11話
「藤原くんって、話しやすいよね」
佐伯美羽が、昼休みに言った。
「うん。なんか、落ち着いてるし、話をちゃんと聞いてくれる」
佳奈子も、自然にうなずいた。
最近、藤原と話す時間が増えていた。
委員会の打ち合わせ、理科の実験、帰り道。
和也と話す時間が、少しずつ減っていた。
「佳奈子さんって、昔から理科好きだったの?」
藤原が聞いた。
「うん。小学校の頃、葉脈の観察が好きで」
「へえ、俺も。あれ、きれいだよね」
「そう!誰にもわかってもらえなかったけど、藤原くんはわかってくれるんだ」
その言葉が、和也の耳に届いたわけではない。
でも、空気でわかる。
“佳奈子が、誰かと共有している”
それが、少しだけ苦しかった。
放課後。
和也は、マンションの廊下で立ち止まった。
佳奈子の部屋の前。
昔、ここで鬼ごっこをした。
自由研究を交換しようとして怒られた。
“隣にいる”ことが、当たり前だった。
「艦長、記憶が揺れています」
副官が言う。
「うるさい。今は、航路を見失ってるだけだ」
「目的地は?」
「……“隣に戻る”こと」
その夜。
佳奈子は、スマホのアルバムを開いた。
“銀河を見つめる午後”の写真。
“誕生日にくれた手紙”の写真。
“文化祭の照明室”の写真。
「私、鈴木くんのこと、ちゃんと見てたんだな」
でも、最近は見ていない。
藤原のほうばかり見ている。
それが、少しだけ罪悪感だった。
翌朝。
和也は、佳奈子に声をかけた。
「ねえ、佳奈子」
「ん?」
「最近、藤原と仲いいよね」
「うん。話しやすいし、理科の話も合うし」
「そっか。……俺とは、話しにくい?」
「そんなことないよ。でも、鈴木くんは……ちょっと、妄想が強すぎるときあるから」
「それ、俺のアイデンティティなんだけど」
「知ってる。でも、最近は現実も見てるよね」
「うん。佳奈子がいるから」
その言葉に、佳奈子は少しだけ黙った。
“私がいるから”
それは、嬉しいけど、重い。
でも、逃げたくない。
「じゃあ、条約追加。“選択は、記憶と向き合ってから”」
「発効」
マンションの前。
「じゃあね、和也」
「うん、また明日、佳奈子」
名前で呼び合う声は、今日も変わらず響いた。
でも、その響きは、少しだけ揺れていた。
それは、“誰を選ぶか”という問いと、
“誰といたいか”という記憶が交差する音だった。




