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冷遇された令嬢の政略結婚、旦那様と悪口の趣味が合いすぎます  作者: 星舟能空


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第06話 悪党夫婦の晩餐会

 翌朝、夫は食卓へ紙を一枚持ってきた。

 私は覚悟を決めた。

 昨夜、伯母の顔を思い出しては笑っていたが、朝になると、うちへ子どもを何人呼ぶのか、靴はどこへ置くのか、何も考えていないことに気づいた。


 紙には、丸が十二個描いてあった。


「これは?」

「椅子です」


 中央には、大きな四角があった。

 その脇に、妙な楕円が一つある。


「こちらは」

「ドン」


 足元の犬が、名前を呼ばれて尻尾を振った。

 自分だけ別の形を与えられたことを、誇りに思っているのかもしれない。


「合唱の子たちは、十二人でしたね」

「はい。でも、先生と付き添いも」


 夫は丸を三つ増やした。

 子どもの椅子より小さかった。


「大人は控えめに座るのですか」

「紙が足りない」


 私は笑った。

 緊張が、少し抜けた。


「あの子たち、冬の舞踏会のために、今から練習するのです。昔は歌う方も呼ばれるのを楽しみにしていたのですが」


 私は、パンへ杏のジャムを塗った。


「去年、待ち時間が長すぎて、いちばん小さな子が眠ってしまいました。伯母は、お客様の前でだらしないと」

「お客様は、眠らなかったのですか」

「伯父様のお話の途中で、お二人ほど」

「あれを聞かせたのなら、子どもだけ叱るのは不公平です」


 私はジャムを塗りすぎた。

 パンの端から、橙色がはみ出した。


「来週、ここで歌ってもらいましょう」


 夫が言った。


「冬まで待つ必要はない。聞く側も十五人以内にする」

「どなたを?」

「まず、あなた」


 紙に、小さな三角が描かれた。

 私はそれを見た。


「なぜ三角なのです」

「帽子を描こうとして」


 夫はペンを置いた。

 自分の才能の限界を知るのが早い人だった。


「花も挨拶も、短い方がいいでしょう。あなたが子どもたちに聞いてください。私は、伯父と縁の薄い客を探します」


 私は紙を引き寄せた。

 正式な慈善舞踏会ではない。

 誰かに立派だと認められるための会でもない。

 歌を聞き、食事をして、寒くなる前に帰す。


 できるかもしれない、と思った。


 その時、バジルが珈琲を注いだ。


「ご招待客は、奥様のお知り合いもいかがでしょう」


 私は手を止めた。

 私の知り合い。

 伯母の客でも、夫の客でもなく。


 すぐに思いついた顔があった。

 私は、紙へ名前を書いた。


「リゼットを呼びたいです。嫁ぐ前に、よく本を貸してくれました」

「では、その方を」


 夫は三角の隣に、もう一つ丸を描いた。

 私は、朝食を早く食べ終えたくなった。


 *


 リゼットの返事は、当日に届いた。


『生きていたのね。しかも、招待状を書ける程度には自由なのね。行きます』


 私は返事を読み、笑いながら少し泣きそうになった。

 結婚の支度が始まってから、ほとんど連絡をしていなかった。伯母に見つかると、気楽な友人と遊ぶ余裕がおありなの、と言われたからだ。

 リゼットは気楽な人ではない。病床の父を看ながら家の帳面まで見る、私よりずっと忙しい人だった。

 ただ、伯母の頼みを聞かなかった。

 そのため、気楽という称号を与えられた。


 私は彼女の返事を、夫へ見せた。

 夫は最初の一行を読み、片眉を上げた。


「私は、人を食べると思われていますか」

「噂では」

「何を添えて?」


 私は一瞬考えた。


「不幸でしょうか」

「胃にもたれそうです」


 夫は便箋を返した。


「ぜひ、食後まで生存していただきましょう」


 私は、リゼットに会うのがますます楽しみになった。


 *


 会の当日、最初に問題を起こしたのはドンだった。

 十二人の子どもが玄関に並ぶと、犬は仕事を与えられたと思ったらしく、一人ずつ匂いを嗅ぎ、最後の男の子の前に座り込んだ。


「何か持っていますか」


 私が聞くと、男の子はポケットへ手を入れた。

 小さなパンが出てきた。


「帰りの分です」


 私はドンを見た。


「あなたの分ではありません」


 犬は私を見上げた。

 納得していない。

 食べ物について、爵位も年齢も認めない犬だった。


 ニナが犬を呼び、台所の方へ連れていった。

 男の子はほっとしてパンをしまった。

 私は彼の名前を尋ねた。


「ポールです」

「帰りにも食べ物をお渡しします。ですから、今お腹が空いたら、食べてくださいね」


 ポールはうなずき、隣の女の子へ何か囁いた。

 二人で笑った。

 それで十分だった。


 先生のマルセル氏は、普段、町の礼拝堂で音楽を教えている人だった。白髪が耳の上で跳ねていて、何度撫でても戻る。


「本日は、何曲を」


 彼が聞くと、夫が答えた。


「お腹が空くまで」


 先生は少し困った。

 子どもたちは、嬉しそうだった。


「三曲、お願いしてあります」


 私が助けると、夫はうなずいた。


「その後は食事です。話は短くします」


 先生が深く頭を下げた。

 伯父は、自分の話を聞いてあのように感謝されたいのだろう。

