12話
「鈴木くんって、最近ちょっと変わったよね」
佳奈子は、委員会の帰り道に言った。
「うん。俺、現実を見ようと思って」
「それって、誰かの影響?」
「……佳奈子の影響」
その言葉に、佳奈子は少しだけ黙った。
嬉しい。でも、重い。
“私のせいで変わった”という感覚が、責任のようにのしかかる。
翌日。
藤原と佳奈子が、理科の実験でペアになった。
「佳奈子さん、ピペットの使い方うまいね」
「ありがとう。小学校の頃から好きだったから」
「俺も。理科って、ロマンあるよね」
「うん。わかる」
和也は、遠くからその会話を見ていた。
胸の奥が、またざわついた。
“俺じゃなくても、佳奈子は笑える”
“俺じゃなくても、隣に誰かがいる”
放課後。
和也は、佳奈子に声をかけた。
「ねえ、最近、藤原とよく話してるね」
「うん。理科の話、合うから」
「俺とは、合わない?」
「そういうことじゃないけど……」
言葉がぶつかり始めた。
「じゃあ、俺は何なの?ただの隣人?」
「違うよ。でも、最近の鈴木くん、ちょっと無理してる気がする」
「無理なんかしてない。俺は、変わりたかっただけだ」
「それって、誰かに勝ちたかっただけじゃない?」
沈黙が落ちた。
二人は、言いすぎたことに気づいていた。
でも、引き返せなかった。
その夜。
和也は、ベランダで星を見ていた。
“鈴木艦長、航路喪失”
副官が言う。
「艦長、通信不能です」
「……俺、何を守りたかったんだろう」
佳奈子も、スマホのアルバムを開いていた。
“銀河を見つめる午後”
“誕生日の手紙”
“文化祭の照明室”
「私、鈴木くんのこと、ちゃんと見てたのに」
「なんで、あんな言い方しちゃったんだろう」
翌朝。
教室で、二人は目を合わせなかった。
でも、昼休み。
佳奈子が、そっと和也の席に来た。
「ねえ、昨日はごめん」
「俺も。言いすぎた」
「鈴木くんは、無理してたんじゃなくて、頑張ってたんだよね」
「うん。俺、佳奈子に見てもらいたかっただけ」
「見てたよ。ずっと」
沈黙のあと、佳奈子が言った。
「じゃあ、名前で呼んでもいい?」
「もちろん。俺も、呼びたい」
「和也」
「佳奈子」
名前で呼び合う声は、久しぶりに響いた。
でも、その響きは、以前よりも深かった。
それは、“言い合っても壊れない”という信頼と、
“名前に気持ちを込める”という覚悟が重なった音だった。
マンションの前。
「じゃあね、和也」
「うん、また明日、佳奈子」
そして、二人は並んで歩いた。
隣人でも、同盟国でもない。
それ以上の何かに、少しずつ近づいていた。




