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冷遇された令嬢の政略結婚、旦那様と悪口の趣味が合いすぎます  作者: 星舟能空


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第31話 猫の出番を待つ狐

 春の二度目の仮面会では、ロラン様にも出し物をしていただくことになった。

 決めたのは私ではない。

 子爵夫人である。


「前回は狐を回収しただけでしょう。今回は、猫にも働いていただかないと」


 手紙を読み上げると、彼はたいへん不満そうにした。


「重要な役目だと、説明したはずですが」

「伝わらなかったようです」

「貴女は、何を?」

「お客様のお世話を」


 彼が私を見た。

 私は笑った。


「冗談です。何か、一緒にしましょうか」

「一緒に」


 彼の顔が少し変わった。

 私はすぐ警戒した。


「何を考えていらっしゃるの」

「回収される狐にも、出番があります」

「私、毎回回収されるのですか」

「できれば」


 私は彼の膝を軽く叩いた。

 彼はその手を取った。

 相談が進まないので、私は席を離した。


 オクターヴ氏へ頼むと、二人で読める短い掛け合いを貸してくれた。

 旅先で同じ部屋を借りたい猫と狐が、宿の主人へ互いの欠点を説明する話だった。

 狐は嘘をつく。

 猫は怠ける。

 どちらも自分の分の食事を多く取る。

 主人が別の部屋を勧めると、二人とも怒る。

 私は最初に読んで笑い、次にロラン様へ渡して、彼が笑うのを見た。


「悪意がありますね」

「私たちにぴったりです」

「彼に、どれだけ話したのですか」

「何も。見れば分かるのでしょう」


 彼は最後の頁を読んだ。

 少し黙る。

 私はその顔を見て、にやりとした。


「よい台詞ですね」

「……ええ」

「逃げられませんよ」

「逃げません」


 返事は静かで、思ったより強かった。


     *


 練習は図書室で行った。

 私が狐、彼が猫。宿の主人は、当日オクターヴ氏が読んでくれる。

 私はわざと狐らしい高い声にした。


「この猫は、日が当たるところから動きません」


 ロラン様が紙を見た。


「この狐は、私が動くとついてきます」

「その台詞は、ございません」

「失礼」


 彼は真面目な顔で読み直した。


「この狐は、食べ物を隠します」

「貴方が取るからです」

「それも、ありませんね」


 私たちは顔を見合わせた。

 今度は私が笑った。

 紙に書かれた台詞の方が、私たちを追いかけてくるようだった。


 何度か読むうちに、私は調子に乗った。

 猫の返事へ被せて、さらに早口で悪口を言う。

 彼の言葉が聞こえなくなる。

 私は最後まで一気に読んで、満足して顔を上げた。

 ロラン様は黙っていた。


「どうでした」

「猫にも、台詞があります」


 私は紙を見た。


「……ありましたね」

「ええ。随分と」


 私は吹き出した。


「申し訳ありません」

「本番では、息をする場所をください」

「貴方も、間を長く取りすぎるのです」

「妻を見ると、少し忘れます」


 私は紙で顔を隠した。


「それは、役作り?」

「いいえ」


 練習は、また止まった。


 その夜、二人の肖像画が届いた。

 北の小部屋へ掛けると、思ったより小さかった。

 でも、二人の顔はよく見えた。

 私は彼を見て笑い、彼は私の方へ少し体を向けている。

 手は、椅子の間で繋がれていた。


「じっとしなかった結果ですね」


 私が言うと、ロラン様は頷いた。


「正確です」

「私は、こんな顔を?」

「ええ」

「ずいぶん、貴方が好きそう」


 彼が私を見た。

 私は絵を見たまま言った。


「貴方もです」

「ええ」


 彼の手が来た。

 私たちは、絵と同じように手を繋いだ。


     *


 会の当日は、雨になった。

 客の肩が濡れないよう、玄関に大きな傘を二本用意した。

 私も一本持とうとすると、ピエールが受け取った。


「こちらは、私が」

「重くありません?」

「旦那様よりは」


 私は目を丸くした。

 青年は慌てて口を閉じた。

 その後ろからロラン様が来た。


「先日、梯子を押さえてもらったのです」

「何をなさったの?」

「図書室の上の本を」

「人を呼んでください」

「呼びました。ピエールを」


 私は呆れた。

 ピエールが少し笑った。

 主の前で笑える顔を見て、私も笑った。


「次から、私にもお知らせください。下で悪口を言いますので」

「それは、落ちそうです」


 十八脚の椅子に、今夜も友人たちが座った。

 子爵は鶏ではなく、例の眠い獅子になった。

 夫人は満足そうだった。

 リゼットは弟と、その隣の若い娘を連れてきた。帽子の相談は、もう必要ないらしい。

 ジュリエット夫妻も来た。

 彼女は借りた月の仮面を見て、少しだけ首を傾げた。


「誰かに似ている」


 私は笑いを堪えた。


「お気になさらず」


 ロラン様が横を向いた。


 音楽の後、オクターヴ氏が中央へ出た。


「今夜は、私が宿の主人です」


 そう言って、紙を広げる。


「たいへん困った客が、二人来ます」


 私は狐の仮面を着けた。

 ロラン様は黒い猫を着けた。

 互いの顔を見て、少しだけ笑う。

 私は手を差し出した。


「参りましょう、猫さん」

「先に行かないでください、狐さん」


 今夜は、回収される前に一緒に出た。


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