めざせ中央会議場 1
オルドラ王国を出発して五日目。私たちは中央会議場を目指してグレンドーラの森を歩いていた。
佐平次に転移陣を持たせて中央会議場へ転移し、周辺を散策しながら皆の到着を待てばいいと思っていたが、素材採集をしたいマルセロと狩をしたい獣たちは大反対だった。そして久しぶりの遠征を楽しみにしていた元冒険者リゼルダの『ゆっくり行けばいいじゃないか。』の一言で現在に至る。
先頭を行くのはリゼルダを乗せた格之進、その隣にウォルフ。そしてエレイン、マルセロ、トーマが並んで歩いている。最後尾は私とクラウスと佐平次だ。
この日も助さんからの定期連絡を受け、リンネットたちの状況を確認したが先発隊も順調に進行しているようだった。
「オルドラ王国の本隊も同じ日に出発してるはずなのに全く見えないですけど、私たちペースが速すぎませんか?パルド王国から移動したときはもっとゆっくりでしたよね?」
パルド王国からの移動のときは休憩も多かったと思う。
今回は冒険者使用の服を着ているから歩きやすいし、休憩の度に皆に癒しをかけているため疲れを感じることはあまりなかったが、あまりにも早いので不思議に思って隣を歩くクラウスに質問してみた。
「パルド王国からの移動はタカさん夫婦や子どもたちがいたからな。それと俺たちは西の国境門から出てガルザン王国の西沿いを進んでいるが、本隊は北の国境門から出てガルザン王国の東沿いを通っていく予定だ。」
クラウスがそう教えてくれたが、この世界の地理が全くわかっていない私は『へー、そうなんですね。』と軽い返事で流した。まぁ、同じ道を行けば別行動にならないから特に問題はない。
「主、狩にはいつ行くのだ?」
「えー、出発したばっかりじゃん。まだお肉はいっぱいあるから必要ないよ。もう少し奥に入ってからかな。」
「つまらぬ。」
佐平次はちょっとすねたようで、そう言って陰に潜んでしまった。狩に行きたいのはわかっているがグレンドーラの森に入ったとはいえ、まだ道らしきものがあるぐらいだ。彼らが楽しめるような大きい魔獣はいないだろう。
私がクラウスと今夜の野営地について相談していると、エレインが振り向いて声をあげた。
「ボスー。今日の晩御飯はあれがいい。」
「あれって何?」
「あれだよ、あれ、なんだっけ?えーっと。」
「思い出したら言って。」
「うぃー。」
いつものことだが二十年親子をやっていても『あれ』ではわからない。身体能力は向上しているのに語彙力が落ちてきている気がする。
――学校ができたら露ちゃんも通わせてタカさんに頭も鍛えてもらわなくちゃ。
出発直前に確認した工事中の建物もこの遠征から戻る頃には工房や保育園、学校も完成しているだろう。私のやりたいことが私抜きでどんどん進んでいくのが面白くない。そう思った瞬間私の中で忘れていた怒りが沸々と湧き上がっていく。
――私都合よく使われ過ぎてない?
パルド王国に召喚されてからの一年で飲み込んできた怒りや悲しみが一気に脳裏を過り、魔力が身体中を駆け巡り自分の身体が熱を帯びて膨張しているように感じた。遠くにクラウスの声が聞こえた気がしたが、キーンという耳鳴りにかき消され突然視界が真っ暗になった。
目が覚めたはずだった。何度か瞬きをしてみたが視界は真っ暗なままでおまけに身体は大きなモフモフにくるまれてとても心地がいい。
ーーふわふわであったかい。
私はそう思いながらゴロンと寝返りをうってフフッと笑った。
「主、目覚めたか。」
頭上から佐平次の声が聞こえたと思ったら、私の身体を包み込んでいた物がふわっと離れた。どうやら私は佐平次のお腹を背もたれに眠っていたらしい。佐平次のしっぽが離れたことで視界が開けたが、辺りは相変わらず暗かった。
「佐平次、皆はどこ?……え?何?デカ!」
私は声が聞こえた方を見上げて驚いた。佐平次が記憶にある姿の倍ぐらい大きくなっていたのだ。
ーーまだ夢の中にいる?
