6話
「今日、誕生日なんだ」
佳奈子は、朝の登校中にぽつりとつぶやいた。
隣を歩く和也は、寝癖を直しながら「へえ」とだけ返した。
「へえ、って……それだけ?」
「え、あ、ごめん。誕生日だったんだ」
「うん。まあ、別にいいけど」
佳奈子は、少しだけ期待していた。
和也なら、何か言ってくれると思っていた。
名前で呼んでくれるだけでも、特別な気持ちになれると思っていた。
でも、和也は気づいていなかった。
小学生の頃は、毎年手紙をくれた。
“佳奈子へ 宇宙一の隣人より”という、妄想全開の手紙。
それが、今年はない。
昼休み。
佳奈子は、委員会室で佐伯美羽と一緒に資料整理をしていた。
「ねえ、佳奈子ちゃんって今日誕生日なんでしょ?」
「え、うん。なんで知ってるの?」
「名簿に書いてあったから。おめでとう!」
「ありがとう……」
佐伯は、小さなチョコレートを差し出した。
「これ、コンビニで買ったけど、気持ちだけ」
「嬉しい。ほんとに」
その瞬間、佳奈子は少し泣きそうになった。
誰かに祝ってもらえること。
それが、こんなに嬉しいなんて。
放課後。
和也は、教室で一人ノートに落書きをしていた。
“鈴木艦長、宇宙時間で誕生日を忘れる”
副官が怒っている。
「艦長、それは重大な外交ミスです!」
「……俺、やっちゃったな」
帰り道。
佳奈子は、少し距離を取って歩いていた。
「ねえ、鈴木くん」
「ん?」
「今日、佐伯さんがチョコくれたよ」
「そうなんだ。よかったね」
「うん。嬉しかった」
「……ごめん。俺、忘れてた」
「別にいいよ。隣人だし」
「でも、隣人だからこそ、忘れちゃいけなかった」
和也は、ポケットから小さな紙を取り出した。
「これ、さっき描いた。即席だけど」
そこには、“佳奈子へ 宇宙一の遅刻した隣人より”と書かれていた。
星の絵と、艦隊のマークも添えられていた。
佳奈子は、笑った。
「これ、懐かしいね」
「うん。来年は、ちゃんと時間通りに渡す」
「じゃあ、条約追加。“誕生日は忘れないこと”」
「発効!」
マンションの前。
「じゃあね、和也」
「うん、また明日、佳奈子」
名前で呼び合う声は、今日も静かに響いた。
でも、その響きは、少しだけ重みを増していた。
それは、“忘れられたくない”という気持ちと、
“思い出してくれた”という喜びが、重なった音だった。




