悪知恵と出発準備
トラヴィスから別行動を勝ち取った翌日の昼食時にそれはやってきた。
「リオーネさん!別行動とはどういうことでしょう?」
「別で行動するということですね。」
「意味くらい知っています。……何故?何故別行動なのですか。誰が荷物を運んでくれるのですか?誰が洗濯をしてくれるのですか?美味しい食事は誰が作ってくれるのですか!」
――『私の』っていう主語が抜け落ちてますよ。マルセロさん。
毎日食事をしに館にやってくるマルセロだが、今日は貴族らしからぬ足音と共に息を切らせてやってきてこれだ。まあ、こちらは予想通りなので対応もいつも通りである。
「ご自分でどうぞ。」
「何故そんな酷いことが言えるのですか。」
「そんなに酷いですか?自分のことを自分でやるだけですよね?マルセロさん以外皆やってることだと思いますけど。だいたい魔導師団のお仕事って野営地に防衛の魔術をかけるとか、魔獣が出たときの後方支援ですよね?荷物なんて着替えぐらいじゃないんですか?」
私は目を見開いて驚愕の表情を見せているマルセロに構わず昼食の準備を進める。
「グレンドーラの森の奥地に行く機会なんてめったにないんですよ!どんな希少な素材があるのか胸が高鳴って眠れないというのに。」
それが私となんの関係があるというのか。出発まで二週間もあるのに、今から眠れないとなると行く頃にはどうなっているんだろう?そんな疑問が頭を過ったが、話が長くなりそうなので黙っていることにした。
「素材を採集する道具など持って行くものはたくさんありますから、リオーネさん、一緒に行きましょう!」
「嫌でーす。お断りしまーす。」
「それでは私の計画が……。」
マルセロは、あーでもないこーでもないと一人でブツブツ言いながら思考の海へ潜っていったようで、立ったまま動きが止まってしまった。ただ、食事の準備をするのにとても邪魔だった。
私は作業の手を止めて振り向き、ゾーイと一緒に食器を運んでいるリアナに声をかけた。
「リアナ、悪いけどマルセロさんを邪魔にならないところに移動してくれる?」
「はーい、お任せください。」
明るく返事をしたリアナは、マルセロを後ろから抱きかかえて調理場の隅に持って行った。
――若い女の子に抱えられてるというのに気づきもしないなんて……。
なんて残念な男だろうか。我が家の女の子たちはアリシアを筆頭に可愛い子が揃っているというのに。
マルセロの残念っぷりに大きなため息をついたとき、エレインが調理場の窓から軽やかに入ってきた。
「そこは入り口じゃぁないんですけど。」
「知ってるよ。」
「知ってるならちゃんと入り口から入ってきて。いい加減覚えなさいよ。」
「ボスこそいい加減諦めればいいのに……。あれ?マルセロさん何してるの?」
エレインは食卓の定位置に座り、テーブルの上の大皿に手を伸ばした。そして部屋の隅に立っているマルセロに気づいたようだ。
「遠征の別行動が不満みたいよ。」
「ああ、まぁ、そうだろうね。明らかに面白くなさそうなメンツだもんね。で?こっちの仲間に入りたいって?」
「荷物持ちと洗濯とご飯のために一緒に行きたいんだって。」
「だろうね。簡単なことなのに。」
エレインの発言にマルセロが勢いよく振り向いた。
「エレインさん。何かいい方法があるのですか?」
――聞こえてるんだ……。
マルセロは目を輝かせてエレインの前の席に座った。
「陛下たちを転移させれば一緒に行動する必要なし。」
「なんと!それなら師団長も行けるではありませんか。エレインさん素晴らしいです。」
――どの国のトップも中央会議場に歩いて向かうんだよね?それなのにうちだけそんな楽していいの?でもまぁ、師団長が行くならマルセロさんは留守番だね。
「そうなったらマルセロさんが行く必要もなくなりますね。」
「そうですよ。本隊にいる必要は無いので、皆さんとご一緒できます。」
なんだか話がかみ合っていない。マルセロはどうあっても素材採集に行くつもりのようだ。
「露ちゃんがマルセロさんの荷物を運んであげてね。」
「えー、めんど。」
――めんどくさいぐらい省略せずに言って。悪知恵働かせた責任はちゃんと取らなきゃね。これは私が言い出したことじゃないから、説教も聞かないよ!
言い出しっぺのくせに丸投げしようなんて考えが甘い。『言わなきゃよかった。』とつぶやくエレインとは反対に、マルセロは極上の笑顔で食事をして帰って行った。
その後はアリシアとリンネットのいる先発隊に持たせる料理や物資の準備を急ぎ、私たちの出発予定より一週間早く送り出した。もちろんトラヴィスからの抗議もあったが、エレインは文官長の監視を言い訳に逃げ出し、素材採集に行きたいマルセロが事を収めたのだった。
そして自分たちの荷物を準備しているときにふと気づいてしまった。転移陣を使ってちびちゃんズに会いに戻るんだから、その度に買い物すればこんなに慌てて準備する必要なんてないのだ。
私はアイテムボックスに入れる予定の荷物の山を目の前にガクっと膝を落とした。
――なんで前日になって気づくかなぁ……。