「起きたなら移動するが、良いか?」
「ちょっと待って。なんでそんなに大きくなってるの?いや、私が小さくなった?」
「主の魔力で成長したのだ。」
ーー私の魔力……。
私は大きくなった佐平次に乗って暗闇を走りながら考えてみたが、お昼ご飯を食べた後の記憶がない。辺りが暗いことからもかなり長い時間寝ていたことがわかる。
「ねぇ。皆そんなに遠くにいるの?」
「主が寝ている間も進んでいるからな。」
ーーこんなに離れてるってどんだけ寝てたんだ?なんか怖いんだけど。
佐平次が大きくなったことで乗り心地は格段に良くなったものの、相変わらず速くて目が開けていられないので、佐平次が止まったことで目的地に着いたことがわかった。
私は目を開けて目の前の光景に驚いた。
私たちより一週間も早く出発したはずの先発隊メンバーがいたのである。
「進行が早すぎて追いついちゃったんですか?」
私の第一声に大きなため息をついたのはトラヴィスだった。
「身体は大丈夫なのかい?」
「はい、久しぶりにゆっくり寝たみたいでスッキリしています。」
心配してくれるリゼルダに私は笑顔で答える。私たちは焚火の周りに腰をおろし、情報共有をすることになった。
「何が起きたのか説明してもらおうか。」
トラヴィスは眉間を押さえながら私に説明を求めたが、昼食後からの記憶がないので説明しようがない。逆に記憶がない間に何が起きたのか説明してほしいくらいだ。
私が記憶がないと伝えると、隣に座っているクラウスが話し始めた。
クラウスから見ると私が突如として魔力を纏い始め、濃い魔力の球体の中に浮かんでいたという。声をかけても反応がなく、濃い魔力に包まれているため近づくこともできない。そんな中で佐平次から転移陣を敷くよう言われ、来たのがトラヴィス、アリシア、リンネット、助三郎だったそうだ。
助格コンビと佐平次が魔力の球体の中に入り私の魔力を吸収して大きくなり、事態は収束したように見えたが今度は私がいつまでたっても起きないため、佐平次と私を残して出発した。これが五日前の出来事だと聞いて更に驚いた。
「ということは、私は五日間も寝ていたってことですか……。」
それだけ寝ればスッキリもするはずだ。身体は軽いし魔力も自分の意志で動かせるので特に変化は感じられなかったが、変化したと言えば助格コンビと佐平次だ。三匹とも身体が大きくなって威厳が増していた。
ーー食べる量も倍増したなんて言わないよね?
私は大きくなった三頭に視線を向ける。するとその後ろからリゼルダがリンネットを連れてもどってきた。
「お母さんやっと起きたんだ。ってかその髪。気づいてる?」
私はリンネットの言葉に後ろで束ねていた髪を掴んで毛先を自分の視界に入れた。
「やだ、なにこれ。たった五日間寝ただけでどんだけ老けたの?ちょっと誰か鏡持ってない?」
「あー、髪の毛は真っ白になってるけど、見た目はどっちかっていうと若返っていい感じになってる。」
リンネットのいい感じが本当に良いのかわからないので安心はできない。いや、白髪で若返るっていいのか?と呟くとエレインが『ボス、かっこいい。人間じゃないみたい。』と言って親指を立てて見せた。
ーー人間じゃないのがかっこいいとかわけがわからないんですけど。
「まぁ、それ以外に変わったところは無いんだろう?とりあえず元気なことが一番だね。」
そう言ってリゼルダがスープを持ってきてくれた。五日間も寝ていたので何も食べていないのだが、私の記憶では昼食を食べたばかりなのでお腹が空いたという感じもしなかった。だが一口スープを飲み込むとじんわりと温かさがお腹に広がった。
「あー、おいしいです。でも何で誰も髪の色が変わったことに驚いてないんですか?こっちの世界ではよくあることなんでしょうか?」
「いや、初めて見るし聞いたこともない。だが俺たちは魔力の球体の中で髪の色が変化するのを見ていたからな。」
ーーなるほど。皆はそのときに驚いているから今回は反応無しってことですか。私だけ置いてけぼりなんですね。
クラウスの言葉にウォルフやトーマもうんうんと頷いている。マルセロだけは何も言わずジッとこちらを見ているのが気になり声をかけたのだが、これが間違いだった。
私が声をかけたことにより汗木を切ったようにしゃべりだしたのだ。次から次へと質問が飛んできて、終いには髪の毛が欲しいと言い出した。
どうやら今回の魔力暴走のきっかけがわからないので、私の状態が確認できるまで黙っているようにとリゼルダにきつく言われていたらしい。
私は自らマルセロの好奇心スイッチを押してしまったことを早々に後悔した。勢いの止まらないマルセロに呆れて皆は就寝のため小屋へと戻っていき、焚火の周りには私とクラウスとマルセロが残った。
「さっきも言いましたけど、記憶が無いので全く分かりません。」
「頑張って思い出してください。」
「努力はしてみます。でも期待はしないでくださいね。」
マルセロは『約束ですよ。』と言って私の髪の毛を一束持って小屋へと戻っていった。髪の毛一束でこの状況から解放されるのなら安いものだ。
「クラウスさんはお休みにならないんですか?」
「俺は今夜は見張りをする。リオーネこそ休まなくてもいいのか?」
「まぁ、私はさっき起きたばかりですし、ちょっと思い出す努力でもしてみます。」
そう言って焚火から少し離れたところに座っているウルフたちのもとへ行き、助さんの上へよじ登った。
「あー、落ち着く。ねぇ助さんリンネットはどう?我儘言ってないかしら?」
私は先発隊でのリンネットの様子を聞いてみる。毎日報告は受けているがそれでもやっぱり心配なのだ。助さんはリンネットが毎日シンティアと魔道具について話していることなどを教えてくれた。助さんに乗ることもなくシンティアと一緒に歩いているリンネットに成長した喜びを感じる。
助さんのモフモフに埋まりリンネットの話を楽しく聞いていた私は、助さんの呼吸や声の振動でいつの間にか眠っていた。思い出す努力はすっかり忘れて。




