
「鈴木くんも一緒だよね?」
「そうだね。最近、頑張ってるよ」
和也は、その会話を聞いていた。
“頑張ってる”という言葉が、少しだけ救いだった。
誰かに見られている。
誰かに届いている。
放課後。
和也は、佳奈子に声をかけた。
「ねえ、佳奈子」
「ん?」
「俺、最近ちょっと変わったと思う?」
「うん。すごく変わった」
「それって……いい方向?」
「もちろん。私は、今の鈴木くん、好きだよ」
“好き”という言葉に、和也は少しだけ固まった。
でも、それは“人として”の好きだとわかっていた。
それでも、嬉しかった。
「じゃあ、条約追加。“努力は妄想を超えることがある”」
「発効!」
マンションの前。
「じゃあね、和也」
「うん、また明日、佳奈子」
名前で呼び合う声は、今日も変わらず響いた。
でも、その響きは、少しだけ前に進んでいた。
それは、“変わりたい”という意志と、
“変わっても隣にいたい”という願いが重なった音だった。