 短くすれば簡単なのに、難しい道を選ぶ。


 *


 歌は、思っていたより大きかった。

 礼拝堂で聞いた時には、石の壁へ散ってしまった声が、この家ではすぐ近くにあった。

 いちばん小さいポールは、ときどき歌詞を忘れた。

 隣の女の子が横目で教え、彼は次のところから大きく歌った。


 リゼットは、私の隣に座っていた。

 来た時、夫を見て一度固まったが、今は普通の顔をしている。

 夫の友人であるフィリップ子爵夫妻は、前のめりで聞いていた。子爵は丸い人で、拍手も丸い音がした。


 三曲目は、春に羊を放す歌だった。

 子どもたちが二組に分かれ、呼び合う。

 一組が歌い終わる前に、もう一組が入りそうになる。

 先生の眉が、忙しく動いた。


 私は楽しくなった。

 去年の舞踏会で、こんな顔を見ただろうか。

 私はずっと、扉がいつ開くか見ていた。

 子どもたちはずっと、叱られないように立っていた。


 歌が終わった。

 私は誰より早く拍手をした。

 夫がこちらを見た。

 その目が優しくて、私は一瞬、拍手の拍を間違えた。


 *


 食卓は大変だった。

 ナイフとフォークの順番が分からない子がいる。

 緊張してパンを落とす子もいる。

 フィリップ子爵が、自分もよく落とすと言って、本当にパンを落とした。

 その瞬間、どこからかドンが現れた。


「警護の隙を突かれました」


 夫が言った。

 子どもたちが笑った。

 犬は、何一つ反省しなかった。


 リゼットが、私へ身を寄せた。


「あなた、本当に奥様なのね」


 私は隣の夫を見た。

 彼はポールに、剣をどこへ置いているのか尋ねられていた。


「毎日、誰かと戦うのですか」

「毎日ではありません」

「じゃあ、昨日は?」


 夫が私を見た。


「昨日は、妻に負けました」


 私は目を開いた。

 寝台の話ではない。

 昨日、彼が庭へ出るのに上着を着なかったので、寒くないと言い張る大人へ一枚持たせただけだ。


 なのに、リゼットが口元を押さえた。

 私は肘で彼女をつついた。


「何を想像しているの」

「暖かな家庭を」


 嘘の上手くない友人だった。


 デザートの時、ポールが夫へ聞いた。


「侯爵様は、悪い人なのですか」


 食卓が、一瞬だけ静かになった。

 先生が、椅子を引きかけた。

 夫は果物を切る手を止めただけだった。


「誰に聞きましたか」

「お店の人が。お城みたいな家へ行くけど、食べられるなって」


 夫はうなずいた。


「今日は、もう沢山食べたので」


 私は笑いを堪えられなかった。

 子どもたちがつられて笑い、先生は困った顔のまま息をついた。


「では、明日は?」


 ポールが重ねた。

 夫が、こちらを見た。


「明日のことは、妻に相談します」


 私は胸を張った。


「当家では、よそ様のお子様はいただきません」


 食卓が大きく笑った。

 伯母なら、不謹慎と言うだろう。

 私は今日、伯母を呼ばなくて本当によかったと思った。


 *


 客を見送り、子どもたちへ帰りの包みを渡すと、家が急に広くなった。

 ドンだけが、まだ何か落ちていないか探していた。

 私は椅子へ座り、靴の中で指を動かした。


「お疲れになりましたか」


 夫が隣へ来た。


「はい。でも、楽しかったです」


 私は、素直に言った。

 台所も女中たちも忙しかったので、明日の朝は遅くしてほしいとニナへ相談した。彼女はすでに考えていたらしく、私より先に翌日の支度を決めていた。

 この家には、私が全部抱えなくても動ける人がいる。


「あなたが笑っているところを、ずっと見ていました」


 夫が言った。

 私は顔を上げた。


「歌をお聞きにならず?」

「聞いていましたよ」

「どちらを」

「両方」


 夫は、私の椅子の背へ手を置いた。

 指が肩の近くにある。

 触れてはいないのに、その場所だけ温かくなった。


「リゼット嬢は、私に何か言いたそうでしたね」

「食べられていなくて、安心したのでしょう」


 夫が笑った。

 私も笑った。

 でも、次の言葉は冗談にしたくなかった。


「今日は、私の好きな人を呼べました」


 夫の目が、私へ戻った。


「ありがとうございました」


 私は彼の手へ、自分の手を載せた。

 椅子の背越しで、少し不自然な形になった。

 夫は手を動かし、私の掌を下から受けた。


「次は、何をしましょうか」


 その言葉が嬉しかった。

 終わった会を褒められるより、次があると思ってくれたことが。


「次は、伯父様にお聞かせしたいです」


 私が言うと、夫は目を細めた。


「歌を?」

「今日、とても楽しかったというお話を」


 夫の笑い方が変わった。

 私が好きな、少し悪い顔だった。


「丁寧に、長く?」

「いいえ。短く。反論できないくらい」


 夫が私の手を持ち上げた。

 指の付け根へ、唇が触れた。


 私は言葉をなくした。


「それは、楽しみです」


 彼は、まだ私を見ていた。

 私の顔が赤くなったことまで、見ていた。


 悪党に食べられなかった、とリゼットは帰っていった。

 少し、訂正が必要かもしれない。

 手を離してもらった後も、私はしばらく、そこから動けなかった

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