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冷遇された令嬢の政略結婚、旦那様と悪口の趣味が合いすぎます  作者: 星舟能空


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30/33

第30話 肖像画にも帰る家がある

 灯祭の後、伯父様から請求ではなく、申し入れが届いた。

 肖像画を返してほしいという。

 私は朝食の卓で、二度読んだ。


「お帰りになりたいそうです」


 ロラン様が手紙を覗いた。


「本人が?」

「絵の方が」

「それは残念です。非常によい聞き手でした」


 私は笑い、手紙を彼へ渡した。

 理由は、新しく作る応接室に飾りたいからだった。私たちの家では目立つ場所に置かれていないと聞いたらしい。

 どこから聞いたかは、尋ねなかった。

 あの小部屋へ案内した客は、二人ではない。


「お返ししましょう」

「よろしいのですか」

「少し、寂しくはあります」

「思い出がありますね」


 私たちは北の小部屋を思い出した。

 不仲の練習。

 誕生日の悪口。

 布を掛けられた伯父様。

 私は笑ってしまった。


「持っていかれる前に、お別れを」


 肖像画は、相変わらず立派だった。

 宙に浮いた手。

 重そうな飾り。

 自分を信じて疑わない目。

 私はその前に立ち、深く一礼した。


「お世話になりました」


 ロラン様も隣で頭を下げた。


「我々を、黙って見守ってくださった」

「貴方の御親族で、初めてでは?」

「祖父は、時々口を出しました」

「では、一番ですね」


 私たちは、しばらく真面目な顔を保った。

 先に笑ったのは、彼だった。


 絵を外す時、壁の色が少し違っているのが分かった。

 大きな四角が残る。


「次に何を掛けますか」


 バジルが尋ねた。

 私はロラン様を見た。


「まだ、決めていません」


 彼が答えた。


「急がずに」


 私は頷いた。

 空いた場所を、すぐ誰かで埋めなくてもよかった。


     *


 伯母からは、春の茶会の招待が来た。

 仕事の依頼は、添えられていなかった。

 私は手紙を机へ置き、しばらく考えた。

 行けば何か頼まれるかもしれない。

 行かなくても、何か言われるだろう。

 以前なら、どちらが怒らせないかを考えた。

 今は、行きたいかを考えた。

 答えは、今回は行かない、だった。

 私は短く返事を書いた。

 その日は予定がある、と。

 嘘ではなかった。ロラン様と、何もしない午後を取っていた。

 空いている時間は、誰かに渡す前の空白ではない。

 私たちが使う時間だった。


 ジュリエットからは別に便りが来た。

 春になったら二人で昼食を取ろう、と。

 母にはまだ話していない、とも。

 私はそれには、ぜひと返した。

 彼女を伯母と一緒にしか見ないことも、もうやめられそうだった。

 許したというより、別のものを見てみたい。

 そういう気持ちだった。


 伯父様の舞踏会が大失敗だった、という話は聞かなかった。

 晩餐は出たし、音楽も鳴った。

 ただ、長い挨拶の話と、早く帰った人の話は残った。

 ドゥーネ夫人は「来年の若い主催は、まだ決まらないのね」と、会うたびに伯父様へ尋ねているらしい。

 子爵夫人から聞いて、私は笑った。


「御親切ですわね」

「ええ。物覚えのよい方なの」


 それで十分だった。

 伯父様が世界から消える必要はない。

 ただ、自分で言った言葉のそばに、もう少し長くいていただければよかった。


     *


 冬の終わりに、私たちは小さな絵描きの店を訪ねた。

 肖像画を届けに来た時、母親の絵を描いていた若い職人が、そこにいた。

 ロラン様が場所を覚えていて、使いの人に確かめたのだ。

 青年は私たちを見て、目を丸くした。


「御用命ですか」

「小さな絵を、頼めますか」


 私は言った。


「大きな応接室ではなく、二人で座る部屋へ掛けるものを」

「御夫妻の肖像画で?」

「それがよいかしら」


 ロラン様を見ると、彼は私を見ていた。


「貴女のお好きなもので」

「では、貴方も入ってください」

「私も?」

「私だけでは、伯父様に勝てません」


 青年が不安そうな顔をした。

 私は慌てて笑った。


「大きさの話ではありません。夫婦で、普通に座っているところを」


 店の奥から、年配の女性が顔を出した。

 青年の母親だった。

 私はあの小さな板に描かれた顔を思い出した。実際の彼女は、絵より少し笑い皺が多かった。


「お掛けになって」


 彼女は椅子を二脚出した。

 私たちは並んで座った。

 青年が紙を置き、木炭を持った。


「もう少し、お顔をこちらへ」


 私は顔を動かした。


「旦那様も」


 ロラン様が向きを変えた。


「奥様を見ずに、こちらへ」


 私は吹き出した。

 彼が咳払いをした。


「失礼」

「動かないでいただけると」

「申し訳ありません」


 今度は私が謝った。

 描かれるというのは、思ったより難しかった。

 何もすることがないと、つい彼を見る。

 彼も同じらしく、何度も青年に直された。

 とうとう青年は木炭を置いた。


「お二人で、お話ししていただいた方がよろしいでしょうか」

「その方が、得意です」


 ロラン様が答えた。

 私は彼を見た。


「悪口になりますよ」

「音は描きませんので」


 青年の返事があまりに速くて、私たちは揃って笑った。

 その瞬間、彼は慌てて木炭を動かした。


 できあがるまでには、何度か通うことになった。

 帰り道、私はロラン様の腕へ手を添えた。


「絵になった私たちは、静かでしょうね」

「そうですね」

「私たちが喧嘩しても、笑っている」

「腹が立ちそうです」


 私は笑った。


「布を掛けますか」

「伯父と同じ扱いは、気の毒です」

「では、仲直りするまで裏返す」


 彼がこちらを見た。


「その前に、話しましょう」

「ええ」


 私は頷いた。

 絵の中でだけ仲のいい夫婦になるのは、つまらない。

 今ここで、袖を引けば振り向く人がいい。


 家に帰ると、北の小部屋は夕方の光が入っていた。

 壁はまだ空いていた。

 私は二脚の椅子を少し近づけた。

 ロラン様がその片方へ座る。

 私はもう片方へ座り、手を伸ばした。

 すぐに、彼の手が来た。

 絵がなくても、部屋はもう寂しくなかった。


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